その傷を舐めさせて

雪村こはる

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傷が疼く

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 夜天はシャワーを浴びて、濡れた髪をフェイスタオルでゴシゴシと拭っていた。パーマをあてたミディアムヘアは、クルクルと綺麗な曲線を描いていた。
 本日もギリギリまで仕事をしてきた。土曜日だというのに休日出勤までして。今頃旭と夕映が一緒に眠っているかと思ったら、余計なことを考えそうで早い帰宅などできなかった。

 シャワーを浴びて寝るだけ。その態勢で帰宅した。明日の休日は何をして過ごそうかと考える。
 洗面台には2本並んだ歯ブラシ。2週間前、夕映が泊まった時に置いていったもの。夕映がいた形跡が今も残っている。また使わせればいいと思って取っておいたのだ。しかし、夕映がそれを使うことはもうない。そうわかっていてもまだ処分できずにいた。
 夕映は旭と明日1日ずっと一緒にいるつもりだろうかとふと考えて、大きく首を左右に振る。
 ピチャッと髪についた水滴が腕や上半身裸の胸に飛び跳ねた。

 目を細めてそれらをタオルで拭った時、部屋中に響く音でインターフォンが鳴った。ビクリと飛び上がる。誰だってこんな夜中に人が尋ねてくるとは思わない。
 怪訝な顔をして画面を覗けば、自分の目を疑った。

 パジャマ姿の夕映が立っていたのだ。行く家を間違えたのかと本気で思った。パジャマパーティーは旭の家でするはずだろっと顔をしかめた。

「……何してんの」

 インターフォン越しにたったそれだけ言った。すぐに嗄れた声で「夜天さんにっ、会いたくて来ましたっ……」と答えた。
 荒い画質のせいで鮮明には見えないが、声で明らかに泣いていることくらいはわかった。

「は!? お前、旭は?」

「……お別れしてきました」

「ちょ……マジかよ……。待ってろ」

 夜天は慌ててTシャツを頭から被ると、濡れた髪もそのままに急いで部屋を出た。エレベーターを待つ時間がもどかしい。だからといって階段を降っていくには少々階数がありすぎた。
 エントランスまで行くと、顔を涙でぐちゃぐちゃに濡らした夕映がちんまりと立っていた。つい今まで、寝ていましたと言わんばかりの姿に夜天は呆然とする。

「こんな格好で何してんだよ。旭と別れたってなんだ」

「夜天さんにっ、会いたくてっ……」

「あー……なら別れろって言ったの本気にしたのか? 嘘だって言ったろ? 旭の家まで送ってや」

「旭さんに送ってもらいました!」

「……は?」

 夕映は、両手に下げていた荷物をその場にドサッと落とすと、そのまま夜天に抱きついた。

「おわっ……ちょ、夕映?」

 ぎゅーっと胸の下辺りに頬を擦り寄せながら力強く腕を回した。夜天は置き場のない両手を軽く上げながら、その場で硬直した。

「旭さんのことは好きです……」

「うん、知ってる」

「でも、夜天さんに会えないのは嫌です」

「あのなぁ……だからってなにも旭と別れてこなくても」

「夜天さんの方が好きです……」

 背中に回された手が、きゅっと夜天のTシャツを握りしめた。
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