その傷を舐めさせて

雪村こはる

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近付く距離と遠ざかる距離

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「忙しいだろうから率直に言うね。俺さ、武内のこと好きなんだよね」

 転落しないよう胸の辺りまで設置された柵。そこにしがみつくようにして握る手に力を込める旭。目を見てしっかりと想いを告げることはできなかった。
 本当に小柳さんは凄いな……。こんな時にも面と向かって看護師達の前で愛の告白をした夕映に感心した。

 外科医の保には手術も病棟回診も控えており、自分以上に忙しいだろうと思ったらモジモジと保を引き止めておくことも躊躇われた。
 どんなに勇気を出しても、どんなに渋っても決して結ばれることはない相手。だったらさっさと伝えてしまおう。そう思った。
 決心すれば6年間1度も言えなかった言葉がすっと飛び出した。

「どうした? 改まって。俺も旭のこと好きだよ」

 旭の隣に並び、同じように街並みを眺めるかのように外に目を向ける保。腕を左右内側に曲げて横に並べるとそのまま手すりに置いた。
 それが同期としての言葉でも友人としての言葉でも旭の胸を熱くさせるには十分だった。初めて保から聞いた「旭のこと好きだよ」はきっと一生忘れられない思い出になる。

「うん……ありがとう。でも、そうじゃなくて……その……」

「あー……旭、そっち?」

「……うん」

 お互い少し言葉に隙間が生じる。言いにくそうに旭が言えば、隣でふっと息の漏れる音がした。
 ああ、ほら……気持ち悪いと思われた……。

 顔を伏せてじわっと熱くなる目頭。嫌われたらもう同期としても一緒にいられない。せっかく仲良くなれたのに、自分の手でその距離を遠ざけるなんてな……そう思ったら、胸を鷲掴みにされたみたいに苦しくなった。

「いつからー?」

 そんな旭とは裏腹に悠長な声で保は言った。余裕そうな彼がとても不思議で旭は思わず保の方へ顔を向けた。
 保は重ねた腕に頬を乗せ、穏やかな顔で旭を見つめていた。

「……6年前」

 ポロっと言葉が溢れれば、保は目を丸くさせる。夜天と同じ反応だった。

「6年。長いねぇ」

「……うん」

 すぐに表情を戻した保の顔をいつまでも見つめているわけにもいかず、旭はまた顔を前に向けた。

「何で今言う気になったの?」

「……武内は結婚してるし……」

「うん」

「ノンケだし……」

「うん」

「絶対叶わないじゃん……」

「まぁ、そうだね」

 さらりと言われてしまえば、胸は抉られるようだった。
 思ってたより、キツい……。
 旭はきゅっと白衣の胸元を手で握った。

「もう、諦めようと思って……」

「そう、わかった。じゃあ、諦めて」

「……うん」

 じわじわと涙が滲む。もう終わった。これで終わった。6年間もずっと想い続けていた甘酸っぱい感情はこんなにも呆気なく一瞬で散った。
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