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後編
序章
しおりを挟む「エミリオ様、メイシン公爵夫人との話し合いは如何でしたか?」
「くくく、こっぴどくなじられたよ」
「それは、また……」
メイシン公爵夫人との密会という名の腹の探り合いを終え、アルザス王国内に構えた隠れ家に戻ってきた私は、執事ルドルフの問いに苦笑をもらす。
「ティアナに毒薬をもるなんて聞いていないとね」
メイシン公爵夫人、『王妃殺害計画』の協力者の一人。
彼女には私の正体は明かしている。オルレアン王国の重鎮の一人、医薬省のトップであり、アルザス王国との国交樹立に尽力した立役者。それは、私の表の顔にすぎない。裏の顔は、オルレアン王国の暗部を取り仕切るトップ。私のことを影の支配者と呼ぶ者もいるが、それはあながち間違いではない。汚れ仕事を一手に担ってきたからこそ、今の地位がある。オルレアン王国の王族であろうと、私を無視することは出来ない。
メイシン公爵夫人は、私の裏の顔を知っていた。だからこそ、今回の計画の『駒』として利用した。
レオン陛下へと渡ったオルレアン王国からの密書。
『オルレアン王国の反乱分子と結託して、アルザス王国に内乱を引き起こそうと企んでいる者がいる』
その情報は、私が暗部を取り仕切るトップだからこそ、信憑性が出る情報となる。
始めは、情報を疑い協力を拒んでいた公爵夫人だったが、私がアイリーンの息子だと知ると、態度を一変させた。
『アイリーン・オルレアン』
オルレアン王国の元側妃であり、アルザス王国にかつて存在したロヴィーナ公爵家の娘。メイシン公爵夫人にとってアイリーンは、親友であり、彼女の罪なのだ。だからこそ、私の申し出に頷くしかなかった。己の首を絞めかねない危険な計画とわかっていても。
くくく、忌み嫌われる、この黒髪も時には役に立つ。
肩まで伸びた黒髪に、深紅の瞳。
ゆったりとしたソファに座り、真っ赤な葡萄酒を飲む私の姿が暖炉の灯りに照らされ、ガラス窓にうつる。まるで、おとぎ話に出てくる怪人『吸血鬼』のような姿に、昔はよく不気味がられたものだ。
オルレアン王国では、黒髪は非常に珍しい。母アイリーンも神秘的な美しい黒髪を持つ女性だった。
だからこそ、メイシン公爵夫人は、私がアイリーンの子だと、すぐに理解したのだ。
「まぁ、メイシン公爵夫人にとっては、想定外だったろうな。王妃の命が危険に晒されるとわかっていたらアイリーンへの罪の意識があろうと、あの計画に協力はしなかったろう。公爵夫人にとってティアナは、娘のように可愛がっていた姪だ。計画を利用して、王妃としての自覚を持たせたかったというのが、彼女の思惑だろうな」
メイシン公爵夫人には、反乱分子を炙り出すために部下を二人ほど、そちら側で使って欲しいとお願いした。もちろん、内乱を計画しているのが、バレンシア公爵家ではないかという情報を添えて。
もちろん、ブラックジャスミンの毒を使うことも、その対象がティアナであることも、ブラックジャスミンの毒を中和する解毒剤があることも、公爵夫人は知らない。
そして、ブラックジャスミンの毒と星の雫から抽出した妙薬を混ぜると、一時的に人を仮死状態に出来ることも、彼女は知らない。
――――いいや、私以外は知らないが、正しいか。
ブラックジャスミンの毒は、とても面白い性質を持つ。
単独では、確実に人を死に至らしめるが、ブラックジャスミンの毒を飲み唇が赤く染まるまでの数分の間に星の雫を飲ませることができれば、一時的な仮死状態を経て、息を吹き返すことがわかった。
その作用を使い、ティアナを手に入れようと考えた。
仮死状態になったティアナをアルザス王国中枢に忍ばせた手駒を使い、秘密裏にオルレアン王国に連れ帰る。王妃の死はアルザス王国で認知され、ティアナはめでたくオルレアン王国で自由を手に入れる。私の伴侶となって。
しかし、机上の空論。盤上の上で手駒を動かすだけでは、計画がうまくいく確率は五分五分。
「しかし、レオン陛下の前で、星の雫の妙薬を使うことになったのは、わたくしの人選ミスです。エミリオ様、申し訳ありませんでした」
「いいや。あの場面で、星の雫を使わねば、ティアナは確実に死んでいた。ティアナが死んでしまったら元も子もない。手駒があの場面で星の雫を使ったのは正しい判断だったのだよ」
「寛大な御心、感謝致します。して、アルザス王国に忍ばせている手駒については、如何いたしましょうか?」
「そうだなぁ。今回の件で、こちらとの繋がりが露見する可能性が残るな。消す……、という選択もあるが、お前はどう思うルドルフ」
「そうですな……、あれほど信用されている者を切り捨てるのも、早計かと思います。まだ、使い道はあるかと」
「そうか。あやつからは、何か言ってきているのか?」
「実は、ティアナ様に関して、新たな報告が。アルザス王家所蔵の星の雫の正統なる後継者だとか」
「星の雫の正統な後継者……、ティアナは七色の光を見出しているのか!?」
「左様でございます」
あぁぁぁ、やはりティアナは私の運命だ。
『七色の光を見出し乙女、三つの扉を守護する聖女である』
昔、母から聞いたおとぎ話が脳裏をかすめ、消えていく。
「ルドルフ、オルレアン王国に戻るぞ」
「御意。オルレアン王国第三王子、エミリオ・オルレアン殿下」
【完】
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