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9話「見ているから、わかること」
しおりを挟む今日は、村の外れまで行く日だった。
「少しだけね」
お母さんがそう言って、
籠を腕にかける。
(……そと)
前だったら、
その言葉を聞いただけで、
足の裏がきゅっと縮んだ。
でも、今日は。
怖いより、ちょっとそわそわする。
***
家の前を出てすぐ、
道の感触が変わる。
土。
小石。
少し、でこぼこ。
(……あるきにくい)
私は、
一歩出すたびに、
足をよいしょ、と持ち上げる。
今更だけど脚は短い。
太ももはぷにっとしていて、
思ったより前に出ない。
できないことにばかり目がいってたけど、よく考えたら私はこどもなんだ。
ぷにぷにボディの幼児なんだ。
(……おもい)
自分の身体なのに少し重たい。
でも、
止まらない。
(だいじょうぶ)
一歩。
また、一歩。
つま先が、
石に引っかかる。
「――あ」
体が前に傾く。
慌てて、
両手を前に出す。
ぷにっ。
手のひらが、
地面に沈んだ。
(……いたくない)
骨じゃなくて、
肉が先に当たる感じ。
それが、少しだけ救いだった。
***
「大丈夫?」
お母さんが、
すぐ横で声をかける。
でも抱き上げない。
お父さんも少し前で立ち止まり、
こちらを見ている。
(……たつ)
私は、
地面に手をついたまま、
お尻をもぞもぞ動かす。
力を入れたつもりが、
腕じゃなくて、お腹に力が入る。
ぷるぷる。
(……ちがう)
もう一回。
今度は膝を立てて
よい、しょ。
身体がぐらっと揺れて、また座り込む。
(……むずかしい)
でも、やめない。
もう一回。
三回目でなんとか立てた。
「できたね」
お母さんの声。
私は、
胸を張る……つもりで、
お腹がぽん、と前に出た。
(……できた)
立てた。
それだけで、今日はちょっとえらい。
***
村の外れに近づくと、
音が増えてきた。
金属の触れる音。
水のはねる音。
人の声。
(……いっぱい)
私は、無意識に歩く速度を落とす。
足を出す。
止まる。
また出す。
考えないと、
身体が言うことを聞かない。
でも、その分よく見える。
***
井戸のそばに、
見覚えのある子がいた。
市場で会った、
あの“できる子”
今日は少し年上の子たちと一緒だ。
私は、近くのベンチまで行こうとした。
……遠い。
(……あそこ)
距離は、大人の三歩分くらい。
でも私には、
六歩か、七歩。
途中で足がだるくなる。
太ももが、じんわり熱い。
(……やすむ)
私はその場に、
ぺたんと座り込んだ。
石の冷たさが、
お尻に伝わる。
(……つめたい)
でも、悪くない。
***
座ったまま、私は井戸の方を見る。
あの子が、縁に手を置いている。
小さな手。
でも、
私よりシュッとした手
動きがきれい。
水面がゆらりと揺れた。
(……まほう)
派手じゃない。
光らない。
でも水を汲む人が「楽だな」と、言っている。
(……すごい)
私は、同じことはできない。
真似しようとしても、
きっと集中する前に腕が疲れる。
***
少しして別の子がよろっと、足を滑らせた。
私は思わずそちらを見た。
(……あ)
助けに行こうとして、
立ち上がりかける。
でも、脚がもたつく。
その間に、あの子がすっと手を伸ばした。
早い。
(……はやい)
私は動けなかった。
でも。
(……みえた)
あの子が、ずっと周りを見ていたこと。
井戸だけじゃなく、
人の動きも。
***
帰り道。
私は、さっきより歩くのが遅くなっていた。
太ももが、もうぷるぷる。
足を出すたび、“つかれた”が身体からにじむ。
(……でも)
途中で立ち止まらなかった。
休んで。
また歩いて。
お父さんは少し前を歩きながら、
ときどき、歩幅を無意識に合わせてくれる。
(……まってる)
それが、ちゃんと分かる。
***
家に着いた時、
私はその場にぺたんと座った。
(……つかれた)
でも、胸の奥は変じゃない。
できないことは、
いっぱいあった。
走れない。
助けられない。
魔法も、使えない。
でも。
(……しってる)
私は見ていた。
身体が小さいから、
ゆっくりしか動けないから、
たくさん見えた。
***
夜。
布団の中で、
脚をもぞもぞ動かす。
今日使った筋肉が、
じんわり主張している。
(……いたい)
でも、嫌じゃない。
(……がんばった)
ちゃんと動いた。
考えた。
見た。
それが、
今の私に、
できること。
そう思いながら、
私は、安心して眠りに落ちた。
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