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53. 国王から謝られました

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◆◆◆◆◆



 見慣れた立派な城壁に、立派な城。そして、それを取り囲む広大な城下町……
 ほんの数ヶ月前までここで生活していたのに、ここにいたのは何年も前のように感じられる。
 私は馬車を降り、久しぶりに見る王宮を見上げていた。
 
 ここまでの道のりは長かった。馬車に揺られて三日間。だが、ジョーと甘くて楽しい時間を過ごし、とうとうここに辿り着いた。

 私の後に馬車から降りたジョーは、私の隣に立って立派な王宮を見上げている。

「王都はすごいな」

 そんなことを言うが、私はオストワル辺境伯領のほうがずっと好きだ。そこには温かい人々と、甘いジョーがいるのだから。



 馬車から降りた私たちを、王宮騎士団が迎えてくれる。王宮騎士団を見て、胸がずきんと痛んだ。王宮を追放された時の恐怖が、まだ心の中にしこりとなって残っているからだ。

「お待ちしておりました!ジョセフ•グランヴォル様!」

 一番前にいる騎士が言うが、顔がめちゃくちゃ緊張している。そしてジョーは不機嫌そうに、

「俺ではなく、アンに挨拶しろ」

なんて言い始める。
 それで騎士が慌てふためき、

「アン•ポーレット様!!」

付け加える。

 もちろん、私はこんな待遇は望んでいない。むしろ、目立たないようにしたいほどだ。前までは騎士に名前すら呼ばれないような対応だったのだから。おまけに、追放される時は騎士に剣を向けられた。

 そして、この騎士たちはジョーが怖いのだと思い知る。国内最強と言われるジョーは、騎士たちにとって脅威でしかないのかもしれない。



 騎士に連れられて、慣れた王宮の中を歩く。
 いつもは来客があると道を開け、頭を下げるのが決まりだった。だが、今日は私が頭を下げらる番だ。
 すれ違う人が皆道を開け、頭を下げるのを見ると申し訳ない気分でいっぱいになる。

 途中、薬師の先輩に会った。だが、先輩は私に気付くそぶりもなく、他の人と同じように頭を下げるのだ。それで、王宮に居場所はないと悟った。



 そして、国王陛下の謁見の間に通された。長い赤いカーペットが敷かれ、両側には騎士たちが並んでいる。そしてその向こうには、見慣れた陛下が椅子に座っていた。
 陛下は少し見ないうちに、随分老け込んだみたいだ。
 だが、私を見て椅子から立ち上がり、名前を呼んだ。

「アン!」

そのまま前に歩こうとするが、よろめいて再び椅子に腰掛ける。隣にいる側近が、

「陛下!」

と焦っていた。

 どうやら陛下の病状は良くないらしい。肝臓をさらに痛めてしまったのだろうか。

 だが……

「アン……」

 陛下は、椅子に座ったまま私に手を差し伸ばした。私はかつてのように陛下のもとへ駆け寄り、跪く。

「アン……サイロンの件は、アンに本当に申し訳ないことをした。
 私からも、詫びさせて欲しい」

 陛下はなぜか、私にすごく甘かった。身寄りもなく若い頃から王宮で暮らしているため、同情をしていたのだろう。
 陛下が私を祖父のように可愛がってくれるから、私が陛下の薬を運ぶ係となっていた。だから、ああやって嵌められる格好の餌食になったのだろうが。

「陛下、そのようなことは言わないでください。
 陛下がお元気になられて、何よりです」

 跪いたまま、陛下にそう告げた。そんな私に、

「アンよ。頭を上げてくれ」

陛下は弱々しく告げる。
 顔を上げた私は、やつれて顔色の悪い陛下と視線がぶつかった。
 陛下はやはり、あの頃と同じ優しい祖父の瞳で私を見下ろしている。

「アン……そなたは、私の恩人ガーネットにそっくりだ」

「え……」

 ガーネット……それは最近知った、私の母親の名前だ。彼女は結婚前、王宮で薬師長をしていた。

「私が毒にやられた時、ガーネットが助けてくれたのだよ。
 だから私は、ガーネットの娘であるアンが、そんなことはしないと思っていた。それなのに、信じてやれなかった」

 お母様が恩人だから、陛下は私に優しかったのだろうか。きっとそうなのだろう。
 私の特別扱いはお母様のおかげだが、それでもお母様のことを誇りに思っている。私も、お母様みたいな薬師になろうと心から思った。

「陛下、気にされないでください」

 私は陛下に笑顔で告げた。

「私が王都を去ったため、ジョセフ様と出会うことが出来ました。
 私は今、ジョセフ様と一緒に居られてとても幸せです」

 陛下は少し寂しそうな顔をし、そして聞く。

「それならば、アンはもう王都に戻ってこないのか?」

「左様でございます。
 ……私の心は、オストワルと共にあります」

 ジョーを見上げると、嬉しそうに目を細めて私を見下ろしてくれる。こんなジョーが隣にいてくれるから、私はずっと幸せに暮らしていけそうだ。
 陛下が王都に戻って欲しいと思ってくださるのは、とても嬉しいのだが。

 陛下は、ジョーのほうをようやく見た。そして、悲しげだが嬉しそうに告げる。

「ジョセフ・グランヴォル。そなたの名は、聞き飽きるほど聞いておる。
 いつも辺境の地で我が国を守ってくれ、感謝しかない。
 今回も、そなたにも多大なる迷惑をかけ、申し訳なく思っている。
 アンがそなたほど名の知れた騎士と結婚することを、私は嬉しく思う」

 ジョーは出発前、陛下のことを敵視し、謝らせてやろうと言っていた。だからどんなことを言い始めるのか不安だったのだが、意外にもおとなしく頭を下げるだけだった。
 陛下が先に謝ったため、ジョーの攻撃心もなくなったのかもしれない。
 そして、陛下がジョーを認め祝福してくださったことも、すごく嬉しい。

 私はまたジョーを見上げ、ふふっと笑ってしまった。すると、やはりジョーも甘くて優しい瞳で私を見下ろす。私はこうして、ジョーと一緒に居られて、とても嬉しい。

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