鮮明な月

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第十六章 FlashBack2

195.

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「もぉー!!はらがたつぅ!!」

そう大きな声を上げた金子美乃利の取り巻き達が慌ててチヤホヤと世話を始めるのを、ワインバー・エキリブレの店主・五條亮は木目を基調に作りつけられた渋いカウンターの中から呆れ半分に最近の店舗一番の金蔓であるその一行を眺める。この客足で客の名前のフルネームを知っているというのは珍しいだろうが、頻回な予約と店の中でも取り巻きが何度も名前を呼ぶからスッカリその客の名前は覚えてしまったわけだ。

それにしても、あのビルのオーナーの娘ねぇ……

と言うのは目の前の金蔓の親父が経営するビルは、近郊では怪我人が良く出るビルとしてビルクリーニング会社泣かせで有名な金子ビル。因みに何を隠そうこの話しも取り巻きと彼女が酔ってする自分の親の七光りの話しから知ったのだが、まぁそれを自分の力と勘違いした彼女の言動はハッキリ言うと世の中を舐めている。いや、別に舐めてるのは五條には全く関係のないことなのだが、せめて話題を放つ音量は下げた方がいいとは思う。

「何でせっかく私が再三…………!!」

そして目下最近の彼女の話題は、自分がどんなに引き入れようとしても自分に靡かないというイケメンの話し。五條にしてみたら金銭目的で寄ってくるチャラチャラした男より、そんな男の方がよっぽど好感度が高いのは言うまでもないが。しかもやっとの事で街中で接近遭遇したらタイプの違う美丈夫のイケメンに詰め寄られて……なんてどんな妄想かと言いたくなる話を延々としている。可愛いのかもしれないが、年齢相応の知性はないなぁとか自分の身の丈が分からない若さってのは素晴らしいね、と苦く思いながら、でもそんな行動ばっかりしていると世の中しっぺ返しが来るとも五條は思うのだ。

まぁ、俺には関係がない…………身元もしっかりしてるし、親の経営も安定……馬鹿なのは変わらないが

と言うのも以前もこんな風に店を利用していた金持ちの子供が実は違法行為に手を染めていて、その金で豪遊していた事があったからだった。その件は既に終息はしたが、内心では後味が悪い出来事でもある。

一年経つから、もう忘れた奴らも多いだろうけどな…………

それでも五條としてみたら同じような事態には触れたくないから、気になることは即あの男に相談という道筋になっている。あの男?あの男は…………以前は別業種でしかなかった自分が、飲食店舗を始めたのはほんの三年前ほどの事。飲食どころか店舗経営すら経験がなくて最初は中々波に乗れずに経営が火の車だった辺りに、偶々近郊で多数店舗経営をしている人物…………久保田というのだが、彼からコンサルタントをいれないかと持ちかけられたのが、実はその男と出会った切っ掛けだった。

彼は有能だから、一度試してみたらどうかな?

そういわれて紹介を受けた男が数日後に、約束通りの時間で現れた。ところがだ、現れたのは顔面は傷だらけで杖をついた長身の男で、久保田惣一に五條は騙されたんじゃないかと思ったわけだ。ところが店に訪れて早速見えない顔を巡らせたその男は、何とまぁ的確に自分が気がつかない店の問題点を指摘した。

ここ、料理は多国籍みたいだな?どちらかと言えばイタリアンよりか?

確かに言われる通りあまり固定の国の料理を出してはいないが、傾向はそちらよりだと答えると暫し考え込んだ様子で更に質問をされる。客足の多い時間帯、出てる料理の傾向、後は自分の方向性なんかだが、実はここまでの話しでも分かる通り最初は多国籍料理の居酒屋として経営していたのだ。すると彼は客の入りを見たわけでもないのに、立地とここまで歩いてきた人の流れからするともっと幅を固定した客層を狙った方が良いと言うのだ。

座席は全部で幾つだ?回転率悪いだろ?

何故か見もしないのに的確にそういうから回転率を口にすると、腰を据える席も必要だろうが回転数の多い一人で立ち寄る客のためにカウンターを作るのを提案したのだ。ここからは実は大学が近いのと会社員の流れも多いから客層は比較的に若いし、出していた多国籍料理というやつが大人数でつつくいうよりバルみたいな立ち飲みにも合うものばかり。それを店舗の中の調理やスパイスなんかの臭いで察したというから、この男何なんだとは最初は思ったわけだが。
結果として問題点を上げられた後のワインバーへの転身も、彼のコンサルタントの一つ。

外崎宏太

妙な男ではあるが、指摘は的確で結果としてコンサルティングを受けて転身したワインバーは、今では仕事の帰りにフラリとたちより一品料理とグラスワインを楽しんで帰る会社帰りのOLなんてものもいる。それにワインバーでデートなんてコジャレたカップルから、大口で奥の席でボトルを開けて腰をすえる奴らも多い訳で、お陰で儲かってはいる。そんなエキリブレの新たな問題は、ある意味では金子のような客とも言えた。飲み放題でもないのに一晩中エキリブレで飲み続けるのは、かなり金銭的にかかるのだ。勿論少しはワイン以外の酒類も置いているが、基本的にはワイン。赤、白、ロゼ、スパークリング位は誰でも分かるが、エキリブレに置いているのは、スティルワインと呼ばれる泡が無いワインでは、白、ロゼ、赤。スパークリングワインという泡があるワインでは、赤、ロゼ、白。酒精強化ワインなんて言うやつだと、フレーバードワインというやつ……ワインに薬草、果実、甘味料、エッセンスなどを加え、独特な風味を添えたもののことたが、サングリアなども置いてある。勿論グラス売りもしているし、ボトルでも販売はしているが、パーティーオーダーでなければ飲み放題はしていない。

だから、大口の客ではあるんだけどなぁ…………

そう、一年程前の件の似たような金遣いをして大口の客だったドラ息子がいて、その男は時には店を貸しきりにして一晩で百万近い金銭を落としたことが何度かあって。流石に奇妙に思った五條はその男に直接声をかけたのだが、その後男のした話が異様だったから外崎に相談を持ちかけたりもしたのだ。結果は詐欺行為なんかしていて警察に捕まったドラ息子は、警察から逃げている内に車に轢かれて死んでしまったという世にも無惨な結末。それを聞いてからというものの、尚更客の金払いが良すぎると五條は不安になってしまう。

まあ、金子嬢は違法行為とはいかなそうだけどな…………。

それにしても再三ここに出入りしているのは変わりなく、流石に百万まではいかないが万単位では飲食はしていて、親御さんは何も言わないのかねと心配にはなりつつある。週一でも万単位なら四回も来れば十万は越す可能性もあるのだ。

そろそろ、相談しとくかね…………

そんな風に考えて事前に動いてしまうのは、五條がわりと俗に言うイイ人だからなのかもしれない。



※※※



ギシリとベットの端が重みに軋んだのが闇の中で聞こえているが、それでも身動きをしない相手にそっと傍に寄り手を回す。宇野智雪からの連絡を受けてからというものの様々気が済むまで根回しをしておいてから宏太もこうしてベットに来たわけだが、先に休んでいろと言っておいた大事な了の身体を腕の中に納めると一際体温が暖かくて気が緩む。思わず抱き締めて柔らかな髪に顔を埋めて安堵の息を溢すとピクリと頭が揺れるが、了は寝たふりなのかそのまま身動ぎもしない。それに気がついていても顔を埋めるのを止めるつもりもなくて、更に抱き締めて身体を擦り寄せながら宏太はイソイソと何時ものように服を脱がせにかかったのだが。

「やめろ…………。」

ポソッと行動を遮る言葉が溢れて、宏太は思わず「ん?」と囁きながら様子を伺う。触れた肌は少し不機嫌そうに肌に触れようとする手を押し止めて、宏太は戸惑うようにそれに抵抗しながら了の腰を改めて抱き寄せた。

「やめろって。」

今度は寝ぼけてもいないハッキリとした拒否で、思わず腰を抱いたままで宏太の動きがピタリと止まる。駄目と言われると泣かれたり怒ったりするかもと過るのか、律儀に一度はちゃんと止めるようになった辺り宏太も大分丸くなったとは思う。それでも性行為あるなしに関わらず基本的に了の服を脱がせて抱き締めて寝る癖をつけてしまった最近の宏太には、薄い夜具一枚とはいえ実は邪魔なものでしなくても良いから肌は触りたい。

「しない。」
「でも駄目だ。」

悪戯も淫らなこともしないと宣言したのに、それでも了にキッパリと駄目と言われて何故か分からずに戸惑う。そんな宏太に闇の中で目を開いた了は上目遣いにその顔を見上げて、宏太の隙あらば動こうとする手を拒否し続ける。

「了?なんで。」

意味が分からないと言いたそうな宏太の問いかけに、何でもかんでもあるかと言いたげに了は不満そうに口を開く。正直に言うなればここ数日の宏太の行動は了にはいたく不満で、流石にもう納得できないところまで来ていたのだ。

「…………何する気なんだよ?え?ちゃんと言え。」

ここのところをハッキリ言わせないと宏太は自分一人なら大丈夫なんて考えて、了が冷や汗をかくようなとんでもないことをしかねない。最近では流石に『とんでもない』レベルの桁は下がったし頻度も下がったけれど、それでも普通の人に比べれば破格に酷い宏太の『とんでもない』。一応こんこんと説教をされるからどういうことはやったら駄目とは理解したけれど、それでも危機管理の感覚は晴は危機管理が甘いなんて人の事を言えないのだ。
大体にして目が見えない障害者が、何で最前線で殺人鬼やら犯罪者と直接対決するのか?そんなのは宏太の知り合いの人間兵器呼ばわりされている鳥飼信哉とかガタイのいい体育教師とか正義感の塊の刑事さんに丸ッとお任せしてもらいたい。そう言い続けるのは大事な伴侶に怪我をしてほしくないし、ずっと傍にいて忌の際に「愛してる」と言うと宏太は約束したのだ。

「言え。」
「…………それは…………。」

そして珍しくこんな風に口ごもるのは実は嘘をつけない宏太が、了に話すと都合が悪いと知っていて何かをやっているから。以前の外崎宏太は感情が顔に出なかったから嘘をついているのかどうなのか、実は了には分からなかった。でも、最近の宏太は顔に感情は出るし態度にも感情が出るから、嘘をつこうにも多分つけない。

宏太って見た目とか雰囲気の割に嘘下手なんだよな。

というのが最近の了の感覚。源川仁聖みたいにサラッと興味がないことには嘘をつけても大事なことほど嘘がつけないタイプ、狭山明良みたいに嘘なんかつけなさそうな顔して案外サラッと嘘はつけちゃうタイプとは、全く宏太は違うタイプの人間なのだ。宏太は昔から嘘をつくのに齟齬が生じるのが面倒だし嘘がバレた後の説明が面倒くさい人間だから、結局は嘘をつかないので結局は嘘が下手。まだ傷がなかった頃の飄々とした卒のないイメージとは、実は真逆の不器用な人間なのだと知ってしまった訳で。気がつけば昔のセフレの件でも、割りと粗の多い嘘だった。

そりゃそうだよな、自宅に呼んでるには女の気配もなきゃ、かち合ったこともないんだもんな。

了は言うまでもなくあの頃《random face》に頻繁に入り浸っていたし、それ以外にも自宅に泊まったり片倉右京とも絡んでいた訳なのだ。それ以外にもバーを経営して、裏ではパーティールームに設置した隠しカメラの映像を編集したりしてきたのだから、日々忙しすぎてそれ以外の事をしていた様子なんて見たこともない。

「言わないと駄目か?」

戸惑きながらそんな風に問い返すようになったのは、ここ最近の宏太の大きな変化だ。少なくとも了にだけはちゃんと説明しておかないと、後が怖いとは理解したに違いない。

「話したくない?」
「…………あまり…………。」

素直にそう答えたということは、当然宏太には危険なことをしている自覚もあるし、これから更に危険になる可能性も理解しているということだ。ここ最近危険な目に遇うようなことをしたり急に弟に会わせたり(会わせるつもりではなかったと宏太はいうのだが、どう考えてもあれは自分と会わせたかったのだとしか了には思えないのはここだけの話し。)、何とはなしに嫌な予感もしている。

「話したくないならいいけど……言っとくけど、危ない事すんなよ?」
「分かってる。」
「俺が少しでも危ないって感じたら、アウトだから。」
「は?」
「だから、俺が危ない事したって思ったらアウト。分かったか?はい、は?」

何を言ってるんだと言いたげな顔を宏太がするのに、了は完全な予防線をはる。宏太は自分の危険回避には疎くても了への危険回避だけは過敏だから、了が少しでも納得しないと危険行動とみなすなのは想定できる筈。つまりは了基準を考えて行動しないと、宏太がしたくても了が色々なことを拒否するからと脅しているわけだったりする。

「なんだそりゃ?そんなの…………。」


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