その傷を舐めさせて

雪村こはる

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お付き合いすることになりまして

08

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 シートベルトを締めて、腿の上でギュッと大きなクッションを抱きしめている夕映。

「お前、それなに」

「え? クッションです」

「見りゃわかる。何のために持ってきたんだよ」

「抱き枕です。これがないと眠れません」

 真顔でそう答えた夕映に、夜天はぶはっと吹き出した。ハンドルを握る手に力を込め、ゲラゲラと笑う。

「そ、そんなに笑わなくても……」

「なんだそれ。初めて聞いたぞ」

「むー。これがあると安心して眠れるんですよ」

「あっそ。それよりお前、母親になんて説明したんだよ。なんだかすげぇ歓迎されたけど」

「え? 普通に夜天さんのお家でパジャマパーティーすることになったから行ってくるねって。荻乃先生が色々相談するくらい信頼してる同期の先生なんだよって言ったらそれなら安心ねってお母さんも言ってました」

「あー……そう」

 間違ってねぇ。間違っちゃいねぇがなんでそれでいいとしたんだ? コイツ、本当にパジャマパーティーってただのパーティーだと思ってるとか?
 菓子の量だけ見たら遠足かなんかと勘違いしてる可能性も……修学旅行とか? 林間学校とか? そういうのか?

 夜天は途端に不安になった。パジャマパーティーと題して誘ったのは自分だが、こんなにも警戒心がないとは思っていなかった。
 自分がとんでもなく穢れた大人のような気がした。

「今日は聴きたい曲があるんですよー」

「……なに」

「えっと、ふふふん、ふん……」

 軽快に鼻歌を歌い出す夕映。いつぞやも聞いたように、全く聞き覚えのない曲だった。

「だからわかんねぇって言ってんだろ。お前、音痴なんだから」

「ふふん……なっ! 音痴じゃないもん」

 ギュッとクッションを抱いて、恥ずかしそうに顔を埋めた。不覚にも胸の奥でキュンっと高鳴った夜天は、そっと左手を伸ばして夕映の頭を軽く撫でた。洗ったばかりなのか、根元の方がまだ少し湿っていた。

「夜天さん?」

「髪、少し濡れてんな」

「え? そうですか? ちゃんと乾かしたんだけどなぁ……」

 夕映はそう言いながら自分の髪に指を通した。サラッと舞う髪から甘い香りが漂い、夜天の鼻をくすぐった。

 あ……ヤバい。ちょっと、抱きしめたいかも。

 ふとそう思った夜天は、逸る気持ちを胸に自宅までの帰路を急いだ。
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