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第九章 悪役とは。

石になろうとも心は…。

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 ーー…大魔将軍は魔空城と共に消えた。
 無人島に転移させられてから半月ほど経った頃に生き延びてやってきた魔族からその話を聞きました。
 あの聖女のように祈ってでも願っていた想いが絶たれた瞬間、枯れたと思っていた涙が溢れ私は泣き崩れた。
 それから暫くの間御主人様に頼まれたケット・シーら元非戦闘員達と共に私は無人島で静かに暮らしていました。
 長くて二十年くらいしか生きられないケット・シーらと過ごす月日は私に少しだけ安らぎを与えてくれた。
 でも心に空いた穴を埋めるには到底及ばなかった。
 一体だけになるとどうしても考えてしまう。
 何故私を転移させたのか。
 何故私を連れて勇者一行と戦うという選択をして下さらなかったのか。
 何故私の想いに応えて下さらなかったのかと。
 たくさん考えては胸が苦しくなってそれを紛らわす為に御主人様に教えてもらい好きだった裁縫に私は逃げる日もありました。
 それからまた半月が経った頃に思いがけない情報が別の魔族からもたらされた。
 なんと聖女が私のいる無人島から海を渡って北に少し行った先にあるカガミ山の近くにいるらしいというのです。
 しかも勇者と一緒ではなく仲間の人間族とエルフ族の三人だけだと。
 それを聞いた私の心に火が点ったような感覚を得ました。
 親であり、愛する方を奪った彼女らに対する憎悪の炎が…。
 私はケット・シーらに長く出かけることを伝えて島を出ました。
 御主人様や眷属の皆さんのおかげで海を泳いで渡り向こうの陸地に着いてみせるくらい一日で充分でした。
 復讐の炎を胸に抱きながらも私は冷静でいられた。
 上位の回復魔法を使えると聞く聖女らに単体で突っ込んだところで勝てる可能性は決して高くないのはわかっているからだ。
 ここまで冷静にいられるのはきっと御主人様の下で戦ってきたおかげなのでしょう。
 だからこそ確実に聖女を倒せる方法を考えながら私はカガミ山を目指した。
 偵察した結果、聖女達はカガミ山近くの宿場町に滞在しているのがわかりました。
 そこで私は一計を閃きました。
 単独行動を取っていた弓使いのエルフ族エルフェンを拉致してカガミ山内部へと聖女を誘い込み私の石化光線で全員石にしてあげましょうと。
 カガミ山で取れる鉱石は魔法攻撃を反射させる力を持っているので聖女も魔法矢マジックアローを使うエルフェンもうかつに使えないはずです。
 作戦を決めると私は宿場町にいた住人の一人を殺し衣服を奪うと顔と下半身が見えないよう夜の時間に茂みからエルフェンに助けを求めるフリをして声を掛けました。
 御主人様から得た情報で正義感が強い彼女はすぐに接近してくれたのですかさず神眼で強制的に眠らせればわざと身につけていた弓矢と魔法を反射する鉱石を置いてカガミ山へと運んでいきました。
 ここは一度他の魔族が鉱石を独占しようと占領したことがあります。
 その時に御主人の命令でエイムさんと一緒に訪れたことがあります。
 結局後から勇者一行らの活躍によって奪還されていますが内部については知っていた私はカガミ山の奥にある鏡の間と呼ぶ場所に入る。
 この場所ならば聖女らも私の石化光線を避けるのは容易ではないはずだと考えた私は中央にエルフェンを置いて自分が身につけていた衣服で彼女の手足を縛る。
 きっと今頃はエルフェンが現れないことに気づいた聖女と戦士が痕跡を辿って弓矢と鉱石を見つけているかもしれないので私は鉱石の塊の影に隠れて待機しました。
 暫く待っていると私が通ってきた方から二つの足音が聞こえてくる。

『おい!あそこに寝てるのエルフェンじゃないか!』
『エルフェンさん!』

 狙い通り現れた聖女と戦士ヴァンクは寝ているエルフェンの元に向かうと起こしに掛かる。
 目覚めて困惑しているエルフェンを心配して拘束を解いている聖女とヴァンクがこちらに背中を向けている好機に私は動き出す。
 一気に片をつけるのでなく確実を選んで聖女一人を狙い弾速重視の石化光線を放つ。
 高速に飛んだ光線はそのままヴァンクとエルフェンが気づかないまま聖女に直撃するはずでした。
 ところが聖女一人分手前のところで私の石化光線が弾ける。
 聖女らを包むようにドーム状の障壁が突然出現したからでした。

『…やはり警戒しておいて正解でしたね。出てきなさい!』

 振り返って言い放ってくる聖女。
 まさか御主人様以外にあれほど強固な障壁を聖女が出せるとは私にとって予想外のことでした。
 でもここまできた以上一度の失敗で退くつもりはない。
 …いいえ、最初から退く気はありませんでした。
 御主人様を失った私にはヒト族の世界に残る未練は全くなかったのですから。
 だからこそこの戦いが私の最後でいいと心の隅で思っていたのかもしれません。

『…待っていたぞ聖女よ!我が御主人様の仇!ここで取らせていただきます!』

 御主人から頂いたミズチを手に私はあの方の右腕として堂々と姿を見せることにしました。
 手の拘束が解かれ自分で脚の拘束を外そうとしているエルフェンの前で身構える聖女とヴァンクに私は次に拡散型の石化光線を放とうとした。
 私の動作を見てヴァンクが前もって出てくればすぐにミズチで撃てるように二段構えにもしていました。

『させるかよ!』

 ところがヴァンクは鉱石の塊に向かうと斧をおもいっきり振って砕きその破片を私へと飛ばしてきたのだ。
 飛んできた破片は全開にしていた私の神眼にいくつか当たり私は怯んでしまう。
 そこを聖女に返された弓矢を手にしたエルフェンから魔法矢をさらに受けて石化光線を放つのを防がれてしまう。

『立てるかエルフェン!』
『ええ!皆気をつけて!相手は上位のメデューサよ!目を見ずに戦って!』
『くっ!おのれ!だがここがあなた達の墓場だ!』

 最初の作戦が失敗に終わっても私は撤退せずに聖女らと果敢に挑んだ。
 しかし相手は数々の魔族を倒してきた聖女とその仲間。
 技と魔法だけでなく連携の技術力も高く徐々に私は防戦一方になってしまう。
 エルフェンの魔法矢にミズチを弾き落とされ、ヴァンクの攻撃を防御して壁に叩きつけられた私はとうとう地に両手を着いて聖女らを睨みつける。

『よし!あと少しだ!』
『気を抜くな!まだ何かやってくるかもしれないぞ!』

 構えたままでいる三人を前に私の命運はここまでだと悟りました。
 悟ったからこそ、に出ました。
 声を出して前に飛び出すと私は聖女らにではなく壁にある鉱石を手当たり次第壊して回る。
 その時に破片を三人に飛ばして攻撃しているフリをしました。
 この場所を選んだのも、暴れ回るのも、全ては確実に聖女を石に変える為。

『はぁ…はぁ……お前達を、ここから絶対に出さない!』
『はっ!これは!?囲まれている!』

 私の動きが止まり崩れた鉱石に囲まれていることにエルフェンは気づくがもう遅い。
 今ある魔力を全て神眼に使い石化光線を放つ準備に入る。

『正気ですか!この状況でそれを使えばあなたにも直撃しますよ!』
『黙れ!私から御主人様を!大魔将軍様を奪ったお前達を倒せるならば!道連れでも構わない!』

 元よりこの世界に残る未練がない私にはここで聖女を道連れに石になることも厭わなかった。
 自分の前に鉱石の小山を作ったことで時間稼ぎをし私は躊躇わず神眼から石化光線を放とうとした。

『そうはさせるものか!』

 しかしあと少しで放とうとした矢先、エルフェンから鉱石の小山を貫く魔法矢が射たれる。
 エルフェンにそんな魔法矢があるとは知らなかった私は咄嗟に回避を試みたが左肩に当たってしまう。

『しまっ…!』

 その衝撃は大きく私の身体は大きく仰け反ってしまう。
 次の瞬間、溜めた魔力が神眼から放たれ天井へと当たる。石化光線は天井にもある鉱石に当たると拡散しながら反射して真っ直ぐに私の全身をいくつも貫いた。
 完全耐性を持つ私でも【耐性貫通】を持つ石化光線をしかも複数受けては石化し始めるのに時間はかからなかった。

(ああ…御主人、様……。)

 もういない方へと差し伸べるように私は手を上へと伸ばす。
 メデューサ族の自分の最後がまさかまさかの石化とは…。
 でもこのまま石になるのであればそれもいいと思いました。
 だってもうあなたを想って夜を過ごす日々をしなくていいのならと…。



 ーー…あれからどれだけ経ったのだろう。
 私は灰色の世界でずっと走っている。
 どこに向かって走っているのか、どうして走っているのかもわからない。
 それでも私は前に進み続けた。
 でも徐々に身体から力が抜け走る勢いが衰えていく。
 気づいた時には私の容姿は子どもの頃に戻って歩いていました。

(うぅ…もうやだぁ…進みたく、ない…。)

 いつになったら私は消滅するのだろう。
 いつになったらあの方の元に行けるのだろう。
 そう思うと私はとうとう進むの止め両手で顔を覆い子どものように泣いた。
 すると暫くして背後で光が発し私の影を作ったすぐ後だった。

『…メディアさん。』
『メディアちゃん。』

 懐かしい二つの声に私は顔から手を離して振り返る。
 そこには淡い紫色の光を纏ったカマエさんとトミコが私を見下ろしていた。
 何故ここにいるのだろうといった疑問よりも久しぶりに会えた二体に私は嬉しさが勝って堪らずカマエさんの大きな胴体に抱きついた。

『あらあら相変わらず甘えん坊さんねメディアちゃん。』
『ふふ、普段は気丈に振る舞っていますからね。』

 そう言ってカマエさんは四本の手で私を引き寄せ頭と背中を撫でてくれる。
 それを見てトミコはクスクスと微笑んだ。

『もう大丈夫よメディアちゃん。私達はずっと頑張ってきたあなたを迎えにきました。』

 カマエさんはそう告げると右の鎌を前に出して示す。
 お迎え?と聞き返した私がその方向を見ると灰色の世界に漆黒の輝きが見えた。
 初めて現れたその輝きに私は力が湧くと共に懐かしい魔力を感じた。

『行ってくださいメディアさん。あの輝きに向かって。』
『そうすれば再び立てるわ。の隣に。』

 カマエさんとトミコの言葉に私は意味を理解して鼓動が高鳴り胸に右手を当てる。
 やっとこの苦しみから解放されることなのか、それとも奇跡に期待していいのかわからず私は二体に一度振り返る。

『そんな顔しないの。本当に大丈夫だから。』
『だから私達の分も支えてあげてください。』

 微笑みを向けてくれたカマエさんとトミコは最後に私の身体の向きを光に向けてから背中を押して前進させてくれた。
 受けた私は顔を上げ意を決して再び前に進む。
 光に近づいていく中で私の魔力が回復していくのを感じた。
 同時に光から感じる魔力が懐かしいのではなくあの方の魔力であると確信した瞬間、私は前に進むのを速めた。
 もし会えるならば、また会えるならば、今度はしっかり伝えよう。
 もう自分の気持ちに蓋をしないで言える時に言おう。

(御主人様、私は…私はこれからもあなたの御側に立ち続けてみせます…!)

 あと少しで光に手が届くまで近づいた私は声を出して左手を伸ばし光を掴んだ。
 次の瞬間、灰色の空に大きな亀裂が生まれる。同時に漆黒の光は掴んだ左手から吸収するようにして消えると私の身体に進化をもたらした。
 身体は褐色からヒト族の世界で言うところの白桃のような白さに、肩まであった紫色の髪は背中まで伸び神眼と同じ黄金色に変わる。
 さらに左右の腕が四本となり身長も増した姿へと進化を終えると亀裂の入った灰色の世界は大きな音を立ててガラスのように砕け散る。
 その瞬間に目を閉じたくなるほどの眩しさを受けて私は瞼を強く閉じる。

「…メディア、メディア。聞こえるかメディア?」

 少しして耳に入ってきた声に私は肩を揺らす。
 同時に背中と腰に当てられている手の感触にすら懐かしいと思ってしまうと涙が出て目尻から流れていきました。
 でも瞼を閉じたまま私は震えてしまう。

「どうしたメディア?起きているのだろう?何故目を開けない?」
「…怖いのです。これが夢見ならば、目を開けたら結局あなた様がいなかったという結果に終わるのならばと…それが怖いのです。」

 進化も御主人様の声もこれが消滅する前の最後の夢なら覚めないで欲しい。
 ずっと御主人様の声を聞きながら常闇に落ちるのならばそれでいいと思って私は問いかけにそう答え身震いしながら怯える。
 しかし腰に当てられていた手が私の左頬へと移動して触れると御主人様は言う。

「大丈夫だメディア。我はここにいる。五十年も待たせてしまったが、君の前に夢ではない我がいる。我を信じてゆっくり開けよ。」

 優しく言って下さる御主人様の言葉に私は信じて数回深呼吸し気持ちを落ち着かせてから言われた通りゆっくり瞼を開く。
 涙で焦点が合わず最初はぼやけていたがあの漆黒のお姿が徐々に鮮明に見えてくると鼓動がさらに高鳴る。

「…ふ、進化しても尚君の蒼い瞳は相変わらず美しいままなのは嬉しいものだな。」
「ああ…ああ!御主人様…!」

 今目の前にいる御主人様から受けた褒め言葉に私は勢いよく身を起こして御主人様へと抱きついた。
 うおっ!?という声を出す御主人様がバランスを崩して倒れ込むのも気にせず私は首と背中に手を回して抱き締める。

「御主人様!御主人様ぁ!生きて!生きてまた会えることをぉ!嬉しく思いますぅ!愛してますぅ!これからはずっと御側にいさせてください御主人様ぁ!」

 体裁など忘れ子どものように泣きじゃくり涙で顔がくしゃくしゃになってしまいながらも私は御主人様に訴え出た。

「…ふふ、ふははは…我も嬉しく思うぞメディア。君が生きていてくれたことに。」

 そんな私を御主人様は微笑しつつ黄金色に変わった髪に右手を触れさせて返してくれた。
 この優しさと御主人様を実感したことによって私の中の何かが外れた音がしました。

「御主人様!今ここで私を抱いてください!御主人様の子どもを私に下さいませ!」
「はいぃ!?」

 顔を上げて言い放ったことに御主人様は上ずった声を上げる中、私は躊躇わず上の装備を外しに手を掛ける。

「ずっと、ずっとお慕いしておりました!だから私と御主人様の証が欲しいのです!」
「いやいやメディア!我の種族を考えろ!生殖能力を持たない我には無理な話だから!」

 普段とは違った焦りを見せる御主人様。
 そのお姿が新鮮に見えてしまいより私の情欲を掻き立てました。

「いいえ!愛があれば必ず結びつくはずです!どうか【鎧変形メタモルフォーゼ】でください!必ず授かりますので!」

 鼻息を荒くしながら言う私を前に御主人様がアワアワと困惑している様子を見せる時だった。

「…ちょっとメディア、落ち着きなさい。」

 右から聞こえてきた女性の声に振り向こうとした直後、顔の側面に衝撃を受けて私は御主人様の上から壁まで吹き飛ぶ。

「あなたねぇ、久しぶりに再会したのと進化した影響で気持ちが高ぶり過ぎているわよ。気持ちを落ち着かせていつものあなたに戻りなさい。」

 聞き覚えのある声に張り手を受けた頬を擦りながら相手を見たが初めて見る相手だった。
 でも御主人様と一緒にいること、私を知っている様子であることにどなたか尋ねてみればあのゾドラさんであると返され私は驚く。
 彼女が言うには自分も種族進化して今の姿になったと返してくれた。

「どう?話題を変えたおかげで少しは落ち着いて自分の言動を思い返せたかしら?」
「は、はい…お恥ずかしいところをお見せしてしまい申し訳ありませんでした御主人様…。」

 ゾドラさんのおかげで気持ちが落ち着いた私は御主人様に深く謝罪した。
 優しい御主人様は私の謝罪をそこまで気にするなと返してくださり本当に感謝しかありません。
 それから御主人様は私に今の世界の情勢と行動目標を簡潔に語ってくださいました。
 三種族を支配下に置いて人間族を激減させる。
 その為の戦争も近々控えていること、その為にも私の力を必要としてきたことを知れば御主人様の前で平伏する。

「なれば私は再び御主人様の隣に立ちましょう。御主人様の為に再びこの神眼を活かし、御主人様に仇なす人間族らを物言わぬ石に変えてやりましょう。」
「うむ、またよろしく頼むぞメディア。」
「はい!それと御主人様。」
「ん?」

 首を傾げる御主人様に身体を起こして正面を向ければ私は笑顔で告げた。

「お帰りなさいませ、御主人様。」
「ふっ、ああただいまメディア。そしておかえり。」
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