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後編
ルザンヌ侯爵視点①
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深々と頭を下げる男を見つめ、安堵のため息をそっとつく。
――これで、ティアナとレオンは大丈夫だろう。
すでに、ルザンヌ侯爵領を離れ例の教会へと向かった娘を思い、エールを送る。ティアナが、レオンの気持ちを聞き、どのような選択をするかは分からない。ただ、願わくば、レオンの気持ちを受け入れ、もう一度やり直して欲しいと思う。
あの二人は似たもの同士なのだ。
お互いを想うが故に、すれ違いを繰り返して来たのだろう。レオンは、ティアナの想いに甘え、ティアナは、レオンへの想いに縛られ、臆病になってしまった。夫婦とは、一番近しい存在でもあり、一番遠い存在でもある。性格も違えば、考え方も違う。ましてや、生きてきた環境や立場も大きく異なれば、お互いに歩み寄らねば、距離が縮まることすらない。赤の他人が家族になるには、お互いがお互いを想い、歩み寄る努力をせねばならない。それなのに、会話すらしていなかったとは、本当に何をやっていたのだか、あの夫婦は。
ただ、まだ間に合うと信じたい。そんな気持ちにさせられる何かが、二人にはあった。
「あぁぁ、本当にお前らは世話が焼ける。レオン、お前の顔に免じて一つ良いことを教えてやる」
「えっ……と、良いことですか?」
「あぁ。今、一番お前が欲しがっている情報だ。ティアナは、ノーリントン教会にいる」
「ノーリントン教会ですか?」
「そうだ。ノーリントン伯爵領にある教会だが、我が領との境に建っている。あの派手好きな伯爵は、認知すらしていない教会だ」
宝飾品をたくさん身につけ、椅子にふんぞり返った卑しい目をした小太りの男を思い出し、嫌な気分になる。あの男には散々馬鹿にされた。そう言えば、理不尽な言いがかりも、両手では足りないほど吹っ掛けられたな。
「あぁ。あの伯爵が、王都から離れた自領の管理をきちんと出来ているとは思えませんね。つまりは、そう言うことですか。その教会では、領主の目を盗み、やりたい放題だと。それで、その教会の裏では何が行われているのですか? それと、ティアナが失踪したこととは何の関係が?」
「ティアナが、なぜあの教会に潜入しているかは知らん」
「えっ? ティアナが、その曰く付きの教会に潜入している?」
「そうらしいな。その関係で、こちらに協力を求めに来た。ある人物を、引き受けて欲しいと」
「ある人物? それは、いったい誰ですか?」
「さぁな。詳しくは知らんが、どうやらアイツが直面している問題の重要人物らしい」
何か思い当たる節があるのか、レオンが考え込んでいる。少なからず、レオンはティアナの抱える問題について、何か知っているのだろう。
ノーリントン教会から連れてくる男の病気を治して欲しいと頭を下げた時のティアナの様子を思い出し苦笑いが込み上げる。しかも、その男は平民だという。アイツもお人好しと言うか、なんと言うか。しかも、その男の病気が完治すれば、アイツが抱える問題が全て解決するとも言っていたが、そう上手く事が運ぶとも思えない。しかし、レオンも知る所であるなら、一先ずは安心か。
昔から、変なところで行動力を発揮する娘であった。しかもこうと決めたら他人の意見を聞かない頑なな面もあり、頭を抱えたくもなる。レオンとの結婚も、そうであった。
しかも、次から次へと気掛かりな情報が入って来る今の現状も、到底看過出来ない。数日前まで、滞在していた隣国の要人の言葉を思い出し、深いため息が漏れる。
『オルレアン王国の反乱分子が、ミルガン商会を通し、アルザス王国に密輸品を横流ししている』
その言葉通り、怪し気な物品が国境の検問を通過せず、ノーリントン教会へと運ばれているのを確認している。この事が明るみに出れば、我が国とオルレアン王国との国交樹立にも水を差す事態となる。
それだけではない。下手をすれば、我が国が、反乱分子を使いオルレアン王国の内乱を画策しているのではと、疑われ兼ねない。さすれば、停戦協定は破棄され、戦争が始まる可能性すらあるのだ。
その事を伝えに、ルザンヌ侯爵領へ来たとあの男は言った。ただ、昔を知るだけに、あの男の言葉を鵜呑みにして良いものか判断に迷う。
『エミリオ・カーマ伯爵』
若くして、隣国の外務大臣を務め、医薬庁のトップをも兼務する人物。そして、隣国の諜報部員だった過去をもつティアナの幼馴染。当時、奴の足に、ティアナの護衛が何度も煙に巻かれた。その手腕に、舌を巻くことも多かったが、そんな男が良心のみで、反乱分子の企みをリークするとは到底思えない。しかも、滞在中、人目を忍び、ノーリントン教会へ向かったことは確認済みだ。果たして、奴は敵なのか、味方なのか?
「レオン、あまりオルレアン王国を信用するなよ。あの国とは停戦協定を結んではいるが、好戦国家である事に変わりはない。虎視眈々と我が国を蹂躙する機会を狙っている獣だと言うことを忘れるな。情報の出どころは言えないが、ノーリントン教会に、オルレアン王国からの密輸品が隠されている。しかも横流しをしているのは、隣国の反乱分子との情報だ。言いたい事はわかるな?」
「えぇ。その情報の真偽はわかりませんが、我が国と隣国との関係を悪化させたい者達がいることは理解しました。早急に、ノーリントン教会を調べる必要がありますね。情報、感謝します」
すくっと立ち上がり、礼をし、歩き出したレオンに一言告げる。
「今夜、ノーリントン教会で何かが起こるぞ」
一瞬、動きを止めたレオンが急ぎ足で、その場を後にするのを見送り、深々と椅子へ腰かけた。数分後、入れ違いに部屋へと入ってきた人物が、安堵のため息を溢した私を見て笑みを浮かべてくれる。
どうやら、妻との約束は果たせたようだ。
――これで、ティアナとレオンは大丈夫だろう。
すでに、ルザンヌ侯爵領を離れ例の教会へと向かった娘を思い、エールを送る。ティアナが、レオンの気持ちを聞き、どのような選択をするかは分からない。ただ、願わくば、レオンの気持ちを受け入れ、もう一度やり直して欲しいと思う。
あの二人は似たもの同士なのだ。
お互いを想うが故に、すれ違いを繰り返して来たのだろう。レオンは、ティアナの想いに甘え、ティアナは、レオンへの想いに縛られ、臆病になってしまった。夫婦とは、一番近しい存在でもあり、一番遠い存在でもある。性格も違えば、考え方も違う。ましてや、生きてきた環境や立場も大きく異なれば、お互いに歩み寄らねば、距離が縮まることすらない。赤の他人が家族になるには、お互いがお互いを想い、歩み寄る努力をせねばならない。それなのに、会話すらしていなかったとは、本当に何をやっていたのだか、あの夫婦は。
ただ、まだ間に合うと信じたい。そんな気持ちにさせられる何かが、二人にはあった。
「あぁぁ、本当にお前らは世話が焼ける。レオン、お前の顔に免じて一つ良いことを教えてやる」
「えっ……と、良いことですか?」
「あぁ。今、一番お前が欲しがっている情報だ。ティアナは、ノーリントン教会にいる」
「ノーリントン教会ですか?」
「そうだ。ノーリントン伯爵領にある教会だが、我が領との境に建っている。あの派手好きな伯爵は、認知すらしていない教会だ」
宝飾品をたくさん身につけ、椅子にふんぞり返った卑しい目をした小太りの男を思い出し、嫌な気分になる。あの男には散々馬鹿にされた。そう言えば、理不尽な言いがかりも、両手では足りないほど吹っ掛けられたな。
「あぁ。あの伯爵が、王都から離れた自領の管理をきちんと出来ているとは思えませんね。つまりは、そう言うことですか。その教会では、領主の目を盗み、やりたい放題だと。それで、その教会の裏では何が行われているのですか? それと、ティアナが失踪したこととは何の関係が?」
「ティアナが、なぜあの教会に潜入しているかは知らん」
「えっ? ティアナが、その曰く付きの教会に潜入している?」
「そうらしいな。その関係で、こちらに協力を求めに来た。ある人物を、引き受けて欲しいと」
「ある人物? それは、いったい誰ですか?」
「さぁな。詳しくは知らんが、どうやらアイツが直面している問題の重要人物らしい」
何か思い当たる節があるのか、レオンが考え込んでいる。少なからず、レオンはティアナの抱える問題について、何か知っているのだろう。
ノーリントン教会から連れてくる男の病気を治して欲しいと頭を下げた時のティアナの様子を思い出し苦笑いが込み上げる。しかも、その男は平民だという。アイツもお人好しと言うか、なんと言うか。しかも、その男の病気が完治すれば、アイツが抱える問題が全て解決するとも言っていたが、そう上手く事が運ぶとも思えない。しかし、レオンも知る所であるなら、一先ずは安心か。
昔から、変なところで行動力を発揮する娘であった。しかもこうと決めたら他人の意見を聞かない頑なな面もあり、頭を抱えたくもなる。レオンとの結婚も、そうであった。
しかも、次から次へと気掛かりな情報が入って来る今の現状も、到底看過出来ない。数日前まで、滞在していた隣国の要人の言葉を思い出し、深いため息が漏れる。
『オルレアン王国の反乱分子が、ミルガン商会を通し、アルザス王国に密輸品を横流ししている』
その言葉通り、怪し気な物品が国境の検問を通過せず、ノーリントン教会へと運ばれているのを確認している。この事が明るみに出れば、我が国とオルレアン王国との国交樹立にも水を差す事態となる。
それだけではない。下手をすれば、我が国が、反乱分子を使いオルレアン王国の内乱を画策しているのではと、疑われ兼ねない。さすれば、停戦協定は破棄され、戦争が始まる可能性すらあるのだ。
その事を伝えに、ルザンヌ侯爵領へ来たとあの男は言った。ただ、昔を知るだけに、あの男の言葉を鵜呑みにして良いものか判断に迷う。
『エミリオ・カーマ伯爵』
若くして、隣国の外務大臣を務め、医薬庁のトップをも兼務する人物。そして、隣国の諜報部員だった過去をもつティアナの幼馴染。当時、奴の足に、ティアナの護衛が何度も煙に巻かれた。その手腕に、舌を巻くことも多かったが、そんな男が良心のみで、反乱分子の企みをリークするとは到底思えない。しかも、滞在中、人目を忍び、ノーリントン教会へ向かったことは確認済みだ。果たして、奴は敵なのか、味方なのか?
「レオン、あまりオルレアン王国を信用するなよ。あの国とは停戦協定を結んではいるが、好戦国家である事に変わりはない。虎視眈々と我が国を蹂躙する機会を狙っている獣だと言うことを忘れるな。情報の出どころは言えないが、ノーリントン教会に、オルレアン王国からの密輸品が隠されている。しかも横流しをしているのは、隣国の反乱分子との情報だ。言いたい事はわかるな?」
「えぇ。その情報の真偽はわかりませんが、我が国と隣国との関係を悪化させたい者達がいることは理解しました。早急に、ノーリントン教会を調べる必要がありますね。情報、感謝します」
すくっと立ち上がり、礼をし、歩き出したレオンに一言告げる。
「今夜、ノーリントン教会で何かが起こるぞ」
一瞬、動きを止めたレオンが急ぎ足で、その場を後にするのを見送り、深々と椅子へ腰かけた。数分後、入れ違いに部屋へと入ってきた人物が、安堵のため息を溢した私を見て笑みを浮かべてくれる。
どうやら、妻との約束は果たせたようだ。
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