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第七章 信仰か魔導具か。

漆黒の三剣。

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 ーー…とある日のこと、オサカの町にいたミケラは言った。

「大魔将軍様は剣というものを使わにゃいのでしょうか?」

 素朴な疑問に聞いていたエルフェンも腕を組んで首を傾げる。彼女も半世紀前の大魔将軍との戦いでは剣を持ったところを見たことはないからだ。

「ないんじゃないか?確かに大魔将軍は盾を変形させて攻撃してきたことはあったが剣は一度も出なかったと記憶している。」

 過去三回戦ったことがあるエルフェンすら見たことがないというのであれば本当に剣はないのだろうかとミケラは考える。
 でもミケラは想像してしまうのだ。
 あの漆黒の鎧に漆黒の盾。そこに漆黒の剣があればとても格好いい大魔将軍がより強く見えるだろうなあともミケラは考えてしまう。

「あー、私だけの意見だけでなく大魔将軍を知っているヒトにも聞いてみたらどうだ?」

 エルフェンの意見にそうかとミケラはひらめいた顔をしてから早速彼女付き添いの元聴き込みを開始した。
 とりあえずエルフェンのアドバイスで年長者に当たるエルフ族の中から大魔将軍の戦いを見た者らに聞いてみた。

「剣?いや、見たことないな。」
「私が遠目に見たことがあるのは斧と不思議な形の弓ね。」
「覚えているのは大地を粉砕した大きなハンマーくらいだ。」

 という感じでエルフ族からは剣の話は出なかった。
 次に聞いたドワーフ族。
 元々が職人気質な一族ならば変形する盾に興味津々で目撃してあったはず。

「おお大魔将軍様の盾か。あれは本当にどういう仕組みなんだ?デカい手に変形させたり鉄球にしたりしたこともあったぜ。」
「一番覚えているのは見慣れない細長い筒から次々と魔法弾を放つ姿だね。どんな武器なのか気になってしょうがないよ。」
「忘れはしない。最高硬度の盾を大魔将軍は盾を槍に変形させて貫いてみせたあの瞬間は。」

 と思ったのだがドワーフ族からも剣については目撃談が無かった。
 残るは獣人族だけだが五十年も前の話を聞ける者は本当に少数しかいなかったし、やはり剣のことは出なかった。

「みゃあ…やはり大魔将軍様の盾には剣が入っていないんですかにゃ。」
「ううん、こうなればやはり大魔将軍と付き合いの長い者に聞いた方がいいな。」

 すっかり自分も気になってしまったエルフェンがそう言うとミケラはまた腕を組み身体を傾けて誰だろうと考えてからすぐに気づいて会いに行った。

「…え?剣?もちろん付いてあるよ剣なら。」

 問いかけにカジュアルな服装のエイムはあっさり答えたのでミケラとエルフェンは拍子抜けしてしまう。

「あの盾はマスターと僕の合作だからね。細部までちゃんと覚えているよ。」

 エイム曰く大魔将軍が設計と材料を用意しそれを元にエイムが製作したのが漆黒の盾である。
 物理耐性は当然で、さらに聖属性を除く全属性耐性もあり特に闇属性ならば大幅に威力を遮断出来るほどだ。
 それでおいて様々な武器に変形させる機能も兼ね備えている大魔将軍の防具であり武器でもあるのだ。
 どうして盾を武器に変形させる機能を付けたのかをエルフェンが尋ねればいちいち倉庫から取り出すのが面倒だからという大魔将軍の意見らしい。

「でも最初マスターは剣を付けるのを断ったんだよね。」
「断った?斧や鎚は入れたのに剣は断ったのか?」

 エルフェンが聞き返すとエイムは頷いて話す。
 盾に武器を仕込む作業の時にエイムは一番に剣を入れようと提案したが大魔将軍にすぐ却下されてしまった。
 剣を使うマスターは絶対格好いいとエイムは提言するも頑なに拒否するので理由を尋ねれば大魔将軍は言った。

『諸刃の剣という言葉を知っているかエイム?』
『え?剣て普通両刃でしょう?』
『まあ、そうだな。だが諸刃の剣というのは敵だけでなく味方や自分にも刃が向けられていることを指すのだ。我は護るということを重視したいから盾を選び片刃の武器を選んでいる。だから剣まで入れる必要はない。』

 と言って大魔将軍は剣を入れることを断ったのである。

「…ん?でもエイムはさっき剣はあると言ったよな?どうやって許可してもらったんだ?」
「それはね。マスターの前ですんごく駄々っ子になってみたら許可してもらえたよ。」

 しかもオレンジ色の毛並みのケット・シーに化けて懇願してみたら大魔将軍は折れてくれたんだとか。
 話を聞いてそれで了承したのかとエルフェンは苦笑いするも話には続きがあった。

「ただ剣を入れることにした時にマスターはいっぱい要望を入れてきたんだよね。剣は三本にして全てにしようって。」
「なんだそれは?嫌がってた割に三本も用意させたのか?」
「そうなんだよ。造るのも大変だったんだから。でもその分、性能は段違いだけどね。」

 エイムが言うには一本でも大魔将軍が使えば小国程度なら歌が一曲終わるまでに消してみせるらしい。

「まあ、マスターが剣を使ったところなんて滅多にないね。僕でも六回しか見たことないし。」
「ろ、六回?二百年以上生きていると聞いていたが六回しか使ったことがないのか?」
「うん、それだけマスターが使おうとはしないってことさ。」
「じゃあどんな時に大魔将軍様は剣を使うんですかにゃ?」

 ミケラの質問にエイムはうーんと口元に左の人差し指を当て左に傾いてから戻ると言った。

「やっぱりマスターが怒った時かな。」
「怒った時?」
「うん、それも普通じゃなくて、すっごくすご~く怒って、もうこいつをすぐに消してやりたいってぐらいの時にマスターは剣を使うかな。」

 エイムの説明にミケラはなるほどと納得したがエルフェンはゾッとした顔になる。
 激怒した大魔将軍が振るう剣の被害規模を想像してしまって。


***


 ーー…全く不甲斐ない。全く腹立たしい。全くもって情けない。
 守ると公言しておきながら敵の侵入を許してしまった自分に。
 正義を語るから我々を倒しから町を破壊するかと思ったら出し抜いてみようとは。
 あまつさえ子どもがたくさんいる教会を、我が目にかけている二人に兵器を向けようとは!

(久しぶりに、久しぶりにきたぞ。)

 背後でエイムが兄妹とメビを運ぶのを聞きながら我は目の前にいるドリル野郎に一度だけ問う。

「貴様らそれでもロサリオ騎士団の末端か。聖教皇国は小さな命に慈悲を与える教えがあったはずだろう。」
「魔族が教会の教えを語るな!その教えは我々高貴なる人間族だけの教えだぁ!」

 再びドリルを回転させながら突撃してくる黄色ゴーレム。
 ああ、本当に聞くだけ無駄だった……
 本当に、本当に本当にホントにホントにホントにホントにホントに!

「本当にぶちギレたぞおおぉぉぉっ!!」

 怒りを露にして魔力を噴き出させればその場で一回転してから盾で思いっきりかち上げをぶつける。
 大きな金属音を出して黄色ゴーレムは真上に弾き上げた。
 天高く飛ぶ黄色ゴーレムを見上げながら我は怒りを形にする。

「【鎧変形メタモルフォーゼ怒髪アスラ】!」

 形態変化を唱え自身を一回り小さくし前世の鬼を模したかのような風貌へと変える。
 この形態にしないとが使えないからだ。

「出でよ!我が機械剣きかいけんよ!」

 盾を上げて言えば闇属性の揺らぎを発しながら盾が形を成す。
 全長約三メートルの板状になると小さな牙のような刃がいくつも生えるように出て鋸状になれば機械剣が完成する。

「覚悟しろ!この[魔動鎖斬剣カニバル]は!一片の慈悲すら持たぬぞ!」

 ブォンッと振ってから連結と唱え機械剣から伸びる管と我を繋ぐ。そこから剣に魔力を注げば五月蝿いエンジン音を立てて刃が回転を始めた。
 機械剣[魔動鎖斬剣カニバル]は見たまんまでチェーンソーを剣にしたものだ。
 しかしただのチェーンソーではない。この剣は[物理特化]の仕様にしてある。
 対物に対しての威力上昇、対金属系、対石材系、対木材系の破壊力上昇等のとにかく物に対して特化させたので例えミスリルだろうがダイヤモンドであろうが新品のナイフでトマトを切るように断つ。
 回転は徐々に速さを増しその間に黄色ゴーレムがドリル側を下にして落ちてくる。
 上から女の悲鳴が聞こえてくるが気にしない。どうせこれで終わらせるからだ。

「天に還さぬ。地獄で悔いよ…!」

 そう告げて間合いに入ったところでフルスイングをかます。
 剣と黄色ゴーレムが触れると火花を散らせながら角材を鋸で切るかのようにして正面から見て横一線に両断した。
 切断された黄色ゴーレムは我の前後に落ちて一部分から赤い噴水を出すと完全に動きを止めた。
 魔力を注ぐのを止めると回転を止める機械剣を肩に乗せて我はエイムと連絡を取る。

『エイム、教会を守れ。すぐに終わらせる。』
『オッケーマスター。ここの後片付けは任せて。』

 短く会話してから我は飛んで戦況を確認する。
 するとオガコとラオブが奮闘していた。
 何故なら戦隊ものらしく思っていた連中が本当にを出していたからだ。
 青ゴーレムが脚で、緑ゴーレムが左腕で、胴体が赤ゴーレムで最後に頭が白ゴーレムという合体ロボットに。
 右腕がないのは多分黄色ゴーレムの部分だからだろう。
 それでもさっきと変わって風や水や火を操り合属魔法を使いオガコやラオブの攻撃は白ゴーレムが結界を出して防いでみせている。
 性能やロマンうんぬん置いといて、強化した眷属らを相手にできているのはさすがはカテジナが製造しただけはある。
 だがもう玩具に付き合うつもりはない。さっさと終わらせるとしよう。

(推進力最大…魔力増強…回転速度最大…!)

 自身と機械剣を強化した直後にボンッと前に出た。
 それはきっとミサイル並の速度で眷属二体の頭上を通りすぎ、まずは合体ロボットの胴体へ機械剣をぶつける。
 金属同士が激しくぶつかり合う音を響かせながら腕と推進力に魔力を増して両断してやった。
 さらに赤ゴーレムを真っ二つにしてからすぐUターンし宙に浮いた上半身目がけて下半身ごと縦に機械剣を振った。
 白ゴーレムも唐竹割りに断ち斬って着地すると続けて回転し脚部の青ゴーレムを細切れにしてやった。
 眷属らの奮闘を無駄にする形を取ってしまうかもしれないがとっとと視界から原形を消してやりたいのでケリを着ける。

「カニバル、ミキサー!!」

 青ゴーレムを細切れにしてから機械剣を斜め上に向けながら自身の回転を増していく。
 速度を増していき竜巻となっていく我へと落下していく合体ロボットは技の名前通りミキサーに落とされた果物のように削り取られ分解していった。
 無論、中に乗っていた者も一緒にだ。
 地面に凹みができるくらいに回った回転をビタッ!と止めれば竜巻は空へと上がって消える。そこから周囲百メートル圏内には我と機械剣しか残ってなかった。

「やれやれ、親分を怒らせちまったようだな。」
「さすがは主君!いとも簡単に敵を消してみせるとはお見事です!」

 眷属二体から言葉をもらいつつ我は兜から眼光を発して振り向く。
 その先にいる雑兵共に向けて威圧しながらオガコとラオブに命令する。

「…殲滅せよ。何も残すな。」

 一言そう指示すればオガコとラオブは我の左右を抜けて残りを潰しにかかった。
 強化した二体なので後は任せていいなと思い姿を戻し剣を盾にしたところでエイムが来てくれた。

「本当に、久しぶりに、出したねマスターの剣。」
「ふん、子どもを狙ってこちらの注意を引こうとすることは我の最も嫌いな行為の一つだからな。」

 強調を入れて言ってきたエイムに返し大きく深呼吸する動作をしてから我は街に目を向ける。
 不覚にも怖がらせてしまったあの子達には後で謝罪と報奨式をしておこう。
 なんて思ってたら左側に岩でも落ちてきたかのような音がしたのでエイムと一緒に振り向く。
 少し離れたところにあったのは地面に白い大きな立方体がめり込んでいた。
 それを見て一度エイムと顔を見合わせてから立方体に近づく。途中で側面が開くと中から立方体と同じく白い高位聖職者らしい服装の人間族の女性が這って出てきた。
 なるほど、まさか緊急時の脱出装置もあったわけか。頭の部分だった白ゴーレムは分解されるのも最後だったから間一髪脱出してみせたということだろう。

「ねぇねぇお姉さん?そんなところで這いつくばってどうしたの?」

 優しい口調で、でも冷たい笑顔でエイムが先に声を掛けてあげると彼女はビクッ!としてから顔をエイムに向けて怯える。
 エイムを通して腕を組んで見下ろす我を見てだ。

「ひ、ひいぃっ!?お助けを!もう二度とここには近づきませんから!命だけはどうか!私には家族がいるんです!どうか!どうかぁ!」

 ものの見事に平伏して命乞いしてきた女性を前に、全く情は湧かなかった。
 ただ平穏を望んで住み着いてくれた者達を害虫と呼び駆除しようとまでしてきた奴らの命乞いはまだ怒りが燻る我には逆に煽られているようにも見えた。

「はぁ…エイム。」
「なあにマスター?」
「殺さず情報を得なさい。その後でメッセージを送り返してやれ。」

 だから我の中で極刑の一つをエイムに命令した。
 命令を聞いたエイムは満面の笑顔で元気よく返事してくれたので我は戦いが終わったことを伝える為に町へ戻ることにした。


***


 ーー…送り出しから早くも三週間を越えた。
 私の作った高性能ゴーレム部隊〈セイクリッドファイブ〉は今頃どうなっているだろうか?
 まああの町にいるのが本物ならば結果は見えているかもしれない。

「連絡はまだこないのか?」
「魔砲兵師団と〈セイクリッドファイブ〉ならば遠くから攻撃すればすぐに終えられるはずだ。」
「きっと時間がかかって連絡が遅れているだけだ。」

 この何度めか忘れた円卓でのつまらない話し合いも飽きてきたわ。
 早く研究所に帰って次の兵器おもちゃを造りたいよ。

「カテジナ様はこの状況をどう見ますか?」

 ちっ、またこの大神官は…。
 毎度毎度同じ質疑応答させるんじゃないよ全く。

「さあね、こちらが時間をかけてしまったせいでオサカの町は防衛能力をつけてしまった。そのせいで戦いが長引いてしまっている。というのが可能性の一つかな?」
「では他のどのような可能性がありますか?」

 適当に返せばいいと思ったら掘り下げられてしまった。
 白髪混じりの随分生意気なめ。
 私は大司教でこの国の技術力の要だぞ?さっきの言葉だけでだいたい察しなさいよ。

「…気分悪くなることを言うなら敗走した。又は全滅した。だから連絡する者がいない、これで納得できる?」

 淡々と告げたことに周りはざわつく。これだから歳だけ食う連中は情けない。
 相手はあの大魔将軍なのよ?
 一万の敵兵を一体で相手し勝利した逸話もあるあの将軍に勝利を得る方が難しいに決まっている。
 それに後ろにはエルフ、ドワーフ、獣人まで従えているのだから確率なんて小数点以下よ。
 運が良かったら、一人くらいは帰ってこれるかな。
 ーー…と思ってから四日くらい経った頃に、事態が動く。

「大司教様!〈セイクリッドファイブ〉が帰還しました!」
「え?帰ってきたの?」

 どうでもいい書類審査に目を通していたら突然きた報告。
 これは予想外。まさか生還者が現れるとは全く思ってなかった。
 聞けば一人だけ国の正門から現れたらしく大司教である私にすぐ謁見したいらしい。
 なんて幸運なことだろうか。まさか情報を持って帰ってきてくれるものがいるとは。
 もちろん会わない理由はないのですぐに取り次いだ。
 祈りと謁見の間という名前の部屋で待っていれば神官に肩を貸してもらって生還者がやってきた。
 現れたのは確か光属性を扱える白ゴーレムの搭乗者で名前は…忘れちゃった。
 髪は乱れ、綺麗だった白い神官服もボロボロになって左足なんか膝まで露になっていた。

「あー、よくぞ生きて戻られました。」
「あ、ありがとう、ございます……」

 震えながらも返す女神官。
 やはり大魔将軍から悲惨な目にあったっぽいのが見てわかる。
 だからこそ貴重な意見を得られるはずだ。
 私は座っていた席を立って短い階段を下ると女神官に歩み寄り左手を伸ばしてそっと頬に触れる。

「もう大丈夫。落ち着いて、何があったか話してごらん。」
「大司教、様…!」

 見える口元だけ笑みを作っておいて口調も優しくしといて問いかければ女神官は涙ながらに語った。
 大魔将軍という大きな脅威に始まり、かの魔族に従う眷属の強さ。
 そして〈セイクリッドファイブ〉が合体しても成す術なく敗北したことへの悔しさを語った。

「申し訳ありません大司教様!私は、私はおめおめと自分だけぇ…!」

 嗚咽と涙混じりに語った女神官の話に一緒に聞いていた高位神官らは恐怖に顔をひきつらせる。
 なるほどやはりだ。
 ただ大魔将軍一行の力を語っただけの内容では何も性能的なことはわからずじまいだ。
 わかったのは大魔将軍に従う魔族の数とオサカの町にはなかったはずの魔法障壁がある程度。

(やれやれ、それだけでも収穫と思うべきかね。)

 オーガ族に植物系モンスターが町にいるってだけでも対策が増やせるしね。
 だからそろそろ本題を聞いてみるとするか。

「そうかそうか、大変だったね。ここまで帰ってこれただけでも奇跡です。でも、君はどうやって帰ってこれたのですか?」
「え…?」

 私の質問に女神官はきょとんとした顔をしてから下を向く。それから彼女はすぐにガクガクと震え始めた。
 それはおそらく思い出せないからだ。
 どうして敗けたのに生きているのか?
 どうやって数週間掛かる道のりを何もないのに聖教皇国に戻ることが出来たのか?
 そんなあり得ないことが思い出そうとしても思い出せない。
 …否、思い出せないようにのだ。

「ど、どうして…思い出せない!わ、私は、一体どうやってここにぐぅっ!?」

 読みが当たった瞬間だった。
 女神官は突然自分の腹部を押さえて膝を着いた。
 そのまま踞り苦痛の声を挙げる。

「あ、ああああっ!?お、お腹が!お腹がぁ!おお腹に!!?」

 女神官が叫びながら上体を弓なりに反らした次の瞬間、ボンッ!という音がして周りから悲鳴が出る。
 女神官の腹部が突然妊婦のように膨らんだのだから当然の反応だ。
 入っていたのは多分大腸から小腸。
 ヒトを知る為にたくさん開いてきたからそこの容量は理解している。
 それが一気に胃へ集まったから膨らんだのだ。ボロボロだった為に服を突き破るようにして膨張した腹部は時折波打ってみせる。

「あ、おご……い、嫌…もう、も、うむ…無理…むむ無理ぃ…!」

 顔を真っ赤にした女神官は小さく呟いてから一瞬頬を膨らませれば口を開けて盛大にオレンジ色の液体を嘔吐した。
 時間にして約十秒を越えたあたりで出し切り、女神官はうつ伏せに液体の中へと倒れた。
 少しの沈黙後、オレンジ色の液体がプルプルと震えれば勝手に動いて形作り子どもの上半身の姿へと変わってみせた。

「やっほー♪多分これを見ている聖教皇国の皆さんはじめましてー!」

 形を成した途端に本当に子どもらしい振る舞いで手を振ってこちらへと挨拶してきたことに神官達は驚く。
 護衛の騎士達が前に出て剣を抜いてみせる中でその魔物は喋る。

「あ、ちなみにこれは僕の分身体だから攻撃しても意味ないよ。ここにいるのは僕のマスターである大魔将軍様のメッセージを伝える為だから。」
「メッセージ…?」

 私が聞き返すも魔物は頷くようなことはせず正面を向いたまま勝手に話し出した。

「まず最初に、大魔将軍様は今回の攻撃で完全に怒り心頭しました。ええっと言葉を借りるなら激おこです。よってこの聖教皇国を完全に敵と見なすことにしました。」

 伝えられたメッセージに年配神官達は表情を青ざめる。
 敵と見なした以上は手始めに点在する工場や町等を攻撃していくこと。
 それが済んだら本格的に戦争して聖教皇国を滅ぼすことを魔物は伝えると最後に左手を真っ直ぐ前に指差して言った。

「最後に大魔将軍様からカテジナに大事なメッセージがあります。[カテジナよ、もはや貴様をかつてのカテジナとは思わない。出会った時が今生の別れだと思え。]だそうです。以上大魔将軍様からの宣戦布告でしたぁ!……あ、そうそう、このメッセージは自動的に消滅しまーす。」

 魔物がそう言い終わってすぐだった。
 動きが静止した途端に液体を含めた全体が光り出して点滅を始めた。
 さらに身体全体にいくつも火属性の魔方陣がスタンプされたみたいに浮かび上がる。
 自動的に消滅って、そういうことかい!

「総員退避!これは爆弾だ!自爆するつもりだよ!」

 私の命令でこの場にいる者達は大慌てて脱出する。魔物が自爆する前に私は走ってメッセージを届けてくれたあの女神官を液体から片手で回収しておく。
 点滅が徐々に早くなり魔方陣も輝きを増していく魔物を背後に私は女神官を廊下に放り出すとすぐに振り返って両手を前に出す。

「三重結界発動!」

 術式を発動させ爆発物を包むようにドーム状の魔法障壁を三重に発動させる。
 数秒後、ドーム全体が一瞬真っ白になってから内部で大爆発が起きた。
 三重結界の内二つの障壁が破壊されたがなんとか床だけの被害に収めることに成功する。
 やれやれ、ここが地下室のない一階じゃなかったら床下に被害が出るところだったよ。

「爆発を防いだぞ!さすがは大司教様だ!」
「そうだ!我々には世界を救った英雄がおられるのだ!魔族の脅しに屈しないぞ!」

 背後で称賛の声が飛んでくる。
 別に君たちのことを守りたかったわけじゃない。上の階にある私の部屋に被害が起きないようにしたかっただけで彼らはついでだ。
 粘液まみれの女神官の方も助けたという意味で見聞を良くしたかったから。

(それに、後で彼女から採れるだけ採っておきたい。)

 多分まだ胃腸に残っているはずだから注射器でもチューブでも使ってサンプルを得ればまた新たな発見があるかもしれないしね。
 ふふん、今私の胸はドキドキしている。
 恐怖から?焦燥感から?絶望からの緊張感から?
 いいや、これは高揚感だ。
 こんなにも私の兵器を差し向けられる相手が現れたのだ。
 しかもその相手がわざわざこっちにやってきてくれるのだから万全の対策をすればいい。

「…皆の者よく聞け!これは聖戦である!」

 とりあえず振り返って大臣どもの騒ぎを一旦止めると指示を飛ばす。
 各地にいるロサリオ騎士団の全召集、点在する工場の防衛強化。
 最後に一応国民の安全確保を。

「事は急を要する!各員迅速に行動せよ!寝る時間を惜しむんじゃないよ!」

 大司教である私の発言に聞いていた者達は意見することなく返事一つで動き出す。
 楽しみだよ大魔将軍…!
 四十年とちょっと。ただ研究と開発に時間を使い続けた私にとっての過去最大規模のイベントが始まるのだから。
 互いにベストを尽くそうじゃないか!
 最後にあるのは大魔将軍魔科学のどちらかという結果だけだ!
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