その傷を舐めさせて

雪村こはる

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傷が疼く

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 ベッドから出て、夕映に背を向けた旭。

「夕映は俺がもらうって言ったくせにね……」

 小さく呟いた声は、夕映には届かなかった。

「……え?」

「なんでもない。送ってってあげるよ」

「あ、旭さん!?」

 ガバッと体を起こし、体の前に両手を付く。

「夜天のこと、好きでしょ? 夕映ちゃんにそんな顔させるの、あの人以外いないんだから」

「そんな……こと、そんなことないです! 私は、旭さんが好きで!」

「1人好きになったら、ずっとその人のことを好きでい続けなきゃいけないなんてことはないよ。諦めなきゃ、他の人を好きになっちゃいけないわけでもない」

「え……」

「俺に悪いと思ったから、好きにならないようにしてたんでしょ。夜天のこと。やめな、苦しくなるよ」

 旭はもうとっくに理解していた。恋愛経験の少ない夕映が、自分ではなく夜天に恋愛感情を抱いていること。3年間も追い続けた手前、今更旭に対する愛情を手放せなくなったこと。
 無意識の内に、自分は夜天ではなく旭のことを好きなのだと誇示するかのように、旭とあった出来事を嬉しそうに夜天に話すこと。
 反対に行動に気持ちがついていかなくて、旭と前に進まないように夜天とあった出来事を旭に話すこと。

 それは、喜びによる身勝手な無神経さでもなんでもない。夜天を好きになってはいけないと自分の気持ちにブレーキをかけていた証拠だった。

 夜天とはまだ出会って数ヶ月。彼を好きになったら、3年間の旭に対する想いを否定することになる気がした。
 友達という存在は都合がよかった。好きな時に会えて、たくさん連絡も取れる。ずっと側にいられる。恋人のように別れることはない。どこかでそう思っていた。
 けれど、旭のことも諦められなかった。自分のせいで保に告白させたのだ。6年間片想いで満足だと言っていた旭が、夕映と向き合うためにそこまでの努力をしてくれた。そんな努力を踏み躙るようにして、他の男を好きになることなど夕映にはできなかった。

 好きな気持ちは残っている。ずっと、ずっと追いかけてきた人だから。ただ、それよりも夜天に対する気持ちが大きくなってしまっただけだ。
 今まで自分自身も気付かないように心に蓋をしてきた。旭のことだけ好きでいたら、幸せになれると思った。だって、ようやく願っていた前進の光が差し込んだのだ。
 可能性はゼロじゃない、が1になった。告白をされて10になった。キスをされてもっと上がった。気持ちがついてきたら100になる。3年かけてやっとここまできた。それなのに、その全てを手放して、他の男を選ぶことが躊躇われた。

 ただ、旭に触れられて夕映も気付いた。その全てを手放すことよりも、夜天を失うことの方が辛いことに。
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