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第一章

40.王太子の目論見ー決行編ー

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 ライモンドの聴取を行なった翌日、アルベルトは騎士たちを引き連れて、スノーベル侯爵家を訪れた。
 何事かと侍従たちが動揺したが、アルベルトは彼らに対して、全員が一箇所にまとまって待機するよう命じると、監視のための騎士を数人置いて、ルドルフ、ライラ、ルシアの三人を侍従たちとは別室――スノーベル侯爵家の応接間へ集め、今回訪問した理由を伝えた――
 

 ◇ ◇ ◇
 

「窃盗の容疑……? 一体どういう意味ですか!? 王太子殿下のお言葉とはいえ、いくら何でも無礼が過ぎるのではないですか!?」
 
 ルドルフは、アルベルトが発した言葉の意味を理解できずに憤慨した。
 
「……ここに国からの家宅捜査令状とグランシア公爵家からの窃盗被害の届出書がある。こちらは控えなので、自分の目でよく確かめると良い」
 
 アルベルトが差し出した二枚の用紙を、ルドルフは引ったくるように奪い取ると、憤怒で血走った目を紙上に走らせる。
 そして、みるみるうちに顔色がどす黒いものへと変わっていった。
 
「な……っ、私はこんなものは知らない!! 冗談じゃない……何故、私に窃盗の容疑がかかっているのです!?」
 
 更に激昂したルドルフが、用紙をテーブルに叩きつける。
 しかし、アルベルトは一切表情を変えることなくルドルフを見据えた。
 
「では、貴殿が知らないと言うのなら、そちらの二人はどうだろうか? 貴女方もその届出書の内容をじっくり確認してくれたまえ」
 
 アルベルトはルドルフからライラの方へと視線を動かし、被害届を示した。
 
「……畏まりましたわ」
 
 ライラは訝しげに眉をひそめながら、ルドルフが叩きつけた用紙を拾い上げ、内容に目を通した。
 
「申し訳ございません、アルベルト王太子殿下。私もこの内容には、全く心当たりがございませんわ。何かの間違いではありませんこと?」
 
 内容を読み終えたライラは、己の耳飾りに触れながら小さく首を振った。
 その様子は嘘をついているというわけではなく、本当に何も心当たりがないと言っているように見えた。
 しかし、アルベルトがライラの耳元に揺れる赤いバラの耳飾りをめ付けると、ライラはフイッと視線を逸らした。
 
「……そうか。では、そちらの娘にも確認してもらおうか。それでも心当たりがないと言うなら、屋敷中の使用人にも確認してもらう」
 
 アルベルトはライラの行動には触れず、ルシアに目を向ける。
 
「何ですって? アルベルト様、酷すぎます!! お父様もお母様も、もちろん私もそんなことはしていません!! 使用人たちに聞いたって、みんなそう言いますわ!!」
 
 ルシアは両目に涙を浮かべながら、悲痛な声を上げた。
 全身を震わせ、潤んだ目を強調するように、アルベルトの顔を見つめる。
 かつてライモンドが騙された、その嘘泣きに、アルベルトは一切動じない。
 
「そ、そうだわ……その窃盗犯というのはお義姉様カトレアのことでしょう? ねぇ、お父様、お母様。そうよね? だって、お義姉様――いいえ、あの女は泥棒猫の娘ですもの!! ねぇ、そうでしょう!?」
 
 ルシアは、アルベルトが自分の思ったような反応を見せないことに白けたような表情を浮かべた後、不意に良いことを思いついたとでも言うようにパッと表情を明るくして、つらつらとそんなことを宣った。
 
「え、えぇ、そうね、きっとそうよ。これは私たちのことではありませんわ、殿下」
 
 ルシアの言葉にライラが賛同し、きっぱりと自分たちの関与を否定した。

「……その言葉に偽りはないか?」

 アルベルトは目を細め、ルシアとライラの顔を交互に見た。

「えぇ、勿論です。こちらの内容の件に、私たちは一切関わっておりません。全てあの娘がしたことでしょう」

「私たちは嘘なんてついておりませんわ! アルベルト様、早くあの女を捕まえてください!!」

 ライラは優雅に微笑みながら、ルシアは意気揚々と、アルベルトの問いを肯定する。

「スノーベル侯爵。貴殿も彼女らと同意見ということでよろしいか? 貴殿の嫡子であるカトレア嬢を、窃盗犯として、告発するという二人の意見に、貴殿も賛同すると……?」

「…………」

 アルベルトが一言一句丁寧に発しながらルドルフを流し見ると、ここで初めてルドルフに戸惑いが見えた。
 つい先程まで怒りで赤黒く染まっていた顔からは色も表情も抜け落ちている。

「……ルドルフ? どうなさったの?」

「お父様? どうして、肯定しないの? お父様もお母様も、もちろん私も、窃盗なんてしていないのよ? そんなの、全部カトレアがやったに決まっているじゃない!! ねぇ? お父様?」

 ライラとルシアは、ルドルフの異変に気づくと、僅かに動揺を見せた。

「……確かに、こちらに書かれている盗品に心当たりはないが……」

 ルドルフは、セレーネと結婚してからこれまでの約二十年間、セレーネのこともカトレアのことも顧みることをしなかった。
 最愛の恋人と引き離されそうになった原因であるセレーネを憎んでもいた。
 隠れてライラとの関係を続けてきたのも、セレーネに対する復讐のようなものであった。
 己の実父である先代スノーベル侯爵から厳命され、かつてはセレーネをこの腕に抱き、無理を押し通してカトレアを産ませたが、その二人に対して情愛の欠片さえ芽生えなかった――はずだった。

『貴殿の嫡子であるカトレア――』

 アルベルトの口から、はっきりとそう告げられたとき、ルドルフの胸が酷く騒いだ。
 そして、頭によぎったのは、セレーネとの婚姻直後、ひっそりと交わしたライラとの逢瀬の帰り道で見つけた、上品な銀細工のカトレアの花――セレーネのミルクティー色の髪に合いそうだと、気まぐれを起こして購入したこと。
 そして、それを手渡した際のセレーネの嬉しそうな笑顔――
 いつ見ても青白い顔に、儚げな微笑みしか浮かべていなかったセレーネの頰が、パッと朱色に染まり、歓喜に満ちた、あの瞬間――ルドルフは確かに何かを感じていた。
 それは、十七年前、カトレアの産声を聞いたときにも感じたはずなのに、ルドルフは今まで目を逸らし続けていた。
 ルドルフは、たった今、そのことに気づいてしまった。

「いえ……カトレアは、この件に、一切関わっておりません」

「「っ!?」」

 ルドルフは、しっかりとアルベルトの目を見据え、きっぱりと断言した。
 そして、ライラとルシアの目が大きく見開かれたが、ルドルフは二人を一瞥もしない。

「私の娘は――カトレアは、窃盗などしていない。証拠が必要でしたら、屋敷中を捜索していただいて構いません。この二人の証言は撤回させます。アルベルト殿下、どうか、娘の無罪を証明してください」

 ルドルフはそう言って、静かに頭を下げた。
 
 初めて芽生えた、カトレアの父としての責任を持って――
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