上 下
72 / 99
後編

思いがけない再会

しおりを挟む

 王妃の間に軟禁されてどれくらいの時が過ぎただろうか?

 窓際に置かれた重厚感漂うソファに座り、ぼんやりと外を眺める。もちろん、本当に軟禁されている訳ではない。王城内の庭園を散歩することも、礼拝堂で祈りを捧げることも、希望すれば王妃の間から出ることは可能だ。しかし、一歩でも王妃の間を出れば、必ず二名の護衛騎士がつく。そして、レオン陛下の息のかかった王妃専属侍女が、ぴたりと寄り添う。まるで、私の一挙手一投足を監視するかのように。

 これが王妃に付き従う者の本来の形なのだろうが、侍女ティナに扮し、王城内を自由に歩き回っていた私にとっては、監視されているのと同じだ。
 王妃の間に軟禁されているのと変わらない。

 これじゃ、誰からも捨て置かれていた、お飾り王妃の時の方がマシね。

 お飾り王妃の時は、見向きもされなかった代わりに、自分の味方はいた。ルアンナに、王妃付きの侍女のみんな。大きなテーブルに積まれた手紙の山を前に、和気あいあいと『お悩み相談』を受けていた時が、遠い昔のように思われる。

「ルアンナは元気にしているのかしら?」

 ポツリとつぶやいた言葉が、静寂に包まれた部屋にこだまし、消えていく。

 ルアンナの行方がわからなくなってから、出来うる限り彼女の動向を探ろうとした。しかし、いくら探ってもルアンナの動向を掴むことは出来なかった。まるで、緘口令かんこうれいが敷かれているかのように。『己の行いのせいで、ルアンナが酷い扱いを受けていたら』と、それだけが気がかりでならない。

 そんな事を考えていた私の耳に、扉をノックする音が聴こえる。

「王妃さま、ご紹介したい者がおりますので、入室してもよろしいでしょうか?」

 紹介したい人? 珍しいこともあるのね……

 扉越しに聴こえた侍女頭サリーの声に、疑問が浮かぶ。

 王妃の間に軟禁状態になってからというもの、王妃付きの侍女も、護衛の騎士も名前すら分からない状態なのだ。何度か、私から名前を聞いたこともある。しかし、皆一様に『名など存在しない者ゆえ……』と言い、答えてはくれなかった。しかも、ある程度の期間が過ぎると、侍女も護衛騎士も総入れ替えとなる。

 そんな事が続けば、嫌でも悟ってしまう。
 陛下は、私に味方を作らせないようにしている。

 味方を作ることで、勝手な行動をされても困ると、レオン陛下が考えているのは明白だ。だから、名前を知っているのは侍女頭のサリーだけ。

 そんな状態が続いていたのに、紹介したい者がいるとは、いったいどういうこと?

 まぁ、陛下に何かしらの思惑があるのは確かね。どちらにしろ、私の味方ではない。

「……どうぞ、お入りになって」

 半ばあきらめの境地で、扉の外で待機するサリーに声をかける。そして、サリーに続き、入室してきた人物を見て、驚きに、声をあげそうになった。

 嘘でしょ!? なんで……、エルサ……

「初めまして、王妃さま。この度、王妃さま付き専属侍女の任に付きましたエルサと申します」

 目の前で、完璧なカーテシーをとり挨拶を述べる赤髪の女を見つめ、驚きから手に持った紅茶のカップを落としそうになる。

 なんで、なんで!? エルサが王城にいるのよ?
 しかも、専属侍女って、どういうことなの?

 頭の中を疑問符が回るが、今はそんな瑣末なことを気にしている場合ではない。王妃の間に軟禁されてから初めて訪れた千載一遇のチャンス。逃す手はない。

 どのような経緯で、エルサが王妃付きの侍女として現れることになったかは、追々、本人から聞き出せばいい。今は、エルサと私の関係が、侍女頭サリーに勘づかれないように振る舞うことが優先だ。

 レオン陛下に忠実な臣下サリーは、エルサと私が知り合いだとわかれば、すぐにでも陛下に報告するだろう。そうなれば、せっかく見えた一筋の光すら絶たれてしまう。それだけは、絶対に阻止しなければならない。

 震え出しそうな手を必死に抑え、紅茶のカップをソーサーに戻すと、エルサへと向かい笑みを浮かべる。

「――――、サリー、私の専属侍女と言ったわね?」

「はい、王妃さま。今後は、こちらの者が、王妃さまの身の回りのお世話をさせていただきます」

「そう……、名はエルサと言ったかしら? よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願い致します、王妃さま」

 そう言って、再度、頭を下げるエルサを見つめ考える。エルサは、私に向かって『初めまして』と言った。つまりは、私が教会で出会ったティナだと、気づいていない可能性がある。それともう一つ、王妃ティアナとシスターに化けたティナが同一人物だとわかった上で、潜入してきている可能性の二つが考えられる。

……あの笑みは、気づいているわね

 侍女服の裾を持ち綺麗な礼をとるエルサが、ほんの一瞬見せた悪戯な笑みを見て、私は確信する。

 エルサは、タッカー様の配下だったわね。

 メイシン公爵家の力を使えば、秘密裏に配下の一人を王妃の間にねじ込むことも可能か。つまりは、エルサは何らかの目的を持って、王妃の間に現れたと見て間違いない。

 彼女を動かしているのは、タッカー様なのか、それともメイシン公爵夫人なのか……
 どちらにしろ、今の状況を打破する鍵となる。

 私は、適当な理由をつけ侍女頭サリーを王妃の間から追い出しエルサと二人きりになると、おもむろに切り出した。

 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

妖精のいたずら

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,690pt お気に入り:393

メロカリで買ってみた

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:340pt お気に入り:10

息抜き庭キャンプ

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:1,384pt お気に入り:8

祭囃子と森の動物たち

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:426pt お気に入り:1

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,287pt お気に入り:1,135

9歳の彼を9年後に私の夫にするために私がするべきこと

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,615pt お気に入り:105

憂鬱喫茶

ホラー / 完結 24h.ポイント:468pt お気に入り:0

ラグナロク・ノア

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:340pt お気に入り:3

処理中です...