鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話

間話13.予想外の関係図

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「えー、あなた、あの源川秋晴の甥っ子なのぉ?!」

モデルの事務所で会話を交わしている内、保護者の話になって一先ず成人までは仕方がないから叔父の名前を上げる。本当なら保護者なら恭平の方がいいし、何より保護者というもの自体要らないとすら考えているくらいだ。とは言え日本社会とは、何故かそういう面では頑なで宗旨を変えてくれない。仕方がないから後一年ちょっとは叔父の名前を借りるしかないのだが、モデル事務所の人が目を丸くして声をあげた。叔父の名前がそんな反応を示すようなものだとは思ってもみなかったから、仁聖の方も少なからず驚いてしまう。

「宇佐川辰義と源川秋晴って言ったら撮って欲しいって何人も押し掛けてくるわよぉ!」

因みに宇佐川辰義の方は絶景の撮影が得意だった人だが、数年前雪山の撮影中に飛行機の事故で亡くなっている。正直その人と並べられて叔父が呼ばれるのは、良いことなのか悪いことなのか理解できない。とは言え自分を引き取った辺り数年は国内での仕事を選んでいた叔父が、人を被写体にしていたことがあるのには驚いた。何しろ叔父が撮ったという写真集を、目の前のモデル事務所の社長だという『藤咲しのぶ』から差し出されて仁聖は目を丸くする。誰しも一度は見たことのある女優の、時折テレビで取り上げられることのあるデビューして直ぐ位の写真集だ。写真資料として置いてあるらしく、他にも何冊かあるわよと藤咲は熱弁を振るっている。

「私が現役だったらお願いしたかったわぁ!」

目の前の元モデルだったという藤咲は立派な体つきの歴とした男性で、言葉からも分かる通りオネエと言うやつのようだ。

「ちょっと自分の趣味の話はいいから、信夫さん話し進めてよ。折角やっと確保してきたのに。」

しのぶの漢字では実は信夫らしく、栄利彩花が『のぶお』と呼んだあたり本名は男らしい信夫なのだと薄々わかる。のぶおと呼ばれた藤咲が腰をくねらせながら、サヤったら酷いだのと嘆く。これでも小規模ながら雑誌や広告媒体主体のモデルを三十人も抱える事務所の社長だと言うから驚きだ。中にはモデルだけでなくドラマに俳優として出ているタレントもいるらしい。

「それにしても凄いわねぇ、キラッキラしてるわぁ。」
「キラキラ?」
「はぁ……信夫さん、あんまり眺めてるとこいつ逃げちゃうわよ?ねぇ仁聖。」
「えっと……。」
「仁聖君だなんて、そのまま芸名でも良さそうなのにどうしても嫌なの?」

と言うのも仁聖はあまり表だってモデルがしたいわけではなく、彩花の勧めた高額謝礼につられているわけで。しかも前回のは無理をいったからとたったあれだけで、五万円。この五万円が高いのか安いのか理解できないが、この勢いだと簡単にコンビニバイトを越してしまう。
建築家の夢を諦めるつもりはないし、大事な恭平の存在もある。そのためには短時間で高額が稼げて、身元の秘匿が保証されるのがベストだ。素直にそう言うと何故かその正直さが気に入ったらしく、藤咲はじゃあカラコン入れて外人の体で等といい始める。

「外人って目だけで行けるもの?」
「サヤったら連れてきたのに仁聖君がハーフなの知らないの?ホント最高にスタイルはいいし、写真栄えするし!」

え?仁聖ってハーフなの?と改めて聞かれてまあねと一応答えておく。まさか芸名と来るとは思わなかったが、名前が違って目の色が違えば少しはましかもしれない。何しろ結婚式場では兄ですで誤魔化せた。高校なら兎も角大学なら誤魔化しやすそうだ。
それにしても普通こういうものにはオーディションとかがありそうなものだがと考えていると、大概の撮影現場の相場やら契約やらの話になって目を丸くしてしまう。専属モデル契約なら二桁の契約料だが、アルバイトは一先ず一度の撮影で五千円から一万円。しかも、仁聖のバイト契約としては、一度の撮影で二万円~三万円を確約すると言う。オーディションやなにかは今からPR用の写真を撮って、事務所の方で仕事は回すと言うから破格の待遇だ。

「何でですか?これ、破格過ぎますよね?」
「あら、破格だと理解できちゃう?」

それは当然だ。オーディションも受けなくてもいい仕事は回すだなんて想定外だし、正直この間みたいな誰かの添え物程度の仕事だと思っていたが、どうも話は違うらしい。

「この間のサヤとの写真が目に留まったクライアントから、仁聖君を使いたいって依頼が幾つかあるのよ。」

つまりオーディションするまでもなく幾つかのクライアントから、仁聖を使いたいと既に話が持ち込まれていると言うのだ。それでこの破格の待遇なのかと思いきや、クライアントが大手過ぎるから本来なら専属契約にして欲しいのが本音らしい。

「その方がマネジメントしやすいのよね。本当は。」
「でも、俺期間限定でって…。」
「四年よね?契約書は四年で作成、月給二十万以上、身柄は秘匿確約でどうよ?!おまけにオプションでモデルに必要なレッスンは私が教えてあげるからただよ!ついでに学業優先!!」

ええ?!と困惑した仁聖に、藤咲がお願い~と手を組み合わせ縋りつく。と言うのも本当は大手のクライアントの依頼を断れないのよと、彩花が苦笑いで言う。そのクライアントからの依頼が、他にも半数近くこの事務所のモデルを使っているのだ。それを無下に断るには、その後のクライアントとの関係性が心配ということなのだろう。

「まあ、………約束してもらえるなら。でも、俺二十歳になったら結婚する気なんですけど……。」

と仁聖が左手の薬指を見せたものだから、藤咲が呻いてしまったのはここだけの話だ。で、その流れのまま事務所の別な階のスタジオに連れ込まれてしまった。

モモのこと言えないなぁ、俺。だいぶ巻き込まれてる。

天然の巻き込まれ体質の宮井麻希子の事がチラリと頭に浮かぶが、宮井はやっと退院したと昨日連絡があったばかりだ。
鏡の中には鮮やかなコバルトブルーの瞳をしたブラウンの髪の自分。カラーコンタクトとは言え、仁聖は元々少し青味がかった瞳だから尚更発色が鮮やからしい。着てきた服を彩花にひっぺがされたのに面食らい、なんか前も彩花に剥かれた気がすると心の中で呟く。しかも、髪もメイクまで軽くされて、黒のジャケットを前を開けたまま羽織れときた。

「視線だけこっちに向けて。顎はあげないでね。」

カメラマンの横で藤咲がホクホクしながら指示を出す。うまく乗せられた気がしないでもないけれど、撮った写真はデータとして全てその都度渡してもらう約束まで飲んで貰ったから仕方がない。

「良いわぁ!若い時のオーランドみたいよ!!」

思わずオーランドって誰って言う眼をしてしまうが、マイケル・ウォルシュみたいだとか肉体美が城田優バリだとか何とかもう藤咲が言う事が訳がわからないので、仁聖も諦めることにする。

「そいつ誰?社長。」

不意に同じ歳くらいの青年がスタジオに勢いよく入ってきたかと思うと、剣呑な口振りで藤咲に詰め寄った。恐らく先にモデルや何かをしているのだろうと仁聖が眺めていると、仁聖より十センチ程背の低そうな青年は鋭い視線で仁聖を値踏みするように爪先から頭までを見る。

「Niseidouのトワレのポスターの子よぉ、ウィル君って言うの、カイト君。」
「Niseidou ……?あ、あの?」

彩花とのポスターの事らしいと気がつくが、カメラ撮影の合間にツカツカと歩み寄られた。藤咲が一つ歳下だと教えてくれた五十嵐海翔と言うらしい青年は、仁聖と同じようなブラウンの髪でまあ整った顔をしている。

「あんた、何?俺の事知らないの?テレビ見てないの?外人ってことは最近日本に来たわけ?」
「………Don’t understand why you can say such a thing. You're cocky.」

思わず何でそんな口を利くのかわからない、調子にのってると英語で呟くと相手は眉を潜めた。どうやらリスニングは出来ないようだが、それに彩花と藤咲が眼を丸くしている。外人と言うことにしようと話したが、この瞳で流暢な英語だと違和感が無さすぎるようだ。

「何?社長、こいつ日本語できないの?通訳は?」
「………You're to handle.通訳は必要ないけど、テレビに出てるのに、この程度のlisteningも無理?」

ついイラッとして面倒臭いやつと吐き捨てながらそう言ってしまったら、目の前の顔が真っ赤になったのが分かる。転校で忙しくてとかなんとかゴニョゴニョしているけど、見た目はそう悪く無さそうだけど性格が残念な感じだ。一個下なら宮井の友人達の方が、ずっと素直で見た目もいい。

「カイトくーん!移動だよー!」
「あ、はーい!お前…超生意気!」

いや、それはこっちの台詞。忌々しそうに吐き捨てながら去っていく業界の先輩に内心面倒臭いと思いながら、素知らぬ顔で見送る。そんなわけで散々撮影に振り回されグッタリした仁聖が帰途についたのは、大分経ってからだった。



※※※



「ってことで、これ今日撮ったやつ。女の人とは絡んでません、あとウィルでバイトすることにしました。」

グッタリしながら経過を報告する仁聖に、苦笑混じりで恭平は頭を撫でる。自分が嫉妬してごねたからとは言えキチンと約束を守って来てくれるのには、正直嬉しくなってしまう。見ていいか?と問いかけられ記念にあげるわと藤咲に言われたプリントアウトを眺めた恭平が黙りこむ。

「恭平?」
「あ、……うん。」
「やっぱ、やだ?」

オズオズと問いかける仁聖に、恭平は微かに困ったように微笑む。それを横に座って覗きこんだ仁聖は、躊躇い勝ちに言葉の先を待つ仕草を浮かべる。

「いやと言うか……別人みたいだな……。」
「一応その体でやることにしてます……。」

緊張しながらそう言う仁聖の頭を撫でて、恭平が微笑みかけながら口を開く。

「格好いいな、この写真。」
「ほんと?」

恭平にそう思われるのが一番嬉しいと仁聖はニコニコしているが、写真は確かにまるで海外の俳優のようだ。空色の瞳で射竦めるように見つめる視線に、整えられた髪と黒のジャケットを羽織った滑らかな肌。

「ちょっと………心配だ。」
「心配?」

呟くように言う恭平の横顔に言葉の意図に気がついて、仁聖は頬に口付けるとその腰を抱き寄せる。

「ちゃんと、二十歳になったら結婚するって宣言してきたよ?」
「二十歳?」

仁聖は結婚記念日はクリスマスと言いのけたのに、今になって二十歳?と首を傾げる恭平に仁聖は顔を覗きこみながら囁く。

「今はまだ無理だけど二十歳になったらさ、自由に出来るから、俺の事榊にしてくれるでしょ?」
「え?」

予想外の言葉に恭平が一瞬言葉を失って目を丸くする。

「だって、もう口約束って言われたくないし、恭平は榊で居たいんだから俺が榊仁聖になればいいよね?」
「いや。お前、それ。」
「うん、婿入り、Isn't it?」

平然として言われて、見る間に恭平の顔が赤くなっていく。指輪だけの口約束ではないものを希望する仁聖の言葉に、恭平は頬を染めてしまう。いや、この話がでないと思っていたわけではなく、いつかはと心の何処かで思う部分もあったが養子縁組となると話が違うと思っていたのだ。そういう意味ではほんとうに仁聖の方が、恭平よりも覚悟ができているとしか言いようがない。

「二十歳になったら裁判所とか要らないって調べたから、二十歳になったらさ、俺の事戸籍ごと全部貰ってね?」
「………分かった……。」

真っ赤になりながら答える恭平に、仁聖は嬉しそうに微笑みながら肌を擦り寄せる。戸惑いながらもちゃんと受け止めてくれると恭平に言って貰えた、その幸福感に思わず仁聖の頬が緩んでしまう。抱き寄せ耳元や頬に口付け続けるうちに、トロリと体温が蕩けてくるのが分かる。

「ねぇ、恭平?」
「ん?」
「今恭平が欲しいって言ったら駄目?」

チュと耳元にキスをしながら腰を引かれるのに、恭平が更に頬を染めてしまう。その様子に迷うことなく手から写真を抜き取ってリビングのテーブルに置くと、仁聖は恭平の体を軽々と抱き上げていた。



※※※



一先ずモデルの仕事を始めたのは兎も角、あの小生意気な五十嵐海翔がテレビドラマに確かに出ていたのに気がついたのは暫くあとの話。おまけに去年までは実家から通いで仕事をしていたが、今年からドラマの仕事もあって忙しいから引っ越して転校したのだと言う。その転校先は言わずと知れた仁聖と恭平の母校で、宮井麻希子から騒動の話が聞こえるのはそれからほどなくしての事だった。
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