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8日目 気分はジェットコースター!?
21ー1
しおりを挟む花火が終わり大通りにずらりと並んでいた露店は、忙しく店主達によって撤収作業が行われていた。
人はまばらで、真っ直ぐ先まで続く提灯が浮かび上がって見えて幻想的だ。
「終わっちゃったな」
悠人はポツリと呟いた。
「うん」
「翔先輩と回った祭りはどうだった?久々だったんじゃない?」
「いや、回ってない。ずっと神社で酒飲んでた」
「ヤバッ!」
「悠人は──いや、やっぱいいや」
颯は言いかけてやめた。
晴哉との楽しかった話なんて聞きたくなかったからだ。
自分でも嫉妬深いと分かっていても、悠人には見せたくないと思っていた颯は今までもそんな素振りは見せないようにしていた。
年上だからと小さなプライドもあったからだ。
「明日から仕事だな。颯ちゃん、ゆっくり休みすぎて朝辛いんじゃない?」
「かもなー。音のデカい目覚まし買おっかな」
颯は、笑顔で話しかける悠人の顔がまともに見られなかった。
蓋の下でグツグツと煮えたぎる思いが今にも溢れ出しそうだった。
ぽつぽつと中身のない話をしていた時。
「おっ!兄ちゃんまだいたのか!」
威勢のいい声が聞こえて足を止めると、声の主は撤去作業をしている射的屋の店主だった。
「もう一人の兄ちゃんはいないのか?」
「あ、はい。先に帰ったので」
「あの後、兄ちゃん達の腕前を見てた客が自分達もやってみたいと大騒ぎでな。おかげでがっつり儲けさせてもらった!兄ちゃん達には感謝しないとな!ガッハハハ」
「いや、あれは偶然だから」
「偶然は必然とも言うからな!俺はいいコンビだと思うけどな!」
「……」
「ん?なんか妙だな。ヒッ!」
良い調子で話していた店主が何かを察知して首を傾げ、ふと悠人の後ろで般若のような顔をした颯が目に映ると、飛び上がって驚き短く悲鳴を上げた。
顔面蒼白で後退りする店主に、悠人は視線の先を追いかけて振り返る。
「颯ちゃん?」
悠人が振り返った途端、颯は爽やかな笑顔を貼りつけた。
「え?どうしたんだろうな?見ちゃいけないものでも見えたんじゃね?」
首を捻った悠人が再び前を向いた直後、颯は睨みを利かせて威嚇した。
店主は不穏な空気に堪えかねて、顔から滝のような汗が流れている。
夏といえど尋常じゃない汗の量に、悠人は心配そうに声をかけた。
「大丈夫ですか?調子が悪いなら少し休んだ方が……」
「いやいやいやいや大丈夫だ!!おっと、こうしちゃいられない。撤収時間が迫ってるな。これは稼がせてもらった礼だ!んじゃ、またな!」
店主は早口で捲し立てて悠人の胸に袋に入ったものを押しつけると、そそくさと車に乗り込んでしまった。
「何をもらったんだ?」
「うーんと……花火だ!」
袋の中から出てきたのは、数種類の花火を詰め込んだ花火セットだった。
颯は最後にしたのはいつだったかと考えて隣を見ると、頰を緩めて花火を見つめる悠人が瞳に映り、心はざわついた。
「随分嬉しそうだな」
悠人がそれほど花火がしたかったとは思わず、颯は顔を覗き込む。
ご機嫌な様子の悠人は、花火を胸に抱えて満面の笑みを零して大きく頷いた。
「うん、めちゃくちゃ嬉しい!颯ちゃんと祭りに行きたかったから来たけど、もう終わった後だったじゃん。でもこうして花火がもらえて、一緒に出掛けた思い出が増えたのはすげぇ嬉しい!」
この瞬間、颯の胸はグワッと鷲掴みにされたように締めつけられた。
悠人の言葉は、心の奥でモヤモヤとした気持ちを瞬く間に吹き飛ばしてしまう。
これをトキメキと呼ばないなら他になんて言うんだと思ったが、そんな恥ずかしい事を伝えられるほど、颯は素直になれなかった。
「悠人が良い子だから、おじさんがアイスを奢ってあげよう」
精一杯の照れ隠しだった。
「またポッキンアイス?」
悠人に茶化された颯は、鼻息荒く胸を張って宣言する。
「今日は奮発して、悠人の好きなチョコモナカ!!」
「やったー!コンビニ寄って帰ろう!」
大通りを抜けた先は小さなカフェや真新しい家が建ち並び、街灯はオレンジ色の光を放っている。
人通りの少ない歩道を二人で歩き、コンビニを目指す足取りは軽やかだった。
目的地まで後少し、遠目からでも分かる大きな看板が見えた時だった。
「この花火、俺達がもらってよかったのかな?」
「悠人がもらったんだからいいんじゃねぇの?」
「でも、これは晴哉くんと一緒だったからもらえたものだしさ」
ドクン──
颯の中で鈍い音がした。
浮ついていた気持ちは一気に急降下して、抑えていた黒い感情が沸々とわき上がる。
「半分こ……それはダメか。花火を半分に分けるなんて聞いた事がないし。このまま開けないで渡すべき?でもそれは──」
颯にはもう悠人の言葉が耳に届かなかった。
隣にいるのは自分で、今も、これからもずっと変わらないと思ってた颯は、心のどこかで安心していたのだ。
翔の言う通りだと乾いた笑いを零した。
だけど、苛立ちと嫉妬を含んで膨らむ感情は止められなかった。
目の前にいるのに他の男と行ってしまった後ろ姿も、事故とはいえ奪われた唇も、格好つけて何ともない振りをしている自分にも。
全てが腹立たしかった。
──このまま全部奪ってしまいたい。
花火を見つめて考え込む悠人の肩を掴み、力任せに振り向かせた。
「うわっ!?颯ちゃん、なに?痛いよ」
悠人は身を捩り抜け出そうとするが、颯はそれを許さない。
肩の痛みに顔を歪めて颯の胸を押しても、上手く力が入らず突き飛ばす事は出来ない。
抵抗は自分を否定されているように思えて、颯の心はズキズキと痛かった。
肩から手を離したのは一瞬の事、腰に腕を回し引き寄せて、もう片方の手は悠人の指に絡ませる。
動きが止まったその時、颯は顔を傾け強引に唇を重ねた。
「……!」
悠人は目を見開いて驚いたが、それ以上抵抗はしなかった。
ゆっくりと唇を離すと、颯は鼻先を合わせて囁いた。
「他の男の話なんか聞きたくない」
それは、颯が初めて見せた独占欲だった。
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