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後編
思いがけない告白
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「えっと……それは、どういう意味かしら?」
「そのままの意味ですよ。母から言われていませんか? メイシン公爵家から圧力をかければ、離縁は可能という事です」
なんだ、そう言う事か。一瞬、告白でもされたかと思った。
わずかに跳ね上がった鼓動を無視し、考える。そういえば、以前から陛下に見切りをつけて出奔するようにとオバさまから言われていたことを思い出す。流石に、一貴族が圧力をかけた所で、陛下に離縁の意志が無ければ難しいが……。
『――陛下は、ずっとティアナを妻へと望んでいた』
脳裏に一瞬過ぎった期待に首を振り、心の奥底で燻り続ける想いに蓋をする。
陛下が戦略的に、王妃との離縁を望まないとしても、隣国との関係が良好な現在、公爵家の力をもってすれば、陛下に圧力をかける事は、容易いのかもしれない。
「確かに、そうかもしれないわね。私も、今後の身の振り方を本気で考えないといけないわね。側妃候補のアリシア様が輿入れすれば、私の役目も終わるわ」
「ティアナは、陛下が側妃を娶る事に関して、どう思っているのですか?」
陛下が側妃を娶る――
心の奥底に仕舞い込んだはずの想いが溢れ出しそうで怖い。
お飾り王妃と言われる立場に追い込まれようとも、結局のところ陛下への想いを断ち切れない自分がいる。幼い頃に抱いた想いを捨て切れるほど、大人ではないのだ。
「――そうね。隣国との関係も良好な今、陛下にとっての私の存在価値など無いに等しいのでしょう。しかるべき令嬢と婚姻を結び直すのも、今後の我が国の情勢を考えると必要な事だと思うわ」
発した言葉がナイフとなり、心の弱い部分へと突き刺さる。
頭では分かっているのだ。価値の無い自分が王妃でいる意味など無い事は――
大聖堂の鐘が鳴る。花びら舞い散る晴天の空に響く拍手の音。真っ白なドレスを着て、精緻な刺繍が施されたベールを被り、目を瞑る花嫁の姿が変わっていく。陛下の隣に並んだ花嫁は、私ではない。
ずっと陛下を見続けてきた。他の令嬢の手を取る彼を見るたびに、噴き出しそうになる醜い感情。それを必死に隠し、玉座に座っていた。
心に燻り続ける醜い感情をぶつけていれば何かが変わったのだろうか?
そんな事、出来ない。
臆病な心が顔を出す。怖い……怖い……
「――然るべき令嬢と共に、国を発展させるべきなのよ。私とでは無く……」
「ティアナ……。建前など不要です。私は貴方に騎士の誓いを立てました。生涯、私の主人はティアナ、貴方なのです。私の前だけでは、偽らないで欲しい。泣きそうな顔をしている」
泣きそうな顔?
「陛下の事を愛しているのでしょう?」
――陛下を愛している……
溢れ出した想いが涙となり頬を伝う。
もう感情を抑える事など出来なかった。
次々と溢れてはこぼれていく涙に、嗚咽を堪える事も出来なくなる。両手で顔を覆い泣き崩れた私の体が強い力で抱き締められた。
「ティアナのことをずっと見続けてきたのです。ホールの真ん中で踊る陛下と令嬢を見つめる貴方の切ないほどの想いに気づかなければよかったと思うほどには、貴方のことを見てきた。なぜ、私ではないのですか? そんな問いを何度も繰り返してきた」
背中に回された腕の力がさらに増す。
「私では駄目ですか? 貴方を想う気持ちは誰にも負けない」
タッカーは、何を言っているのだ?
彼は私のことを嫌っていたのではなかったのか。態度が軟化したからと言って、好きとはならない。
あまりの驚きに、とめどなく流れていた涙は引っ込み、強い力で抱きしめられた体が急速に熱を持ち始める。そして、頭はさらに混乱していった。
この体勢はまずい。まかりなりにも私は人妻なのだ。人妻?!
『――タッカーの想い人は、人妻らしいのよ』
唐突に思い出したオバ様の言葉に、思考回路は停止した。
「あぁぁぁ、タッ、タッ、タッカー様!! 早まっては、なりません。これは、何かの間違いで、気の迷いと!」
「気の迷いな訳がない。ティアナが公爵家を出てから、ずっと後悔し続けてきた。陛下と結婚した貴方を何度奪って逃げようと考えたか」
「待って、待って……」
「貴方を忘れるために、隣国に逃げても、想いを捨てることは出来なかった。なのに、お飾り王妃だと‼︎ 許せるはずがない!」
徐々に強まる腕の力に胸が締め付けられ、呼吸をするのも難しくなる。
「タッ……ッカー様、苦し……」
「私からティアナを奪っておいて……。今更、行動を起こしたところで――」
「……無……理」
意識が急速に暗転していく。『タッカー様って、意外と力が強いのね』と変なところに感心しつつ、ティアナと叫ぶ声を最後に意識は深淵へと沈んだ。
「そのままの意味ですよ。母から言われていませんか? メイシン公爵家から圧力をかければ、離縁は可能という事です」
なんだ、そう言う事か。一瞬、告白でもされたかと思った。
わずかに跳ね上がった鼓動を無視し、考える。そういえば、以前から陛下に見切りをつけて出奔するようにとオバさまから言われていたことを思い出す。流石に、一貴族が圧力をかけた所で、陛下に離縁の意志が無ければ難しいが……。
『――陛下は、ずっとティアナを妻へと望んでいた』
脳裏に一瞬過ぎった期待に首を振り、心の奥底で燻り続ける想いに蓋をする。
陛下が戦略的に、王妃との離縁を望まないとしても、隣国との関係が良好な現在、公爵家の力をもってすれば、陛下に圧力をかける事は、容易いのかもしれない。
「確かに、そうかもしれないわね。私も、今後の身の振り方を本気で考えないといけないわね。側妃候補のアリシア様が輿入れすれば、私の役目も終わるわ」
「ティアナは、陛下が側妃を娶る事に関して、どう思っているのですか?」
陛下が側妃を娶る――
心の奥底に仕舞い込んだはずの想いが溢れ出しそうで怖い。
お飾り王妃と言われる立場に追い込まれようとも、結局のところ陛下への想いを断ち切れない自分がいる。幼い頃に抱いた想いを捨て切れるほど、大人ではないのだ。
「――そうね。隣国との関係も良好な今、陛下にとっての私の存在価値など無いに等しいのでしょう。しかるべき令嬢と婚姻を結び直すのも、今後の我が国の情勢を考えると必要な事だと思うわ」
発した言葉がナイフとなり、心の弱い部分へと突き刺さる。
頭では分かっているのだ。価値の無い自分が王妃でいる意味など無い事は――
大聖堂の鐘が鳴る。花びら舞い散る晴天の空に響く拍手の音。真っ白なドレスを着て、精緻な刺繍が施されたベールを被り、目を瞑る花嫁の姿が変わっていく。陛下の隣に並んだ花嫁は、私ではない。
ずっと陛下を見続けてきた。他の令嬢の手を取る彼を見るたびに、噴き出しそうになる醜い感情。それを必死に隠し、玉座に座っていた。
心に燻り続ける醜い感情をぶつけていれば何かが変わったのだろうか?
そんな事、出来ない。
臆病な心が顔を出す。怖い……怖い……
「――然るべき令嬢と共に、国を発展させるべきなのよ。私とでは無く……」
「ティアナ……。建前など不要です。私は貴方に騎士の誓いを立てました。生涯、私の主人はティアナ、貴方なのです。私の前だけでは、偽らないで欲しい。泣きそうな顔をしている」
泣きそうな顔?
「陛下の事を愛しているのでしょう?」
――陛下を愛している……
溢れ出した想いが涙となり頬を伝う。
もう感情を抑える事など出来なかった。
次々と溢れてはこぼれていく涙に、嗚咽を堪える事も出来なくなる。両手で顔を覆い泣き崩れた私の体が強い力で抱き締められた。
「ティアナのことをずっと見続けてきたのです。ホールの真ん中で踊る陛下と令嬢を見つめる貴方の切ないほどの想いに気づかなければよかったと思うほどには、貴方のことを見てきた。なぜ、私ではないのですか? そんな問いを何度も繰り返してきた」
背中に回された腕の力がさらに増す。
「私では駄目ですか? 貴方を想う気持ちは誰にも負けない」
タッカーは、何を言っているのだ?
彼は私のことを嫌っていたのではなかったのか。態度が軟化したからと言って、好きとはならない。
あまりの驚きに、とめどなく流れていた涙は引っ込み、強い力で抱きしめられた体が急速に熱を持ち始める。そして、頭はさらに混乱していった。
この体勢はまずい。まかりなりにも私は人妻なのだ。人妻?!
『――タッカーの想い人は、人妻らしいのよ』
唐突に思い出したオバ様の言葉に、思考回路は停止した。
「あぁぁぁ、タッ、タッ、タッカー様!! 早まっては、なりません。これは、何かの間違いで、気の迷いと!」
「気の迷いな訳がない。ティアナが公爵家を出てから、ずっと後悔し続けてきた。陛下と結婚した貴方を何度奪って逃げようと考えたか」
「待って、待って……」
「貴方を忘れるために、隣国に逃げても、想いを捨てることは出来なかった。なのに、お飾り王妃だと‼︎ 許せるはずがない!」
徐々に強まる腕の力に胸が締め付けられ、呼吸をするのも難しくなる。
「タッ……ッカー様、苦し……」
「私からティアナを奪っておいて……。今更、行動を起こしたところで――」
「……無……理」
意識が急速に暗転していく。『タッカー様って、意外と力が強いのね』と変なところに感心しつつ、ティアナと叫ぶ声を最後に意識は深淵へと沈んだ。
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