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エピローグ
24ー1
しおりを挟むチチチチッ──
僅かに開いた窓から肌寒い空気が流れ、鳥の歌声が朝を告げる。
ゆっくりと瞼を持ち上げて、腕に収まり穏やかな寝息を立てる悠人に目元を緩めた。
季節は夏が終わり10月に入った。
エアコンの出番はなくなり、昼間は窓を開けて快適に過ごせる気候になった。
「ん……」
長い睫毛を震わせ重たげな瞼が開いて目が合うと、掛け布団を目元まで引っ張り上げてはにかむ姿は愛らしかった。
「寒くなかった?」
颯は肘をついて頭を支え、悠人の猫のようにふわふわとした髪に触れて言った。
「うん、大丈夫。颯ちゃん起きるの早くない?今何時?」
枕元に置いたスマホを手探りで探し、画面を見た。
「もうすぐ7時」
「嘘!?寝過ぎ!!」
布団を剥いで慌てて起き上がった悠人につられ体を起こした颯は、まだぼんやりとした意識のまま大きな欠伸を漏らす。
「たまにはいいだろ。休みだし」
「いいけどさー」
ベッドの横に落ちていた長袖に腕を通して立ち上がった悠人は、いそいそと寝室から出て行ってしまった。
乱れたベッドを整えてリビングに行くと、悠人は電気ケトルの電源を入れて朝食の準備に取り掛かろうとしていた。
「パンでいいなら俺がやるよ」
「え、いいの?」
「うん。先にシャワー浴びたいでしょ」
「ありがとう颯ちゃん。じゃあ、任せていい?」
「もちろん」
最近はこうして時々キッチンにも立つようになった。
朝が苦手なのは相変わらずだが、悠人と一緒にいられる時間を大事にしたくて手伝える事はやるようにしている。
そんな颯に影響されてか、悠人も掃除をしていると様子を見に来たり、一緒にやってくれる事が増えた。
付き合い始めのような、四六時中一緒にいたいとは違う感情だが、互いを尊重して大切に出来る今が温かい。
チーン──
食パンが焼き上がり、こんがりと香ばしい匂いが広がると急に空腹を感じて腹が鳴った。
悠人はピーナッツ、颯はバター。
それぞれ好きなものを自由につけられるよう、テーブルに用意する。
少しして悠人が濡れた髪から雫を落とし、頭からタオルを被って出てきた。
「ごめん、颯ちゃん。後は何したらいい?」
「髪を乾かしてほしいかな。こっちの用意は終わってるし心配ねぇから」
「全部やらせちゃったな。掃除は代わるよ」
バタバタと脱衣所に戻っていった悠人を見送り、颯はリビングの窓を開け放った。
こもった空気が外に出て、ひんやりとした風が舞い込み瞳を細めた。
ダイニングテーブルには食パンと大きくカットしたサラダに、ホットコーヒーが並んでいる。
椅子に腰掛けて寝癖のついた髪を緩く掻き上げると、悠人が戻ってきた。
「いい匂いがする!」
「焼くだけで美味くなるパンは料理下手にも優しい一品!」
「それ、自慢げに言う事?」
笑いながら向かい側に腰掛けて、悠人は両手を合わせた。
「いただきます」
「召し上がれ」
一緒に朝食をする機会が増えると気付く事も多く、悠人はパンを食べる時、白い部分である身と耳を分けて食べるのだ。
ピーナッツクリームは薄くしか塗らない。
長く一緒にいても、よく見ていなければ気付かない事だらけだ。
そんな発見を繰り返す毎日が幸せだと思う。
これからも小さな変化を見逃さないようにしたい。
いつまでも二人一緒にいたいと思うからこそだ。
「颯ちゃん、何時に出る?」
「予定では10時。遅くても11時には出たい」
「了解!じゃあ、それまでに掃除を終わらせるよ」
「一緒にやればいいじゃん。休みで時間あるんだし」
「だってそれじゃ、颯ちゃんの負担大きくなるじゃん」
「後でアイス奢ってくれたらいいよ」
今日は二人でコスモス畑に行く約束をしている。
あの連休のように休みの間ほとんど一緒にいるわけではないが、家でだらだらと過ごす時間は減った。
何気なく過ごしていた時は感じなかった時間の流れが、今はとても早くて足りないと思える。
朝食を済ませると後片付けをして、手分けして掃除に取りかかる。
平日やらない分を休みに回しているが、今日は悠人が手伝ってくれたおかけであっという間に終わった。
10時を過ぎた頃、出掛ける準備が出来た二人は戸締まりをして玄関に向かった。
「悠人、忘れ物ない?」
「財布に携帯、鍵も持ってるし大丈夫でしょ」
「うし、行くか」
扉を開けて外に出た時、ふと思い出して「あ…」と声を出した。
嫌な予感がしているのか、顔をしかめる悠人。
「違う違う!出産じゃねぇから」
「だったら何?排出?」
「言い方変えようとしてるわけじゃねぇよ…。忘れ物」
「颯ちゃんが忘れ物なんて珍しくない?」
再び家に戻り、寝室のクローゼットの奥で眠っていたバッグを持ち出して外に出た。
「それで?何忘れたの?」
「これ」
颯は肩に引っ掛けたバッグを指差して言った。
「初めて行く場所だから、記念に残そうと思ってカメラ持ってきた」
「……そうだな。颯ちゃんの恥ずかしい写真が撮れるように頑張るよ」
「頑張る所おかしくね?」
こうして家を出て駐車場に向かい、車に乗り込んだ。
電車でも行ける距離だが、運転好きな颯は少しでも遠いと車を選んでしまう。
「あーあ。こうしてまた、颯ちゃんは運動を諦めるのであった」
助手席で語り手のように言う悠人を無視して、颯は車を走らせた。
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