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6話「うまくいかない日」
しおりを挟む今日は朝からうまくいかなかった。
理由は、はっきりしている。
(……やろうと、しすぎた)
自分でも分かっている。
***
昨日の光る小石。
あれを見てから、
胸の奥にずっと、小さな火が残っていた。
(……わたしも)
私も、何かできるかもしれない。
できない、できない、と
自分に言い聞かせてきたけれど。
あの子と、同じ年で。
同じようにここに立っていて。
だったら。
(……ちょっとくらい)
ちょっとくらいやってみてもいいんじゃないか。
そう思ってしまった。
***
朝。
父親が薪を割っていた。
斧が振り下ろされるたび、
乾いた音が庭に響く。
私は、少し離れたところで、
それを見ていた。
(……ちから)
力。
ああいうのはまだ無理。
――でも、
足元に、昨日と似た小石が転がっている。
(……これ)
私はしゃがみ込んで、それを拾った。
小さくて、手のひらにちょうどいい。
冷たい。
(……みる)
じっと見つめる。
昨日の子は、ただ見ていただけだった。
だったら、私も。
(……ひかれ)
願う。
でも、何も起こらない。
石は、石のまま。
(……もういっかい)
握る。
力を込める。
手がぷるぷる震える。
それでも光らない。
(……なんで)
胸の奥がズンと、重くなる。
「りぃ?」
母親の声。
はっとして、顔を上げた。
「それ、落とすと危ないわよ」
石は、静かに取り上げられた。
(……あ)
叱られていないのに、なぜか恥ずかしい。
できなかった。
それだけのことなのに。
***
家の中に戻っても、気持ちは沈んだままだった。
昨日までは、“見ているだけ”でよかった。
でも、一度“できるかもしれない”と思ってしまうと、できない自分が前よりくっきり見える。
(……だめ)
前世の記憶が、一瞬よぎる。
期待されて、
応えられなくて、
勝手に傷ついた日々。
(……また、これ?)
そう思っただけで、胸がきゅっとする。
***
昼前。
母親が台所で作業をしていた。
私はいつもの椅子に座って、
ただ見ている。
今日は、真似をする気も起きない。
(……できない)
そう考えると、動けなくなる。
母親は、私の様子をちらりと見て、
何も言わず小さな器を差し出した。
「これ、混ぜてくれる?」
(……え)
器の中には、刻まれた野菜。
危なくない。
(……まぜる)
それなら……。
私は、小さな木の匙を握った。
ぐる。
ぐる。
思ったより重い。
うまく回らない。
途中で具がこぼれる。
(……あ)
また失敗。
でも、
「大丈夫」
母親は淡々と言った。
「こぼれる前提で量を少なくしてるの」
最初からうまくいかない想定。
(……そっか、できなくてもいいんだ)
チラッと母親の様子を見ると、私を見る目が優しくて、ふにゃりと力が抜けた。
(みまもってくれてる)
胸の奥にじんわりとあたたかいものを感じながら、私はもう一度混ぜた。
今度は、少しゆっくり。
さっきよりこぼれなかった。
(……ちょっと)
ちょっと、できた。
***
夕方。
その混ぜたものは、ちゃんと料理になって、食卓に並んだ。
私は、自分の器を見つめる。
(……わたしの)
全部じゃない。
ほんの、一部。
でも、
口に入れると、知っている味がした。
昨日より、少しだけ丸い。
(……あ)
混ぜ方。
力の入れ具合。
全部は分からない。
――それでも
「美味しいな」
父親が言う。
母親も頷く。
私は何も言わず、もう一口食べた。
***
布団に入る頃には、朝の悔しさは形を変えていた。
消えてはいない。
でも、刺さったままでもない。
(……できない日)
今日はできない日だった。
でも、
何もしなかった日じゃない。
(……だいじ)
この感じを覚えておこう。
うまくいかない日。
それでもちゃんと終わる日。
私は、静かに目を閉じた。
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