できない子に転生しましたが、家族と食卓があれば十分です ―人間不信だった私が、ゆっくり育つ異世界生活―

愛朱ひいろ

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7話「言われたこと、言えなかったこと」

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今日は少しだけ遠くへ行く日だった。

「市場までね」

母親がそう言った。

市場。

前にも、連れて行ってもらったことはある。
でもそれは抱っこか、手を引かれて。

今日は違う。

「歩けるところまでは、自分で歩こう」

(……あるく)

胸の奥がきゅっと、鳴った。

できるはず。
でも、最後までできるかは分からない。

その「分からなさ」が、今の私には少し怖い。

***

家を出ると、空気が少しだけ違った。

人の気配が多い。
声が重なっている。
匂いも混ざり合っている。

(……いっぱい)

足元に意識を集める。

一歩。
二歩。

(……だいじょうぶ)

昨日よりほんの少し安定している。

母親は私のすぐ横を歩いている。
でも、手は出さない。

父親は少し後ろ。

「いいペースだな」

その声が背中をそっと押した。

***

市場は音であふれていた。

金属が鳴る音。
木箱のぶつかる音。
人を呼ぶ声。

色も、家の中とは全然違う。

布。
野菜。
干した肉。

(……すごい)

頭が少しぼうっとする。

私は無意識に母親の服をぎゅっと掴んだ。

「大丈夫よ」

その一言で、また一歩進めた。

***

野菜を売る店の前で、足が止まった。

見たことのない形。
丸いもの。
細長いもの。
色も様々。

(……におい)

鼻が勝手に働く。

土っぽい匂い。
少し甘い匂い。

(……たべたい)

そんな気持ちが自然に浮かぶ。

「これ、どう使うんです?」

母親が店の人に聞く。

「煮込みだな。刻んで、油で軽く炒めてから」

(……きざむ)

聞き慣れた言葉。

私はその野菜をじっと見つめた。

(……まぜたら)

昨日、混ぜたこと。
力を入れすぎないこと。

頭の中で勝手につながっていく。

***

その時。

「ねえ、その子」

横から声がした。

振り向くと、少し年上の子が立っていた。

三歳、もしかしたら四歳。

手には小さな袋。

中で何かがかすかに光っている。

(……また)

あの光。

「まだ、できないの?」

その子は悪気なく言った。

「歩くの」

(……あ)

胸の奥が、きゅっと縮む。
無意識に手のひらをぎゅっとむすんだ。

「うちの子、ゆっくりなの」

母親は、固く握った手を上から包み込むように優しく私の手を握ってくれた。

(……あったかい)

そう感じていると、店の人が口を挟んだ。

「でも、よく見てるよ」

(……みてる)

その言葉は優しかった。

でも。

「ふーん」

その子は、少しつまらなそうに言った。

「わたしはね、もう――」

その先は聞かなかった。

聞けなかった。

私は、自分の足元を見ていた。

(……できない)

その言葉が相手の声になって、
頭の中で響いた。

***

帰り道。

私は、さっきより足取りが重かった。

(……つかれた)

体も、心も。

母親は何も言わない。

父親も後ろから静かに歩いている。


「……りぃ」

しばらくして、お父さんが声をかけた。

「さっきの子のこと、気にしてるか?」

(……うん)

私は、小さく頷いた。

「できないって、言われたな」

(……いわれた)

「でもな」

父親は歩く速度を少しだけ落とす。

「できることだけが、全部じゃない」

(……しってる)

頭では。

でも、心はまだ追いつかない。

父親はそれ以上言わなかった。

それがありがたかった。

***

家に着くと、母親はすぐに台所に立った。

市場で買った野菜が籠から出される。

(……さっきの)

私は椅子に座りながら、それを見ていた。

「これ、どうやって作るんだっけ?」

母親がふいに聞く。

(……え)

私は少し考えた。

煮物、だけど……先に炒めるって言ってた。

「……あぶら、すこし」

言葉はまだ拙い。

でも、母親は頷いた。

「そうね」

その通りに調理が進む。

油の匂いが広がる。

(……あ)

市場で感じた匂いと同じ。

ふいに、優しく包んでくれた手を思い出して、胸の奥が少しだけ温かくなった。

***

夕食。

私はその野菜を食べた。

(……おいしい)

自分で刻んだわけじゃない。
炒めたわけでもない。

でも。

(……しってた)

こうなるって少しだけ分かっていた。

「りぃ、いい顔」

母親が笑う。

私は、何も言わずもう一口。

(……できない)

歩くのは遅い。
魔法もまだ。

でも。

(……これ)

分かることがある。
選べることがある。

それは、誰かに言われても消えなかった。

布団に入って、目を閉じる。

市場の音。
光る袋。
「まだできないの?」という声。

全部、胸の中に残っている。

でも、それだけじゃない。

油の匂い。
混ざる音。
“よく見てるよ”という言葉。

(……どっちも)

どっちもこの世界。

だったら。

私は、見て、覚えて、選んでいく。

できないままでも。

そう思いながら、
“お父さん”と“お母さん”のいる家で、
眠りに落ちた。
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