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後編

薄れゆく意識の中で

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 轟々と立ち込める炎が辺り一面を橙色に染める。礼拝堂に置かれた祭壇や信者用の長椅子も炎に包まれ、火柱をあげる。

 目が焼けてしまうかと思えるほどの熱気と煙に当てられ、目をつぶれば涙があふれだす。

「くそっ! こんなに早く火が回るなんて」

 ついて出た悪態も熱を帯びた空気に霧散し消えていった。

 どうにかしなければ、二人とも死んでしまうわ。

 悪態をついたところで状況が変わるわけじゃない。

 外へ出る最短距離は、この礼拝堂を抜けるのが一番だが、ここを抜けるのは自殺行為だ。他の脱出ルートがどうなっているかはわからない。でも、どうにかするしかない。

「ターナーさん、ここはもう抜けられません。外へと繋がっている場所に心当たりはありませんか?」

「外へ繋がっている場所……、今来た道を戻らないとだが、食堂なら外に繋がっているんじゃないか。キッチンには穀物庫があるからな」

 ターナーの言葉を受け、頭の中に教会の見取り図を浮かべる。彼の言葉通り、キッチンと穀物庫は繋がっている。そこには教会で消費される大量の穀物が収められているのだ。搬入しやすいように外部と繋がっている可能性は高い。

 しかし、穀物庫は地下と繋がっている。火元が地下であるなら、そちらに戻るのは危険なのではないか。

 頭の中を駆け巡る様々な危険性が、私の足を縛りつけ一歩が踏み出せない。

 悩んでいる時間はないのよ! 
 とにかく動くしかない。

「ターナーさん! 考えている時間はありません。案内してもらえますか?」

「あぁ!」

 燃えさかる礼拝堂に背を向け、ターナーが走り出す。

 きっと、どうにかなる。

 脳裏をよぎる不安を打ち消すように頭を振り、走り出したターナーの背を追いかけ走り出した。





「シスター、こっちだ!」

 礼拝堂を背に走り出してどれくらいの時間が過ぎただろうか? 
 空間に立ち込める煙を避けながらの移動は困難を極めた。口元を濡らした布で覆っていようとも容赦なく入ってくる煙に、目も喉も限界を迎えようとしていた。

 穀物庫はまだなの?

 一向に目的地につかず、焦りだけが募っていく。

 その時だった。

 少し前を進んでいたターナーの声に弾かれたように視線をあげれば、食堂の扉を開け放ったターナーの姿が目に入る。最後の力を振り絞り駆け出す。

 煙で白くもやのかかる食堂を抜け、キッチンへと入る。所狭しと置かれた鍋やフライパン、穀物袋に足を取られながらも、奥へ奥へと進めば、一番奥に設られた扉の前へとついた。

「穀物庫ですか?」

「たぶんな」

「ターナーさん気をつけてください。中がどうなっているかわかりませんから」

「あぁ」

 慎重にドアノブを握ったターナーが、扉を開け放つとドッと白い煙が吹き出して来た。

「真っ白で先が見えねぇな。どうするシスター」

「煙で先は見えませんが、熱気は感じられません。まだ、ここまで火は回っていないのかもしれません」

「そうだな。他の逃げ道を探している余裕もねぇし、ここを突破するしかなさそうだ」

「ターナーさん、穀物庫の中がどうなっているか知っていますか?」

「いや、知らん。ただ、小さな穀物庫なら両側が棚で、この扉の反対側に外と繋がる扉があるんじゃないか」

 ターナーの言葉通り、教会の穀物庫であればそれほど大きくはないだろう。王城で働く数千人の胃袋を満たす穀物を備蓄する倉庫とは違う。外へと繋がる扉も、この通路を真っ直ぐ進めばきっとある。

「そうですね。このまま真っ直ぐ進みましょう」

「わかった。シスターは俺の後について来てくれ。この先、どうなっているか、わからないからな」

 そう言ったターナーが暗闇へと足を踏み出す。それに続き、私もまた白くもやがかかった暗闇へと突入した。

 体勢を低く保ち、前を行くターナーの背を追う。しかし、暗闇と白く立ち込める煙のせいで、数メートル先も見えない。追っていたはずのターナーの姿は、いつの間にか見えなくなっていた。

 まさか……、はぐれた?

 先を行くターナーの姿が見えないことに焦りだけが募っていく。

 とにかく、前に進もう。ここで大声を上げれば、煙を吸ってしまう。横道に逸れずに真っ直ぐ進めば、外へと通じる扉があるはず。その思いだけで、前へと進んでいた私にターナーの声が届く。

「シスター! 扉だ。これで助かる!!」

 希望の声と共に開け放たれた扉。暗闇に包まれていた穀物庫に光が差し込む。それと同時に、穀物庫へと流れ込んだ風が、悪魔のごとき牙をむいた。

 目の前で立ち昇った火柱に驚き、尻もちをついた私の視界が真っ赤に染まる。両側に積み上げられた穀物袋が熱風に煽られ火を吹く。右を見ても、左を見ても炎の海と化した穀物庫に、息が止まりそうになった。

 数メートル先に外へと続く扉があると言うのに前へ進めない。

 絶望的な状況に涙が浮かぶ。

 逃げ道を探し背後を振り返るが、戸棚を燃やしながら天井へと伸びる火柱に退路まで塞がれたことを知った。

 ここで死ぬの? 
 もう、無理なの?

「ティアナ、こっちだ!!」

 反射的に顔を上げた先、見知った顔を見つめ、あふれ出した涙が次から次へと頬を伝い落ちていく。

 レオン陛下……

 風に煽られ燃え上がる炎の先に見つけたレオン陛下の顔に、心の中を埋め尽くしていた絶望が晴れていく。危機的状況であるのは何も変わっていないと言うのに、彼の顔を見た瞬間生まれた安心感が死んでいた心を蘇らせる。

 ただただ、嬉しかった。
 彼がここにいるという現実が。

「ティアナ、今行く! 待っていろ」

「だめ、ダメです。レオン様、来ちゃダメ……ゴホ、ゴホっ、ゴホゴホ……」

 力の限り叫んだ拍子に、肺へと入り込んだ煙にむせ、それ以上言葉を発することが出来ない。駆け出した彼に私の声は届かない。こちらへと向かい走るレオン陛下を見つめることしか出来ない自分が歯がゆくて仕方がない。

 目の前に迫る炎の勢いは増すばかりだ。この炎の海を越え、彼がここまでたどり着けるとは到底思えない。

 彼まで死んでしまう。
 レオン様……、来ないで……

 最後の力を振りしぼり立ち上がり、彼へと向かい一歩を踏み出した時だった。

「ティアナ!!」

 猛烈な炎と熱に耐えきれなくなった天井が落ちてくる。轟音をあげ崩れる部屋の光景がゆっくりと視界を埋めていく。

「――――レオン……、さま……」

 薄れゆく意識の中、私の名を呼ぶレオン様の必死の叫びを最後に意識は闇へと沈んだ。
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