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37. 彼に見送られ、涙が出ます

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 出発日の朝……


 私は、大勢の人に見送られて馬車へと向かった。歩く私のもとに、私が治療した人々が駆け寄ってくる。

「アンちゃん!元気でね!」

「向こうに着いても、お兄様と元気にしてるんだよ!」

 そんな言葉が嬉しかった。

 だが、

「アンちゃん!?ジョセフ様と結婚するんじゃなかったの?」

当然、そんなことを聞いてくる人もいる。例外なく胸がズキっとした。
 結婚出来ればどんなに幸せだったのだろう。今や侯爵家のものとなった私は、ジョーとの結婚に障害はないはずだ。だが、肝心のジョーがその気がないらしい。結局、私はそこまでの相手だったのだろう。

「結婚しません」

 私は苦笑いをして答える。平静に、平静にと自分に言い聞かせながら。



 オストワル辺境伯邸の前には、お兄様とポーレット領の騎士、そして、立派な馬車が停まっているのが見えた。馬車になんて乗ったことがない私は、急に侯爵の家族となり、馬車なんかに乗る身分になってしまったのだ。それが信じられなかった。

 馬車の近くにはセドリック様と、オストワル辺境伯領騎士団も集合している。
 オストワル辺境伯領騎士団の隊服を見た瞬間、どきりとした。きっとジョーだっているだろう。私は最後に、ジョーにどんな言葉を伝えればいいのだろうか。

「あっ、アンちゃーん!」

 セドリック様が私に手を振る。私は辺境伯領騎士団を見ないようにしながら、セドリック様の元へと歩み寄る。ジョーを見たら、泣いてしまうだろうから。

「アンちゃんが帰っちゃうなんて、悲しいよー」

 セドリック様は相変わらずチャラチャラと言うが、心からは悲しく思っていないだろう。だって、いつものようににこにこ笑っているから。

「今まで、大変お世話になりました。
 ポーレット領にもぜひ遊びにいらしてください」

 セドリック様に頭を下げる私の横で、お兄様も頭を下げてくださる。

「アンをこの地で暮らさせていただき、ありがとうございました。
 それに、僕にアンの存在を知らせていただいて……」

 その瞬間、

「あーっ!!」

 不意にセドリック様は大声を上げた。その大声が唐突だったため、私は驚いて飛び上がる。私だけでなく、お兄様もビクッと体を震わせた。
 それにしてもセドリック様は、どうしたのだろう。

「そうそう、アン。ジョーが寂しがってるよ?
 僕はてっきり君とジョーが結婚するのかと思っていたけど……」

 唐突すぎるセドリック様の言葉に、また胸がずきんとする。もちろんジョーと私の間には、結婚するだなんて話は出たことがない。だからきっと、私の自惚れだったのだろう。

「セドリック」

 騎士団の一番先頭にいる男性が、イラついたようにセドリック様の名前を呼ぶ。だが、その声を聞いて我慢していた涙がどばっと溢れてきた。

「セドリック。余計なことを言うな」

 セドリック様にそう告げるのは、紛れもなくジョーだ。私の大好きなその声を聞くと、必死で耐えていた心が粉々になった気がした。そして、見ないようにしようと思っていたのに、ジョーを見てしまう。

 ジョーはいつもの隊服を着て、いつもの剣を腰に差していた。私を見ると、一瞬悲しそうな顔をしたが、普段のクールな顔になる。だけど私は耐えられずに流れる涙を、慌ててハンカチで押さえる。

「アン……」

 甘く優しいその声で、久しぶりに名前を呼ばれた気がした。その声で名前を呼ばれると、胸が引き裂かれそうに痛む。
 そして、こんな時に限って何泣いているのだろうと思う。ここで泣いてもジョーの負担になるだろうし、こんな時にメソメソしている女は嫌われるだろう。
 ……嫌われる?私はこんな時になっても、ジョーに嫌われないか酷く気にしているのだ。
 なんて執着心が強い女なのだろう。

 ジョーはゆっくり私に歩み寄り、いつものようにそっと頭を撫でる。涙を拭いて必死に笑顔を作って見上げると、泣いてしまいそうなジョーと視線がぶつかる。
 なんでそんな顔をするの?そんな顔をすると、諦めがつかないじゃないの……

「アン……そんなに泣くと、俺も泣きたくなる」

 甘く優しい声で告げるジョー。その胸に飛び込めたら、どんなに幸せかと思う。
 ジョーはそっと頬に触れ、泣きそうな顔のまま静かに告げる。

「アン、元気で。
 俺はアンに会えて、すごく幸せだった」

 ジョーのことを忘れようと思っているのに、これでは忘れられないよ。ジョーは罪な男だ、最後の最後まで私にこんな態度を取って。

「ありがとう。私も……」

 胸が大きく鳴る。こんなことを言ってしまったら、ジョーを苦しめるだけだと分かっていた。
 だけど、最後に言わずにはいられなかった。

「私も、ジョーのことが大好きだったよ」

 見つめ合う私たちに、セドリック様が申し訳なさそうに告げる。

「アン、そろそろ出発しないと、日暮までに中継地に着けないよ」

 それではっと我に返った。ポーレット領の騎士団に囲まれているとはいえ、私は狙われている身だ。時間通りに安全な場所まで辿り着けず、お兄様をはじめとするたくさんの人に迷惑をかけてはいけない。

「お世話になりました」

 深々と頭を下げて、開かれた馬車の扉から中に入る。涙でぼやける視界の中で、同じように顔を歪めて私を見るジョーが見えた。
 笑顔でお別れしたかったのに、ジョーを見るとまた恋心が動き始めてしまう。私はいつの間に、こんなにもジョーのことばかり考えるようになってしまったのだろう。

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