その傷を舐めさせて

雪村こはる

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近付く距離と遠ざかる距離

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 夜天は曲をかけながら、続きが気になっていた小説を読み始めた。夕映からは旭とのデート自慢を聞かされることになるだろうと覚悟をしていたが、当の本人はいつまでもじっと座ったまま、曲に聴き入っていた。

 夜天が立ちがあってレコードを交換する度にパチリと目を開ける。その繰り返しだ。
 しかし、その動作も何度目か数え切れなくなった頃、夕映は目を開けなかった。

 レコードを交換して針を置く。曲が流れると夜天はソファーに戻り、腰掛ける。体重で沈んだスプリングに揺られて夕映の体が傾いた。
 夜天がはっと瞼を持ち上げると、夕映の頭が夜天の腕に落ちた。

「……寝てんのかよ」

 顔をしかめてその顔を覗き込む。子供のようにあどけない寝顔が目に入った。

「子守唄じゃねぇっつーの」

 そう言いながらもふと優しく微笑んでしまったことに夜天自身も気付かずにいた。利き手に体重がのしかかり、小説を読むには少々不便だった。肩にでも頭を預けてくれればいくらか楽だと思うが、夕映との身長差ではそういうわけにもいかなかった。

 仕方なく夜天は腕を上げ、力の抜けたその体を支えるとそのまま体を横たわらせた。自らの腿に頭を乗せると、まだ眠っているのを確認する。

「全然起きねぇじゃん」

 クスクスと笑いながら夜天はまた小説を読み始めた。管楽器やシンバルが響くような盛大な音なら夕映も起きていたんだろうと思えたが、静かなピアノは心地よかったのだろう。
 視覚で演奏を堪能できないことが余計に眠りを誘ったのか、それとも夜天といるこの空間に安心しきってしまったのかそれは本人にも夜天にもわからぬところだった。

 すやすやと寝息を立てながら気持ちよさそうに眠る夕映。対してさらさらと文章を目で追う夜天。残り半分ほどだった文庫本は1時間足らずで読み終えてしまった。それでも夕映は一向に起きる気配がなかった。

「いつまで寝てんだよ」

 ふっと息をこぼしながらも、夜天は夕映の頭を持ち上げて立ち上がる。足を下げたまま横たわる体。血液の循環が悪くなってしまう。そう思った夜天は1度夕映の体を横抱きに持ち上げた。

「……かっる」

 ちまっと小さな体が腕の中にすっぽり収まった。子供くらいの体重しかないことに驚いた夜天は思わず声を漏らした。
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