その傷を舐めさせて

雪村こはる

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近付く距離と遠ざかる距離

08

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 旭とのデートは日曜日の昼間に決行された。夕映は、学生時代には高くて手が出せなかったデパートのアパレルショップで肩紐がリボンになった淡いブルーのサマーニットと黄色のシフォンのフレアスカートを購入し、着ていった。
 デート服を選ぶのも楽しくて、少し背伸びした値段の洋服が夕映の気持ちを明るくさせた。
 私服姿の旭を見るのは4ヶ月弱振り。相変わらず神々しい姿に、夕映は眩しい! と目を瞑った。

 運転する姿を何度も盗み見しながら、会話をする度に胸がキュンキュンと高鳴る。旭とデートしている。そう思うだけで天にも昇る気持ちだ。

 甘いケーキは夕映の体を癒し、その甘さは恋心そのもの。嬉しくてつい饒舌になるも、今回ばかりは旭も夕映の話を聞いてくれた。

「楽しそうだね」

「楽しいです! 凄く、幸せ」

 夕映のそんな弾けるような笑顔を見ながら旭もつられて笑った。

 ……幸せか。この程度で幸せなんて……世の中楽しいことなんてもっとたくさんあるのに。俺と過ごす時間でこんなに笑ってくれるのか。
 旭はふと昔の恋人とのデートを思い出した。傍から見れば単なる男性同士の時間でも、真剣に恋愛していた2人にとっては特別な時間だった。

「旭のこと好きだよ。1番好き」

 そう言って彼は笑った。

「俺、旭じゃなきゃ嫌だよ」

 その前に付き合っていた彼はそう言った。こんなふうに本気で好きだって想われるのは久しぶりだ。
 あの時の自分も彼に会えるだけで幸せだった。目の前にいる夕映のように。

 美味しそうにケーキを頬張る姿も、華やかな服装も普段院内で見る姿とは違う。
 時折病院から緊急連絡がこないかとスマートフォンを気にする旭は、下唇に生クリームを付けた夕映を見ながらそっと頬を緩める。

 そういえば、連絡先教えたのに1度もしてこなかったな。
 旭はふと思った。電話番号も、コミュケーションアプリのIDも教えた。連絡先なんて教えたら毎日くるものだと思っていたが、夕映から連絡してくることはなかった。

「クリームついてるよ」

 そう言いながら旭が指を伸ばせば、夕映はその指がたどり着く前に顔を真っ赤に染めておしぼりで唇を拭った。

「と、取れましたか?」

「うん」

 ふっと笑った旭に尚も恥ずかしそうにする。夕映はおずおずと旭を見上げながら「……子供っぽいですか?」と尋ねた。

「……そうだね」

 旭は伸ばした手を戻しながら柔らかく微笑んだ。
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