その傷を舐めさせて

雪村こはる

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近付く距離と遠ざかる距離

03

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 昨日は内分泌内科に寄ろうかどうしようかと迷った夕映。一旦ドアの前までは行ったのだ。しかし、ドアノブを触って動きを止めた。

「旭といて辛いならやめてもいいと思うけど」

 そう電話で夜天が言っていたことを思い出したのだ。

 先生といると私は辛いのかな……。会えたら嬉しいけど……でも前回みたいに冷たくされたらちょっと傷付くな……。
 会いたいから会うのと、会ってみて悲しくなるのとどっちがいいかな……。顔だけでも見たいけど……うーん、やっぱりやめておこう。

 今度こそ突き放されたら立ち直れない気がした。それなら傷が浅い内に少しずつ距離を取る方がいいかもしれない。そんなふうに考えて夕映はそのまま帰宅した。
 それでも本日気になって、またドアの前まで来てしまった。ドアに手を伸ばしては引っ込めて、指先でドアノブに触れてはやめてみる。ソワソワ、ウロウロとドアの前で挙動不審な夕映。

「おい、不審者。何してんだよ」

 そんなところを夜天に見られた。

「やややややや夜天さん!」

 ささっと夜天に駆け寄って、その長身を見上げる。夜天と会うのは数日振り。約束のハンバーグを食べに連れて行ってもらったばかりだった。

 不審者と言われたことに狼狽する夕映だったが、夜天はそんなことよりもスクラブに滲んだ黒いシミが気になった。

「お前、傷口出血してるだろ」

「え? 本当ですか?」

「なんだよ、気付いてなかったのか」

「自分じゃ見えませんもん」

「あー……。処置は?」

「もうしてないですよ。カサブタになって……あ! さっき、痒くて掻きました」

 はっと思い出した夕映の頭に、夜天の手の側面が降ってきた。

「いだっ!」

「ろくなことしねぇな。看護師のくせに」

「看護師の前に患者ですー」

「患者の前に看護師であれ」

 正論を言われ、ぐっと黙る夕映。上腕を掴まれ半ば引きずられるようにして足が進んだ。

「わわっ」

「処置すんぞ。見せてみろ」

「いいですよー。もう帰るだけだから」

「旭のところ寄ってこうとしてただろ」

「してたけどやめます」

「結局やめんのかよ。昨日行かなかったのか?」

「はい……」

「ふーん。おら、服脱げ」

「は!? ふ、服を脱げと!?」

 呼吸器内科の外来診察室に着いた途端、服を脱ぐよう要求する夜天に、夕映はスクラブの上から両腕を交差させて胸元を押さえた。夜天はイラッと頬をひきつらせ、「たかだか処置だろうが。この俺が、お前ごときの処置をしてやるって言ってんだからさっさと脱げバカ」と言った。
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