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第1章 異世界武者修行編
第39話 ギルドゲームの後始末
しおりを挟む屋敷のリビングにはギルドメンバーと水咲さんのお母さんがテーブルの各席についていた。
水咲さんのお母さん――榛原栞さんも僕らの異世界通行の秘密を知ってしまったことから、仲間に入ってもらうことになっている。
喜美ちゃんの隣には一人の男の子がチョコンと座っていた。薄らと赤い肌に頭の上にある角。あのファンキン金髪に爆破された少年だ。
喜美ちゃんは男の子を大層気に入ったらしく、引っ切り無しに話かけているが捨てられた子犬の状態の少年はただ震えるのみ。
今晩は新しいメンバーを迎えることからのささやかなパーティーを開催する予定だった。しかしその様子はない。皆の神妙な顔からも新たな問題が浮上したとみてよい。
「今晩は宴会のはずだけど、皆どったの?」
少年は弾かれたように僕を視界にいれると席を立ち、転びながらも僕に抱き付いて顔をお腹に埋めてくる。
抱き付く少年の背中を優しく叩き落ち着かせる。懐かれるのは悪い気はしない。
喜美ちゃんがハムスターのように頬を膨らませたので、喜美ちゃんと僕で少年を挟む形で席に座る。
それから席に座り、お茶を飲んで暫く寛いでいるとテツさんと話を終えた水咲さんも転移してきた。
皆も揃ったところでステラから報告を受ける。
今日のギルドゲームにより、僕ら《妖精の森》は《聖騎士》、《救世軍》、《血の同盟》の連合3ギルドのあらゆる権利を握った。
ステラはその権利行使の一環として一切の慈悲も与えず彼らから全ての財産を没収した。
特に少年を爆破するよう指示した《聖騎士》のギルドマスター――トレント・ジョイスと実際に爆破したファンキン金髪には苛烈な措置をした。
具体的には《聖騎士》が負っていた6億ジェリーの債務の全てをトレント・ジョイスとファッキン金髪に引き受けさせたのだ。
トレント・ジョイス達がステラ達を弄ぶのが目的で設定した《勝者ギルドの一切の指示に従うこと》の条項が完璧に仇となり、彼らは仲良く3億ジェリーの借金を負うこととなった。
3億ジェリーは日本円にして24億円。とても返せるとは思えない。この世界の金貸し達も馬鹿ではあるまい。近い将来トレントとファンキン金髪は死ぬより辛い目に合うことだろう。
僕達の大切な仲間のステラとアリスを狙ったのだ。自業自得と言えよう。
さてでは実際に僕らが獲得した財産だ。
正直、個々の武具や魔術道具は碌なものを所持しておらず、二束三文にしかならなかった。
だが3ギルドともフリューン王国の貴族の見栄のためか、広大な土地と絢爛なギルドハウスを所持していた。
特に《聖騎士》の土地とギルドハウスは思金神の算定では総額4億ジェリーはするらしい。
《聖騎士》はこの土地とギルドハウスの購入ために莫大な借金負っていたわけだ。
要するに奴らは僕ら《妖精の森》のために借金をして土地を買い建物を建てた事になる。
自業自得とは言え多少は哀れになる。まあ助けようとまでは露ほども思わないけど。
《救世軍》と《血の同盟》のギルドマスターは《聖騎士》以上に悪辣だった。
《血の同盟》のギルドマスターはギルドの金を使ってグラムの市街地に豪華な屋敷を買い込み、そこで女性の奴隷を多数買い取り連日連夜女遊び。
《救世軍》のギルドマスターはギルドメンバー達の稼ぎを使い込み、近隣にギルドマスター個人名義の広大な土地を所有し、別荘にしていた。
この2ギルドも零細とは聞いていたが、ギルドマスターがそんな私服を肥やしていたのでは零細ギルドにもなるというものだ。
2つのギルドマスターの痴態は会計役の幹部のごく少数しか知らされなかったらしく、その事実を各ギルドメンバーの眼前でステラに公表される。さらに《血の同盟》の屋敷と《救世軍》の別荘は全て《妖精の森》が所有すると宣言されると、怒り狂ったメンバーに連行されていったらしい。
ここまでは僕らがグラムとその近隣に広大な土地を手に入れたということにすぎない。
皆の顔が険しい理由の一つは次。即ち《聖騎士》達3つのギルドが有していた元奴隷の人達について。
ステラが《聖騎士》達3つのギルドハウスを徴取する際に、元奴隷の人達を多数保護した。
保護された元奴隷の人達は殆どが女性と子供ばかり、しかも事情を聴取したステラが怒りで我を忘れかけたほど、彼女達は悲惨な目に合っていた。
こんな状況で祝杯などとても挙げられない。そう考えたステラは皆に同意を求め宴会は中止となったそうだ。
そして僕らが屋敷に戻るまでこの元奴隷の人達の処遇について話し合っていたらしい。
予めステラ、章さん、清十狼さん達と話し合った結果、ギルドゲームで得た奴隷の人達を解放することについては一致していたので、すでに思金神の合成したスキルで元奴隷の人達の呪いは解かれている。
意見が分かれたのは《妖精の森》に入ることを希望した元奴隷の人達の処遇だ。これは議論が白熱化した。
元奴隷の人達はほとんどが衰弱していたので《妖精の森》のギルドハウスへ連れて行き、食事と寝床を与えた。
その結果、全員が《妖精の森》への加入を希望したのだ。
ギルド加入に賛成なのはステラを初めとする女性陣。まあ元奴隷は女性と子供であることもあるのだろう。
反対しているのは章さんや清十狼さん達男性の2人。
反対するといっても直ちに追い出せと言っているわけではなく、あくまでギルドメンバーに加えるのだけは慎重であるべきだという意見にすぎない。
彼らは《聖騎士》達3ギルドのギルドハウスの1つを住居として解放するべきだと主張する。
これに対し元奴隷の人達は3ギルドから凄惨な扱いを受けてきた。故にこの場所はトラウマ以外のなにものでもなく、ギルドメンバーとして《妖精の森》の建物内に住まわせるべきという意見だ。
章さん達が危惧しているのは間者が潜む可能性だ。特に《聖騎士》の奴隷はその間者の可能性が他の奴隷とは段違いで高い。
僕らの仲間になるということは、魔術師になること。そして地球への往来等の事実を教えること。仮に元奴隷の人達の中に間者が居れば僕らはその間者を殺す事さえ迫れる結果となる。仲間となれば強力な強さを得ており、僕らにも少なからず犠牲がでる。
それに今間者が居なくても今後間者になる可能性は否定できない。
特に今回の件で僕ら《妖精の森》はフリューン王国の貴族から憎悪の対象となった。
フリューン王国の貴族達が元奴隷の人達に接触し、《成功すれば《妖精の森》の財の半分をやるから潰すのを手伝え》と言われ、それに応じるかもしれない。これ危惧してからの主張だ。
僕はやや章さん達の意見よりだ。
別にギルドメンバーにまでしなくても《妖精の森》の敷地に新しい元奴隷の人達の住居を作れば済むだけの話しだ。それに章さん達の言う通り、ギルドメンバーにした場合、裏切られたときのダメージが痛すぎる。まだ時期が尚早なように個人的には思える。
もっとも僕が発言するとこじれそうなので一切沈黙していたわけだが。
男性陣と女性陣との言い争いが佳境を迎えたそのとき狙いすませたように思金神が現れて全てを解決する手段を提案する。
元奴隷の人達の処遇について。
元奴隷の人達は《妖精の森》のギルドメンバーには迎えるが、魔術師にするのは一先ず保留とする。即ち地球への往来を初めとする僕らの最も知られたくない秘密は知らせない。
だが《妖精の森》である以上、いかなる負けも許されない。
そこで《神王軍化》の《眷属軍》を使用する。
《眷属軍》により、間接的に僕の眷属となることにより、思金神が成長に介入し、LV60~80程度の適正なLVまで眷属達を成長させる。この際魔術を取得させれば、誓約違反となるので、スキルだけを獲得させる。
眷属は使徒には絶対に逆らえず、仮に反逆の意思があると使徒がそれを察知する。
この反逆察知能力により当面は様子を見て、《妖精の森》に相応しいとギルドメンバーが全員一致で認めた者は魔術師とする。
この思金神の提案には皆ぐうの音も出ず可決された。
次は住居。
今の東区の端にある《妖精の森》の敷地には既存のギルドハウスがあるが、まだまだ土地には余りがある。
そこに新たにギルドハウスを改築し、元奴隷の人達は既存のギルドハウスに移住する。
僕らは新たなギルドハウスができるまで地球の屋敷の部屋がまだまだ開いており、そこで当分暮らすこととなった。
ちなみに、思金神曰く《畜産農業全書》、《伝説の調理王の叡智全書》、《神の建築学全書》をギルドメンバーがムーブし、僕がそれを取得すれば《万物創造魔術|オールクリエイトマジック》をさらに進化させることができるらしい。
思金神が面白いものが造れると満面の笑みで言う姿から察するに、途轍もない物ができるのは間違いない。
次が職業。
僕らも慈善団体ではない。彼らにも働いてもらうことになった。
元奴隷の人達は総勢46人。これだけいれば1つくらいは事業が可能なようだ。
バドコック商会から仕入れた食材もあるし飲食店を《救世軍》の跡地で開くことにした。料理が得意な双葉弘美さんが《伝説の調理王の叡智全書》をムーブし彼女達に指導する事となった。
明日から迷宮探索終了後に弘美さんによる元奴隷の人達に対する料理教室が始まるようだ。
《救世軍》の元奴隷の人達5人にはトラウマとなる場所ではあるが《救世軍》の屋敷は全て取り壊し一新するので我慢してもらうことにする。
働く場所が築造するまで少なくとも1週間近くはかかる。それまでは迷宮の下層でLVを70~90に上げてもらうことにした。
給与については僕ら《妖精の森》の正規メンバーも大幅に増え、今までの単純な給与体系を維持できなくなった。
そこで清十狼さんに正規メンバ、仮メンバー全員の給与案をいくつか提示してもらい、それを明日の朝僕らで決定することにした。
元奴隷の人達と呼ぶのは彼らに失礼だ。そこでこの飲食店の名前をチーム名とすることにした。
再び白熱するバトルの末、飲食店の名前は《森の食卓》となった。《森》が好きなギルドである。
白熱したバトルがひと段落して小腹もすいたので、女性陣が作ってくれた料理を皆で食べる。
大人数の食卓など始めての僕はお祭り気分で結構楽しかった
赤い肌の少年は当初ずっと無言で僕の服を握って離さなかったが、皆に敵意がない事に徐々に気付き始める。
ステラが優しく少年に語りかけると、ポツリポツリと話すようになった。
数十分後僕らは少年が経験した人間の欲望の軌跡を耳にすることになる。
少年の名はエル。
母がエルに寝る前よく父との出会いを語って聞かせてくれたらしい。それは次のような話。
エルの母は村が夜盗に襲われ命からがら近隣の森に逃げ込むも魔物に襲われ死にかける。そこをエルの父であるホブゴブリンの青年に助けられ一目ぼれをするというお決まりパターン。
つまりエルの母はゴブリンに襲われたわけではなく、所謂異種族恋愛だったらしい。こうして、エルはホブゴブリンの村で父、母にたっぷりの愛情を注がれて幸せな幼少期を過ごしていた。
この幸せは約3か月前、女性で構成される盗賊団――《桜花》により破られる。
《桜花》はホブゴブリンの村を襲いホブゴブリン達を殺しまくった。その混乱に乗じて母親とエルを攫い、奴隷商に売りさばいたらしい。
エルと母親はこの街に来るまで一緒だったらしが、母親は父が庇って斬られるのを見たショックで元気が著しく消失してしまった。
街に来てからはエルと引き離されたらしいので今は消息不明だ。
こんな胸糞が悪い話。
メキッメキッメキッ!
音の方に視線を向けると表情に獣のような怒りをギラギラ光らせたエルフの姉妹がいた。この音は彼女達の指がテーブルにめり込む音!
エルは自身が怒られていると勘違いしたのか再び僕にしがみ付いていてくる。
「ステラ、アリス。子供の前だよ。エルが怯えてる」
「し、失礼しました。つい……」
「ごめん。エル!」
ステラとアリスがエルに近づき頭を謝りながら頭を撫でる。エルの警戒が少しだけ和らいだ。
エルの女性に対するこの怖がりようは異常だ。《桜花》に捕縛されている間、散々嬲られたのだろう。
その光景を想像しただけでカッカとマグマのようなものが僕の全身を駆け巡る。ここまで僕をイラつかせる存在も珍しい。
「《桜花》だっけか? ステラ達の件もある。即急に捻り潰そう。
問題はその方法だけど……」
「その役目ステラに任せていただけませんか?」
ステラが席を勢いよく立ち上がる。
それはダメ。その理由は2つ。
一つ目は明快だ。人にはふさわしい役回りというのがあるということ。ステラは《桜花》に憎しみをぶつけようとしている。憎しみをぶつければいくらステラと言えども魂は薄汚れる。ステラはそんな汚れ役が似合う人じゃない。ステラは勇者や英雄の方がお似合いだ。
汚れ役は僕にこそ相応しい。僕はとっくの昔に落ちているから――。
「ステラ、《桜花》件は僕にまかせて。決して悪いようにはしないから」
「マスターがそう仰るなら……」
堅く握った拳を震わせつつも僕の言葉に一先ず引き下がるステラ。
「思金神、《桜花》について詳細な情報を集めてよ。できる限り正確な情報をね」
「イエス・マイマスター」
僕の意図を理解した思金神は頭を垂れる。
そうだ。これがステラに《桜花》の措置を任せないもう一つの理由。
僕はステラとアリスを奴隷として売りとばし、エルの家族を引き裂いた《桜花》を許すつもりはない。例えどれほど同情に値する事情があろうとも!
特にエルの境遇は倖月家により幸せを破壊尽くされた僕とよく似ている。単純に許せないんだ。
ステラなら《桜花》を捕える事もできるだろう。一時烈火のごとく憎しみをぶつけるが、結局勇者の役割に相応しく奴らに最後の慈悲を与えてしまう。それを僕は許せない。
「次はエルのお母さんの息災か……」
エルの説明ではこのグラムの街に来て引き離されたらしい。それで3か月あのファッキン金髪にイビられていたというわけか。
このエルへの強烈な敵意と侮蔑はグラムの市民一般にみられる現象だ。こんなかわいい子供に敵意を向けるアリウスの住人の神経が僕には理解できない。
「マスター、ご心配には及びません。
すでにエルの母親の居場所は突き止めております」
何処から何処までが思金神の立てた計画なのだろうか?
僕はエルを自身に重ね合わせ無意識に助けたいと望んだ。エルの幸せを望んだ。
思金神は僕の願いを叶える願望器。最短、最適なルートでエルの保護を図ったのかもしれない。
「エルのお母さんを即急に保護する」
「一つだけ問題があります」
「問題? 何?」
思金神が仮にも問題というのだ。かなり面倒な事態なはずだ。そしてそれは思金神が僕に設定した試練でもある。解決は可能。ならやるしかない。
「彼女はこのグラムに蔓延する風土病にかかっております。今晩が峠かと」
夫と我が子との幸せを砕かれた直後、今度は風土病か……どこまでもついてない人だ。だがその不幸続きの人生もこれでお仕舞い。これからはエルと幸せな人生を送ればいい。そうする権利と義務が彼女にはある。
肺から全ての空気を吐きだし、思金神に視線を向ける。
「思金神。君のことだ。すでにその風土病は特定しているんだろう?」
「勿論です。地球にもない風土病ですが、錬金工術を使えば特効薬の開発は可能でしょう」
「章さん。思金神と特効薬の開発を大至急お願い。
思金神、エルのお母さんのいる場所の詳細を僕に情報として送って!
僕は現場に向かう。ステラと清十狼さん。疲れてるところ悪いけど僕についてきて!
他の人達は屋敷で章さんと思金神の手伝い。
それじゃあ、行動開始!」
僕が手を叩くと、皆それぞれの役割を遂げるため動き出す。
エルが僕の腕の裾をクイックイッと引っ張る。
「僕も……お母さん……迎えに行きたいです」
「喜美も! 喜美も!」
ステラ以下全員が渋い顔をした。正直ここから行くところには子供達を連れていきたくはない。
だけどエルには今の一番必要な事。他者から与えられた施しでは決して人は救われてないのだから。
僕はいつかのようにしゃがみ込みエルと視線を合わせる。
「エル。お母さんを助けたい?」
「はい……」
「ならお母さんは君が助けるんだ。お母さんも君に助けられるのを一番待ち望んでいるはずだから。いい?」
「はい!!」
元気のよい返事をしつつ僕を見つめるエル。エルの表情は眩しいくらい直向きで、決意に満ちていた。
喜美がエルの手をとって僕らに早く行こうと催促する。
あれだけ僕以外の人間に触れられるのを嫌がっていたエルも喜美の猛烈アプローチに負けたのか、その手を振りほどこうとはしなかった。
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