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後編
ルザンヌ侯爵視点②
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「マリアンヌか。なんとか終わったよ」
「ご苦労様です」
「ティアナは、タッカーと共に出立したか?」
「えぇ。貴方と陛下の話が始まって直ぐかしら。それにしても、あの娘の運命も数奇なものね」
「あぁ。我が国の王と隣国の最重要人物、その二人の人生に大きな影響を与える娘など、ティアナくらいなもんだろうな」
「あら? タッカーも、ではなくって?」
「はぁ、まぁな。あの時、メイシン公爵夫人に請われるまま、かの家へ嫁いでいたら、ティアナも苦労しなかったろうになと思うと、何とも言えん。レオンの熱意に負けて、ティアナを王家に嫁がせて良かったものかと、今でも不安でならんよ」
「そうかしら? 私は、案外これで良かったのではと思っていてよ。確かに、お飾り王妃の立場に逃げていた昔のティアナでは、到底王妃なんて務まらないわね。ただ、貴方に頭を下げた今のティアナなら、案外王妃も上手く務まるかもしれないわよ。なんてたって、やると決めたら猪突猛進が、あの娘の良いところでしょ」
「馬鹿を言うな。こちらの身が持たん」
ふふふ、と笑って言葉を紡ぐ妻を思わず睨んでしまう。
ティアナが、お飾り王妃を隠れ蓑に、王宮で好き放題動き回っていた事は、ルアンナから報告を受けている。下級侍女に扮して、恋愛相談を請け負っていると聞いたときは、本気で肝が冷えた。まぁ、その突拍子もない行動のお陰で、ティアナの味方と成り得る貴族家との繋がりが増えたのは、嬉しい誤算だった。しかし、そうは言っても、出来るだけ平和に、安全に過ごして貰いたいと考えるのが親心だ。
「でも、貴方。たとえ、あの娘が行動を起こさなくとも、周りがそれを許さないでしょうね」
「確かに、そうだな。マリアンヌ、お前はどう思う? 側妃問題が上がっているこの時期に、隣国と国境を接するルザンヌ侯爵領に、我が国の王とオルレアン王国の要人が揃うなど、偶然と思うか?」
「偶然? そんな訳ないわ。しかも、その要人があの悪ガキ、エミリオだなんて。そして極めつけは、例の教会に、ティアナが潜入している。運命の悪戯と切って捨てるには出来過ぎよ」
「そうだな。あの三人の運命が、ルザンヌ侯爵領で再び交錯するなど、本来であれば有り得ん話だ」
レオンとの婚約話が持ち上がった時、正式な婚約云々は抜きにして、ティアナとエミリオを引き離すチャンスだと思ったのだ。
国境での諍いが頻発し、隣国からの諜報員の潜入が増して来た状況で、ティアナとエミリオの関係は、あまりにも近過ぎた。そして、ティアナを人質にするためエミリオとは別の諜報部隊が動き出したと言う情報が入り、早急に二人を引き離す必要性が出て来た矢先のレオンとの婚約話だった。
「そうね。レオンの婚約者候補にあがって、ティアナが王都へと出立する時のエミリオの目は忘れられないわ。絶望を宿した瞳の奥底に見えた憎しみの色。誰に向けられたものだったのかしらね」
王都へと出立するティアナとの別れを、物陰からジッと見ていた少年の姿が思い出される。あの時、彼の存在に気づいていたのは、私と妻くらいだったろう。
「エミリオは、ティアナを。そして、私達を恨んでいたのだろうか?」
「そうね……。愛が深ければ、深いほど、裏切られた時の憎しみは大きくなる。エミリオにとってのティアナの存在は、私達が考える以上に大切だったんじゃないかしら」
確かに、隣国の諜報員だったエミリオが、ティアナに危害を加える事は一度もなかった。何度も護衛を煙に巻いておきながら、夕方にはティアナを無事に帰す。今思えば、ただ単純に、二人の時間を誰にも邪魔されたくは無かったのだろう。
ティアナと引き離され、いつの間にか姿を消したエミリオは、どんな想いで生きて来たのか。
柔和な笑みを浮かべ、淡々と言葉を紡いでいた青年の顔を思い出し、得体の知れない恐怖が背を震わせる。
「今回の件、エミリオの自作自演だとしたらどうなる?」
「えっ⁈ そんなまさか……」
「考えてもみろ。エミリオは、ティアナと引き離した我々を恨んでいる。それだけではない。ティアナを奪ったレオンを、そしてアルザス王国を。そんな環境を生み出したオルレアン王国をも恨んでいるとしたら?」
隣国の反乱分子が、我が国に密輸品を横流ししている事が明るみに出れば、オルレアン王国は黙ってはいないだろう。国交樹立の機運は無くなり、停戦協定は破棄される。そんな最中に、アルザス王国内で重大な事件でも起きれば、これ幸いに隣国は確実に我が国に攻め入って来るだろう。
「ノーリントン教会で今夜起こるであろう事、明るみに出してはならぬ。絶対にだ」
すでに教会へ向け出立したレオンに宛て、手紙を書く。呼び鈴に応じ、すぐ現れた家令に手紙を渡し、早馬を飛ばすよう指示を出した。
「最悪の事態を考えておかねばならぬな。ティアナの身に今夜何か起これば、我が国は教会で起こった事を明るみに出さねばならなくなる」
「ティアナに何が起こると言うのですか⁈」
「ティアナは、お飾りと言われていようとも、この国の王妃なのだぞ。万が一、王妃が死ぬような事が起きれば、全てを内密に済ますなど難しくなる。エミリオの目的が、教会へと沢山の人の目を向け、何か大きな事件を起こす事であったなら、一気に噂は広まる。辺境の地であっても、あそこはノーリントン領だ。あの伯爵が騒がない訳がないのだから」
「そんなぁ……。ティアナは、ティアナは……」
泣き崩れたマリアンヌの肩を抱き締め、願う。
エミリオにまだ、人の心が残っている事を――
「ご苦労様です」
「ティアナは、タッカーと共に出立したか?」
「えぇ。貴方と陛下の話が始まって直ぐかしら。それにしても、あの娘の運命も数奇なものね」
「あぁ。我が国の王と隣国の最重要人物、その二人の人生に大きな影響を与える娘など、ティアナくらいなもんだろうな」
「あら? タッカーも、ではなくって?」
「はぁ、まぁな。あの時、メイシン公爵夫人に請われるまま、かの家へ嫁いでいたら、ティアナも苦労しなかったろうになと思うと、何とも言えん。レオンの熱意に負けて、ティアナを王家に嫁がせて良かったものかと、今でも不安でならんよ」
「そうかしら? 私は、案外これで良かったのではと思っていてよ。確かに、お飾り王妃の立場に逃げていた昔のティアナでは、到底王妃なんて務まらないわね。ただ、貴方に頭を下げた今のティアナなら、案外王妃も上手く務まるかもしれないわよ。なんてたって、やると決めたら猪突猛進が、あの娘の良いところでしょ」
「馬鹿を言うな。こちらの身が持たん」
ふふふ、と笑って言葉を紡ぐ妻を思わず睨んでしまう。
ティアナが、お飾り王妃を隠れ蓑に、王宮で好き放題動き回っていた事は、ルアンナから報告を受けている。下級侍女に扮して、恋愛相談を請け負っていると聞いたときは、本気で肝が冷えた。まぁ、その突拍子もない行動のお陰で、ティアナの味方と成り得る貴族家との繋がりが増えたのは、嬉しい誤算だった。しかし、そうは言っても、出来るだけ平和に、安全に過ごして貰いたいと考えるのが親心だ。
「でも、貴方。たとえ、あの娘が行動を起こさなくとも、周りがそれを許さないでしょうね」
「確かに、そうだな。マリアンヌ、お前はどう思う? 側妃問題が上がっているこの時期に、隣国と国境を接するルザンヌ侯爵領に、我が国の王とオルレアン王国の要人が揃うなど、偶然と思うか?」
「偶然? そんな訳ないわ。しかも、その要人があの悪ガキ、エミリオだなんて。そして極めつけは、例の教会に、ティアナが潜入している。運命の悪戯と切って捨てるには出来過ぎよ」
「そうだな。あの三人の運命が、ルザンヌ侯爵領で再び交錯するなど、本来であれば有り得ん話だ」
レオンとの婚約話が持ち上がった時、正式な婚約云々は抜きにして、ティアナとエミリオを引き離すチャンスだと思ったのだ。
国境での諍いが頻発し、隣国からの諜報員の潜入が増して来た状況で、ティアナとエミリオの関係は、あまりにも近過ぎた。そして、ティアナを人質にするためエミリオとは別の諜報部隊が動き出したと言う情報が入り、早急に二人を引き離す必要性が出て来た矢先のレオンとの婚約話だった。
「そうね。レオンの婚約者候補にあがって、ティアナが王都へと出立する時のエミリオの目は忘れられないわ。絶望を宿した瞳の奥底に見えた憎しみの色。誰に向けられたものだったのかしらね」
王都へと出立するティアナとの別れを、物陰からジッと見ていた少年の姿が思い出される。あの時、彼の存在に気づいていたのは、私と妻くらいだったろう。
「エミリオは、ティアナを。そして、私達を恨んでいたのだろうか?」
「そうね……。愛が深ければ、深いほど、裏切られた時の憎しみは大きくなる。エミリオにとってのティアナの存在は、私達が考える以上に大切だったんじゃないかしら」
確かに、隣国の諜報員だったエミリオが、ティアナに危害を加える事は一度もなかった。何度も護衛を煙に巻いておきながら、夕方にはティアナを無事に帰す。今思えば、ただ単純に、二人の時間を誰にも邪魔されたくは無かったのだろう。
ティアナと引き離され、いつの間にか姿を消したエミリオは、どんな想いで生きて来たのか。
柔和な笑みを浮かべ、淡々と言葉を紡いでいた青年の顔を思い出し、得体の知れない恐怖が背を震わせる。
「今回の件、エミリオの自作自演だとしたらどうなる?」
「えっ⁈ そんなまさか……」
「考えてもみろ。エミリオは、ティアナと引き離した我々を恨んでいる。それだけではない。ティアナを奪ったレオンを、そしてアルザス王国を。そんな環境を生み出したオルレアン王国をも恨んでいるとしたら?」
隣国の反乱分子が、我が国に密輸品を横流ししている事が明るみに出れば、オルレアン王国は黙ってはいないだろう。国交樹立の機運は無くなり、停戦協定は破棄される。そんな最中に、アルザス王国内で重大な事件でも起きれば、これ幸いに隣国は確実に我が国に攻め入って来るだろう。
「ノーリントン教会で今夜起こるであろう事、明るみに出してはならぬ。絶対にだ」
すでに教会へ向け出立したレオンに宛て、手紙を書く。呼び鈴に応じ、すぐ現れた家令に手紙を渡し、早馬を飛ばすよう指示を出した。
「最悪の事態を考えておかねばならぬな。ティアナの身に今夜何か起これば、我が国は教会で起こった事を明るみに出さねばならなくなる」
「ティアナに何が起こると言うのですか⁈」
「ティアナは、お飾りと言われていようとも、この国の王妃なのだぞ。万が一、王妃が死ぬような事が起きれば、全てを内密に済ますなど難しくなる。エミリオの目的が、教会へと沢山の人の目を向け、何か大きな事件を起こす事であったなら、一気に噂は広まる。辺境の地であっても、あそこはノーリントン領だ。あの伯爵が騒がない訳がないのだから」
「そんなぁ……。ティアナは、ティアナは……」
泣き崩れたマリアンヌの肩を抱き締め、願う。
エミリオにまだ、人の心が残っている事を――
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