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第七章 信仰か魔導具か。

祈るなら祈れ。

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 ーー…作戦が順調に進んでいることを工場地帯の真上から見下ろす我はうんうんと頷く。
 さすが夜襲においては無双になれるゴースト族の集団。特にマダムレイスの念力は物を飛ばすだけでなくねじ曲げることもできるからパイプや機械の破壊も気づかれ難いまま可能な点はよい。
 先ほど労働者解放の任務を与えたエイムからも成功したと連絡がきたから対人戦闘は三種族と先導する予定のプルパら〔大地の守り人〕に任せるとしよう。
 収監された者達はエイムが持ち込む回復薬と食糧、〔大地の守り人〕らによる治癒魔法で戦う力は充分得ているはずだ。

(だから我はっと…。)

 盾をスコープ付きの長銃に変形させ空中で斜め下へと射撃姿勢を取りスコープを覗き込む。
 T字タイプの照準に入れたのは工場に巡る道路を進む数体の量産型ゴーレム。手には棍棒のようなものを持って今戦闘が行われている方へ向かっている。
 おそらく暴動鎮圧の為のゴーレムだろうがそうはさせない。
 スコープに入れた量産型ゴーレムをロックオンして【漆黒の弾丸・阻害】を撃つ。弾は軌道を描いてロックオンしたゴーレムに命中すると次々に前のめりに倒れて動かなくなる。
 これで道を一つ封じた。他からも同じようなことが起きれば我が全部止めてみせることで収監者と〔大地の守り人〕の連合軍の戦いは優勢でいられる。
 装備で平均値を底上げした程度の人間族の兵士では武装した三種族と単純にぶつかったところで押し負けるのが見えている。

「あ、あの~、大魔将軍様。」

 戦況を見下ろしていればマダムレイスが声をかけてきたので見張りの高台周辺の状況を尋ねる。
 ゴースト族によって高台は完全に制圧し、近辺の兵士達からは生命力を抜き取って動けなくさせているようだ。
 うちのところにやってきたレディレイスの時は本体の補給の為に少しずつ吸っていたようだがゴースト族がその気になれば生命力を大いに抜き取って無気力にさせることも出来る。そこから憑依してヒト同士で殺し合わせるみたいなこともだ。
 それでもって前に述べた通り通常の物理攻撃が効かないのだからほぼ一方的ではやられた方は大混乱している。

「よろしい。引き続き人間族のみを襲え。何かあればその都度使いでも出して知らせてこい。」
「かしこまりました。失礼します。」

 短めに指示して見送ると我は飛んで一番高い建物に向かう。
 堂々と窓をぶち破って侵入すればそこは個室、というか多分上長が使いそうなそこそこの広さの部屋だった。
 しかし部屋には誰もおらず開けっ放しの引き出しの机以外はよくある事務室である。
 どうやら下の者が戦っている最中にこの部屋の主は荷物をまとめて逃げたようだ。
 となれば開けっ放しの引き出しの中身はこちらに渡っては困るもので間違いない。
 ふふ、こういうことがわかると悪役として気になって欲しくなる。
 ともあれ忘れ物がないかどうか確認した方がいいので棚と机を物色しておく。

(んん?なんだこの製造特区って?)

 机の引き出しの底に残された一枚の建物の図面。
 建物は地上と地下に分かれており上はゴーレムの腕部パーツ製造で下には製造特区と書かれていた。
 それくらいならば後で見ようと考えただろうが図面の下部に工場長又は関係者のみ閲覧という文が聖教皇国の名前付きであるのが気になった。
 おそらくこの製造特区には聖教皇国そのものか、もしくはカテジナが関与している可能性があると見た。
 それに、なんだかこの場所について胸騒ぎを感じたのも理由の一つだろう。
 図面の屋根の形と壁に張られた工場の全体図を交互に見ればどうやら建物は南東の角にあるようだ。
 我は入ってきたところから出るとまずは【念間話術トランシーバー】でエイムと話す。エイムにはまた来るだろう敵援軍の妨害を指示してから次にスマホもどき通信機を取り出して連絡する。

「もしもしこちら大魔将軍です。」
『はいはいこちらはプルパでございます。』

 通信先の相手はプルパだ。今回魔族側はエイムとマダムレイス率いるゴースト族のみとしたので連絡方法として彼に通信機を渡したのである。
 事前練習させたのでプルパが通信機越しにの普通に返してきたのは年長者の余裕というものだろう。

「現在の戦況は?」
『概ね優勢でございますの。捕まっていた者達は皆活力に満ちておりますので。』
「それでよい。その戦い、貴様らに任せる。必ず勝利せよ。」

 激励の意味を込めて指示すればプルパは戦闘の音が混じる中でかしこまりましたと返して通信を終える。
 これで連絡は終えたので我は製造特区とやらを調べる為に向かった。
 一直線に飛んで建物上空に着くとまたゴーレムが見えた。
 だがこちらは戦闘用ではなく、荷車を引いた運搬用っぽい。警備の兵士達が戦闘の最中に何か運び出そうとしているなんて用意周到と言うべきか。
 もしかしたら先の我からのメッセージで襲撃時の対応は出来ていたかもしれない。
 てことは、製造特区には必ず稀少価値のあるものが存在するということ。ならば悪役としてやることは一つだ。

「大魔将軍!チョォォォォップ!」

 一体のゴーレムめがけて急降下し勢いを乗せた盾ごとのチョップで唐竹割りしてみせながら堂々と登場する。
 突然の事態にその場にいた人間族が驚く中で一人が大魔将軍!と口に出したのを聞き逃さなかった。

「人間族の諸君、勤務ご苦労。そして退勤の時間だ。」

 多少の抵抗をものともせず片付け、我は建物に入る。手に入れた図面を頼りに下へと進んでいくと開けた場所に出た。

「はっ!?な、何者だ貴様!」

 そこでまた人間族の集団を見つける。身なりの良さげなのが二人いるので彼らは工場長か幹部の者だろう。
 そんな位の高い者がわざわざ逃げずにここにくるということは製造特区にはなにやらキナ臭いものがあるようだな?

「我は大魔将軍。この工場を占拠するものである。」

 問われたので名乗ってやると向こうは驚きと恐怖を見せる。
 その後で位の高そうな二人が何か話し合ってから一人が部屋にある装置に向かい、もう一人が護衛である兵士に攻撃の指示を出す。
 四名の魔法使いが放つ数発に剣を構えた者六名程度の攻撃を一度全て【漆黒の障壁】で防いでから拳銃で一掃する。
 十秒かかったかかからないかの間で護衛を全員倒された向こうは驚愕の表情を浮かべてみせる。
 その直後だった。
 ガクンッ!と何か起動したような音と振動が脚に伝わると部屋にある我がきた通路とは別の通路から聞き覚えがあるような重い足音が近づてきた。

「おお!間に合ったか!」

 装置を動かしていた方がそう言って視線を向けたので見ればこれまた大きなゴーレムが現れる。手には鋼鉄製の鉈みたいな剣を持ったそのゴーレムの中心にはガラス張り越しに別の位が高そうな若者が搭乗しているのが見えた。

「お待たせしました工場長。この強化ゴーレムで敵を倒してやりますので早く例の物を!」
「わ、わかった!後は頼んだぞ!」

 装置を動かしていた工場長が返事する中でもう一つの通路の一部が動き出す。それに工場長ともう一人が乗ると動くことなく高速に奥へと消えていった。
 まさかこの時代にエスカレーターが出来ていることにちょっと感心してしまいそうになるが今は目の前の相手を対処するとしよう。
 先のセイクリッドファイブよりは小さいもののこれ程の巨体を動かすとなれは間違いなく魔血晶を利用しているに違いない。
 となればまた手塩にかけてる兄妹のレベルアップに繋げられるな。

「魔族め!覚悟ぉ!」

 重い動きで剣を振り上げると強化ゴーレムという奴は我に向かって振り下ろす。
 この程度の攻撃をわざわざ受け止めるつもりはないので右に動いて回避する。
 床に刃先をめり込ませている間に拳銃でコックピットを狙って【漆黒の弾丸・阻害】を撃つ。
 しかし弾丸はコックピットのある胴体の前で壁に当たったかのように消された。
 なるほど、保険として胴体部分には結界魔法が発動しているのか。伊達に強化ゴーレムを名乗ってはいないのだな。
 向こうも弾を防いだことに勝ち気となったようだが、それは早とちりというもの。
 小さな点でダメなら、大きな風穴にしてやろう。
 拳銃を戻してから大盾を変形させると漆黒の円錐形タイプの大槍を両手に持つ。
 相手は床から剣を抜くと横から振ってきたので大槍で受け流し腕を大きく上げさせる。

「時間は、掛けぬ!」

 その隙を見逃さず大槍を大きく引いて突きの態勢を取れば足裏から一気に魔力を噴射して突撃する。間合いにゴーレムを入れると胴体目掛けて大槍を突き出した。
 切っ先が障壁に阻まれたところで大槍に魔力を注げば半分から上が回転しドリルとなって掘削する。
 ほんの二秒程度で壁を砕けばコックピットを貫き風穴を空けて討ち取った。
 背後で大きな音を聞きつつ我はエスカレーターで逃げた二人を追った。
 飛んで追いかける最中にあの二人が逃げた先を予想する。
 逃げずにこんなところまでくるからには奥にあるのはよっぽど大事な物に違いない。
 さらにここが工場なので予想として一番浮かんだのはやっぱり魔血晶だ。
 きっとゴーレムだけでなく製造特区にも魔血晶のエネルギーを使っているに違いない。そのエネルギー源だけでも祖国に持ち帰ろうという算段なのだろう。
 全く、いかにも欲張りな人間族が走りそうな考えである。
 だがそうだというなら悪役として強奪してやる。一体どれだけの魔血晶を貯蓄しているのか楽しみだ。

「……なんだ、これは!」

 だがその考えが実にものだと通路を抜けた先で知る。
 そこには確かに魔血晶があった。複数の大げさな円筒型カプセルの中に液体浸けにされたものが。
 それよりも目についたのはそのカプセルから伸びる管の先にあった複数の細いカプセル達。
 小窓みたいなガラス面に見えたエルフ女性の痩せこけた顔がだ。

「急げ!搾れるだけ搾ってからエレベーターで脱出するんだ!」
「しかしそんなことしたら資材の命が失くなりますが?」
「構わない!どうせいずれ尽きる薪だ!この際使い切る!」

 耳障りな言葉を吐く声に顔を向ければ目の前の機械を操作することに熱中する工場長がいた。
 なんということだ…!
 まさかこの製造特区という場所は魔血晶をヒトの魔力で何かしら改良しようとするところだったとは!全くもって外道なやり方だ!
 怒りに駈られて我は盾からマグナムタイプの拳銃を取り出し工場長の隣にいた男の頭を問答無用で吹き飛ばす。工場長は突然のことに腰を抜かして我の方を見ると恐怖で髪の薄い頭から冷や汗を溢れさせた。
 銃口を向けたまま工場長へと歩み寄ると相手を見下ろして尋ねる。

「あれは、なんだ?」
「ひ、ひぃっ…!」
「あれはなんだと聞いている?…答えろ!」
「こ、これは、まま魔血結晶と呼ばれるものです!」

 工場長から少し違う名称が出てきたが聞きたかったことはそこではない。

「そんなもの見ればわかる!我が聞きたいのはこの装置のことだ!エルフ族を使ってこれに何をしようとしているのだ!」
「な、何をって…ここ、ここはエルフ族を使って魔血結晶をする場所です!」

 工場長の返事に我は驚愕させられた。
 魔血晶は確かに魔力が結晶化したものだ。
 しかしエルフ族であろうともヒトの体内では許容量が魔族と比べて到底足りないので決して生まれはしない。
 さらに許容量を越えてしまうと溢れた魔力が暴走して半ば自爆するように魔法が発動してしまい最悪死に至るのだ。
 何故知っているかって?
 四天王の一体にして実験好きな奴が自慢気に似たことを見せつけながら語っていたからだ。
 工場長に機械の説明を求めれば正直に語ってくれた。
 この世界で魔物を討伐すると稀に出てくる魔石というものがある。言うなれば魔血晶の一番下のランクの石だ。
 目の前の装置はその魔石に魔力を注ぎ魔血晶へと昇華させる仕組みだという。
 エルフ族の中から魔力の高い者で尚且つ抵抗の弱い女性を選別してカプセルに閉じ込め魔力を搾取し魔石に注ぐと日にちが経つごとに成長していく。
 そして指定された大きさの魔血晶までになったら回収してまた別の魔石から始める。

「その間に彼女らへ食事は?休息は?」
「ありません!大司教様から与えられたこの装置には注げなくなったら破棄し取り替えろとしか説明されておりません!」

 最後まで実に正直に語ってくれたものだ。
 ならば視界の左側の離れた窪みに見える黒い大きな包みの山はそういうことか…!

「ど、どうかお助けください!この魔血結晶はあなたに捧げます!工場も差し上げます!どうかどうか命だけはぁ!」

 ついには祈りの姿勢をしてみせながら命乞いする工場長。
 これ以上質疑応答するのは時間の無駄だな…。
 ゴリッと工場長の頭に我は銃口を押しつけて言った。

「祈るなら祈れ。好きなだけ祈れ。それで神が許そうとも、この大魔将軍が赦さぬ!」

 所詮この世界の神がヒトに与えるのは慈悲だけだ。
 瀕死の者を救う奇跡も、絶体絶命の状況から盛り返してみせるのも神が先導したからではない。
 全てヒトが成してきたのだ。
 ヒトの諦めないという絶望に抗う強い意志、心の強さが奇跡を生み出してみせるのだ。
 だから……

「だから奇跡とはヒトの絆の力。お前らごときには奇跡は起こらない。いや起こりすらしない。我がいる限り、人間族には決して奇跡は訪れもしない!」

 宣告を聞いて絶望する工場長に我は躊躇わず引き金を引いた。
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