鮮明な月

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第十四章 蒼い灯火

153.

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「あ?何だと?ストーカー?」

仕事部屋の中、外崎宏太が電話口に向かってあげた声に、了と結城晴が振り返ったのは暫く以前に遡る。目下外崎の経営コンサルタント業は、かなり営業職が有能なのと社長の人望なのか割合毎日が忙しい。というのも元カラオケボックス・エコー=現カラオケボックス兼カフェ・ナインスが、近郊での優良店舗にのしあがったからだ。以前のダークなイメージは一新、しかもチーマーだった若い連中が更正して真面目に働き、しかもそれが何だか逆に女子高生に受けている。特にカフェ担当の奥ユキジの完璧なヤンキーの見た目と、3Dカフェラテのラテアートの激しいギャップが受けているらしい。それを提案したコンサルティング能力が買われているわけで、おまけに元の荒れたやり部屋カラオケなんて噂を払拭した社長の宮直行は目下大忙しだ。その改善に一役買ったと聞いて、『耳』を設置したがる個室系経営店舗が増えている。因みに個室居酒屋で少人数個室が売りの居酒屋・伊呂波の店長の浅木が

この間変な奇声を発してて、個室中で小便だよ!信じられないだろ?!ありえねぇ!!糞中年が!

と半泣きの訴えをしてきたのに宏太が盛大に吹き出し、晴は不快そうに苦ぁい顔をして、了は二人の反応の意味がわからずポカーンとしたわけだ。それはさておき、伊呂波には何でか社長特権で、無償で一個『耳』をつけたのはここだけの話。
そんなわけで宏太の個人的な趣味での『耳』活動はかなり制限されていて、社長の宏太はまあ趣味程度に納めるつもりだしなと言いつつ暢気に表側の仕事でガツガツと稼ぎまくっている。大体にして『耳』がなくとも、社長をはじめ元はコンサルティング能力が高い人間が集まっているわけで。
そんな矢先に、宏太の幼友達でモデル事務所の社長・藤咲信夫から依頼が舞い込んだのだった。
売り出したばかりのモデルに妙な視線が付きまとっているようで、今後の事も考えて先手を打っておきたいというのだ。

「あー、で、誰だって?あ?源川仁聖だぁ?」

しかも何とストーキングされているのは、源川仁聖だという。そう言えばこの間『茶樹』で世間話がてらモデルはバイトでと言う話を聞いていたが、藤咲の見立てではバイト扱いでは済まなそうな勢い。とは言え宏太の反応に藤咲が、あきれ声をあげる。

『何?あんたうちの子と知り合いなの?』
「まあな、っていうかあれは、秋晴の甥っ子だぞ?」
『知ってるわよぉ、保護者だもの。』

源川仁聖の叔父・源川秋晴は二人の高校時代の後輩で、顔見知りと言えば言えなくもない。有名カメラマンの秋晴と宏太は現在では接点がまるでなくなったが、逆に藤咲の方はモデルからの社長業転身なので接点が増えたようだ。兎も角逸材なので、育てている真っ最中なのだと言う。

『電車のなかでだけ視線を感じてるみたいなんだけど、なんか腑に落ちないのよねぇ。』

腑に落ちない。ストーキングに合理性を求めるなとは言いたいが、藤咲の言いたいことは宏太には確かに理解できるが、スピーカーにかえて会話をしていて背後の二人も聞いているが二人には意図がわからないらしい。

「どゆこと?」
『別に目の保養にしてる分には文句は言わないわよ、うちの子は可愛いから。』
「可愛いか?あれ。」
「俺に聞くな、見えねぇし、男に興味ねぇ。」

割合勝手なことを言い合っているが、まあイケメンではあるので眺めていてもおかしくはないんじゃないかと了が口にする。晴にも仁聖のポスターを教えたら、ああ!あれ!?というくらいだから、目立つのは確かだ。

『でも、アピールし始めてるにしてはねぇ。』

その言葉に晴が納得したように、なるほどと口にする。典型的なストーカーとは特定の異性に対して、好意または怨恨を抱いてつきまとい等の行為を繰り返す者のことである。ストーカーの定義は様々あるが、急に最近になって電車の中だけでストーカーの存在をアピールしているのは奇妙だというのだ。何しろ仁聖の方は、本当に最近までまるでなんにも感じていなかったのに突然電車の中でだけ視線を感じるのだという。ところがファンレターにはそれらしきものはまるで届いていないし、モデルとしてのウィル(仁聖)には今のところ偏執的なタイプのファンがつくほど期間がたっていない。勿論全く無いとは言えないが、事務所周辺に出待ちしているのは同じ事務所の五十嵐海翔のファン位だという。駅貼りのポスターが盗難されているから、可能性としてはなくはないが電車以外では何も起こっていない。

「普通、ストーカーのアピールってもっと身近なとこから始まるよな?手紙とか。」
「見てるってアピールするくらいなら、もっとアピールするだろ。」

確かに。存在を教えるほどの感情があるなら、もっと接近しててもおかしくない。しかも当の仁聖が探しても、存在は見せないようにしている。それならまだストーキングがばれたくないとして、何で電車でアピールしているのか。
それに、と藤咲が続ける。

『あの子、感覚が鋭いのよね。好意的でないと感じたら、多分本当に好意的でないと思うのよね。』
「好意的でない、ストーカーねぇ……。」

今度はその言葉に了が違和感を感じて、考え込むように口を開く。

「でも、仁聖って元カノは別れてからも好意的だったぞ…………。」
「…………了……、何でそれ知ってんだ。」

低い宏太の声に了が慌てたように偶々と言うが、実際のところは了は以前密かに仁聖のことを調べたことがある。それを余り突き詰めると今夜の自分の身の危険を感じるのでサラッと流しておくが、そうなるとストーカーは仁聖と接点がない可能性もある。

「パラノイアとかだと確かにあぶねぇか、分かった。調べといてやるよ。」

そんなわけで源川仁聖をストーキングしている人間の特定と言う依頼を受けたわけなのだ。



※※※



最初の一日で妙な行動をしている人間の特定は簡単にできた。ホームの防犯カメラを数日分手にいれて、一定の時間を早回しして見たのだ。そうすると、案外簡単に妙な行動をしている人間が目に見えてわかる。何しろ朝の満員電車の時間帯にホームに出ていて、同じ路線で到着した電車を四本も乗らないで立ち止まって過ごす人間が目立たない筈がない。
しかもその女性はホームにくると源川仁聖の姿を確認できる位置で待ち続け、姿を見ると別な乗り口から同じ車両に一緒に乗る。その先の二駅目で仁聖と一緒に電車は降りるが、改札は出ても駅からは一歩も出ない。駅から出ないで五分ほど駅の構内のコーヒーショップで過ごして、また来た道を戻り最初の駅から出ていく。見つけてしまうと毎日それが続いていて地味に怖い。

「何やってんの?この人。」

了が思わずそういったのもわからないでもない。彼女は平日スーツ姿でまるで会社に行くような様相で、日々大体同一とは言え前後する仁聖の到着を待ち一緒の電車に乗り一人戻ってくるを繰り返している。行動が確認できたら後は身元だったが、これは案外簡単に突き止められたのだった。ストーキングはしていても自分が尾行されているのには、小松川咲子は全く気がつかなかったからだ。しかも彼女の職場は八幡万智の夫・征爾の塾ときている。

『ふつーに仕事してるし、なーんにも特別なとこはないらしいわよ?地味ぃな子だって。』

夫から聞き出した万智の返答に、逆にそれじゃ根が深そうだなと宏太は溜め息をついた。

「なんで?フツーなんだろ?」
「ばれねーようにやってる奴が一番あぶねぇんだよ。」

そうなの?と了が不思議そうに言うのに、背後から当然のように晴がそうそうと同意する。恐らく今までずっとバレないように計画的にストーキングしていたのに、思わず最近はバレる行動をとってしまったのなら何かしら小松川咲子にも理由があるはずで、それを切っ掛けに急に行動的になる可能性だってある。

「だよねー。」
「なんで?晴、そんなに同意?」
「え?だって日々見てるもん。そんなタイプ。」

その言葉にギョッとする了に晴は気にするでもなく暢気に笑う。ストーキングってやられてる方が不快に感じなきゃ、表てだった問題にならないんだよねなどと晴は平然と口にするのだ。了がなんなのそれと顔色を変えて、鳥肌のたつ腕を擦りながら震え上がった。

「えっ、そんなもんなの?ストーキングってこわっ!マジ怖いっ!」
「怖いよー?ね?しゃちょー。」
「あ?クソガキ、何が言いたい。」

怖いよね~と同意をワザワザ宏太に求めているところが、宏太も何か知ってるのかと了が真剣に宏太に問いかけてくる。晴のニヤニヤしている顔は宏太には見えない筈なのに、何でか宏太はそれを察した風にグルッと椅子を回して苛立つ顔で晴を睨みつけた。

「お前……これ以上余計な口きいたら、後ろの奴が話してること真夜中メールしてやるからな。」
「えええ?!やだ!やめてよ!しゃちょーっ!怖いからっ!ってか後ろって何?!何かいんの?!何いんの?!あっやっぱ言わないで!言われたら怖いっ!!」
「お前の後ろにはなぁ……。」

ギャーッと恐怖の悲鳴をあげる晴が耳を塞いで聞こえないようにしているのと、ストーカーって怖いなぁと染々している了を横に、それにしても小松川咲子は何で今になって目につく行動に出たんだろうと宏太は考え込んでいた。



※※※



そんなわけで宏太はあの姿では車内でとんでもなく目立つので、了と晴が小松川咲子の動向を確認している。久々のスーツ姿で、さも会社勤め時代のごとく電車に乗り込んだのは依頼されて僅か三日目のこと。久々とは言っても了は半年、晴は高々二ヶ月ぶりなので、スーツ姿にたいして違和感はない。ただし久々の満員電車は堪える。

「うー、満員キツい。」
「怠惰に慣れると、普通が辛いな。これは。」

梅雨明け間近の湿度と人間の体温にゲンナリしつつ、会社員を装い小松川咲子の背後から車両に乗り込んでいく。七月にもなって夏の様相になると満員電車は地獄だが、目の前には小松川咲子がいてその視線は当然のようにドアの側の長身を見ている様子だ。

「そう言えば、社長並行して何やってんの?」
「教えないんだよなぁ、ああいう時の宏太は頑固だし。」

七月に入った途端何やら宏太には電話がよくかかってきているが、宏太はそれに関しては口を開こうとしない。どうやら『茶樹』の面々と何かやっている様子なのだが、二人はストーカー班と言われて何も説明なしになっている。こんな風に何気なく晴と話ながら了が小松川咲子を眺めて、晴の方は仁聖を含めて広範囲に辺りを眺めている。何せ了の事は仁聖も見たら気がつくかもしれないが、晴の方はまだ顔を知らないからこの分担しかないのだ。

「あっつー…………成田……じゃなかった、スーツだと先輩に戻っちゃうねー。」
「はは、確かになぁ。」

笑いながら話す視界では、小松川咲子がサッと俯くのが見える。恐らく仁聖が振り返ったんだと了は何気なく思うが、僅かに今の小松川咲子の動きに違和感を感じもしていた。確かに仁聖を見ているとは思うが、思っていたのとは印象が違うと何処と無く感じるのだ。ただし行動としては調べた通りの行動で、小松川咲子は改札から出るとコーヒーショップに入り、予定したように五分程そこで駅の人の波を眺めて過ごす。
それを二日間確認して宏太から藤咲に連絡をいれたのだが、そこから暫くしてで今度は仁聖が階段から突き落とされそうになったと話が来て状況が変わった。何しろ小松川咲子が突き飛ばせる筈がない状況だと、宏太を含めて分かっていたからだ。仁聖が突き飛ばされたのは夕方十六時過ぎで、小松川咲子は仕事場で高校受験向けの授業の準備の真っ最中だった。
と言うわけでホームの画像の中に見知った顔がいないかどうか目下藤咲は老眼と格闘中で、二人は何か情報がないかと朝の観察を続けているところ。そんな七月七日金曜日の朝、了が何気なくネクタイを緩めながら首を傾げ呟く。

「……やっぱ、朝だけだよな。」
「だねぇ。」

晴も同様にネクタイを緩めながら、コーヒーショップの中で窓際に座っている小松川を眺める。小松川咲子は殆ど同じ席で五分ほど動く人混みを眺めて、何時ものように立ち上がって店を出るのを繰り返す。少し離れて後を追い始め店を出ようとした二人は、ふと珍しく小松川咲子が立ち止まっているのに気がついた。その姿は誰かを眺めているようにも見えるが、仁聖は当に駅の構内からは出ている筈だ。彼女は何かを見つけたみたいに肩にかけた鞄をギュッと握り、いつもの行動とは違う行動に出て駅の構内から足早に踏み出していたのだった。

「え?あれ、どうする?」
「どうするもこうするも、確認するしかないだろ?」

こういう場合、どうするのが一番なんだ?でもこの行動放っておける訳でもないし、そう考えながら咄嗟に了は電話をかけながら歩き出していた。
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