その傷を舐めさせて

雪村こはる

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友達だろ?

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「武内は、全員のこと名前で呼ぶから……」

 そう言った瞬間、「旭」と呼ぶ低い声が脳裏に響いた。あの爽やかな笑顔で優しい声色で自分の名前を呼ぶ保の姿。思い出したら急激にぶわっと熱が込み上げた。
 夕映に名前を呼ばれたことなど比較にもならなかった。

 あー……やっぱ俺、好きなんだよなぁ……。武内のこと。

 そんなことを実感するはめになる。夕映は恥じらう乙女のような顔をした旭の変化に気付いた。好きな人が別の人を想う瞬間というのは、気付きたくなくてもわかってしまうものだと夕映はほんの少し寂しくなる。

「先生は本当に武内先生のこと大好きなんですね」

 キョロキョロと周囲を見渡した夕映が、誰もいないことを確認してからそう言った。ぴくりと反応する旭は、慌てて自分の口元を手で覆って顔を隠す。

「……別に」

「いいなぁ、武内先生は」

 眉を下げて口元だけ笑顔を作る夕映。そんな顔を見た時だけ、夕映が自分のことを好きなのだと実感できた。

「……そんなことないよ。どうこうなるわけじゃないし」

 ふいっと顔を逸らした旭は悲しいくらいわかり切っている自分と保との関係に息をつく。夕映が自分を思うのとはわけが違う。そう思っていると「でも好きな人がいるのって幸せじゃないですか」と夕映の声が聞こえた。

「……え?」

「私は先生のこと好きになれて幸せですよ。先生と一緒にいると楽しいですもん」

 チラリと横目に夕映を見れば、満面の笑みを浮かべていた。夜天のことを話していた時と同じ、嬉しそうな顔だった。

 俺も武内の前でこんな顔してんのかな……。片想いでも好きでいられるだけで満足だって思ってたはずなのに、往生際が悪いな。……もし、俺がこの子を受け入れることができたら……お互い幸せになれるんだろうか……。

 ふとそんなことを考えた。今の旭にはそんな決断などできない。しようと思ったこともない。でも、夕映は……? 彼女ならどうするだろうか。そんな疑問が湧いた。

「ねぇ……きみは俺のことが好きだって言うけど、もしきみのことが好きだって人が現れたらどうする?」

「……え?」

「今の俺みたいに」

「えっと……」

「その人と付き合う?」

「いえ……私は先生のことが好きなので……」

「そうだよね」

 旭は大きく頷いて納得した。誰だってそうだ。好きなものは好きなのだから、妥協して誰かと付き合うなんてバカげている。

 そう考える旭だったが、夕映はそんな旭の様子にそっと顔を伏せた。
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