鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話3

間話119.そしておまけの爆弾投下

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『あらやだ、了ちゃんたらぁ。』

電話口の向こうでそう朗らかな声で笑うのは、言うまでもないが久保田惣一の妻・久保田松理その人である。外崎邸の前の持ち主でもある松理に地下の秘密の部屋の扉の開け方を聞いた外崎了は、愛でたく秘密の部屋を発見したわけだ。

普通半分秘密の部屋の地下室があったら、それ以上の秘密の部屋があるなんて考えるわけがない。まぁ、そこがあの奥の秘密の部屋の秘密足る所以ということなのかもしれないが、そういう意味では設計者の意図は恐ろしい。源川仁聖の父親・源川春仁は秘密基地マニアだとは聞いているが、本気でそれに力を注いでいたとしか思えない節が強すぎる。それをいえば『茶樹』の秘密の部屋なんかも、かなりマニアックな作りだし……等と了が遠い目をしてしまうのはここだけの話。

それはさておき、秘密の部屋の中にあった代物は今までの大量のエロ下着やら拘束のためのお道具なんかとは話が違った。身体に完全フィットするエナメルのボンデージ衣装が、キチンとムシに食われないよう完璧保存で箱に整えられて(今更だけど了の目に触れる前の品々の保管は宏太本人がしていたわけで、内心ではこれを宏太が丁寧に整えてたのかと考えると少しだけ了としては笑える。)保存してあったのだ。
お陰で外崎宏太とある意味では一悶着したわけなのだった。
とは言え何とか落ち着いたところで部屋の扉の存在を教えてくれた松理に、改めてお礼の電話をした了なのだが、『因みに何が入ってたの?』と聞かれて隠す相手でもないなぁ(何しろ松理との初対面の時、宏太とナニをしている真っ最中だった。というのもあるし、松理は惣一曰く宏太が調教師時代からの長い付き合いだというから今更隠すのも馬鹿馬鹿しい。)とボンデージ衣装の話を教えたのである。そして『出来ることなら当時を見たかったです』と呟いた了に対しての、松理の返答がこの冒頭の一言なのだった。

『私、写真ならあげるわよ?画像データ保管してあるもの。』

はい?!画像データ?!何でまた宏太のそんな写真を松理ねぇさん、もってるの?!と思わず前のめりに倒れそれそうになりながら聞いた了に、だって仕事でこういう奴が調教師ですって使うものと松理は平然として言う。つまりは宣伝用?でも宣伝ってするような仕事では、流石にないような気もする。それに随分昔に宏太は調教師を辞めてるのに?と了が呟くと、松理は電話の向こうで恐らく愛娘をあやしながらなのだろうがコロコロと鈴の音のように

笑う。

『そんなの、宏太が悪さした時に脅迫するためにちゃんと、とっておくに決まってるでしょ?』

そう平然と答える松理に、(そうだった、この人惣一さんが手も足も出ない程の策士だったんだ)と了も心の中で思い出してしまう。ついでに内心では、絶対これって宣伝とかじゃなくて、こっちの方が本音で保管されてたんだろうなと薄々感じてしまう了なのだった。



※※※



と、いうわけで『見たいならあげるわよ?』と当たり前のように言われた了は、思わず下さいとお願いしてしまったわけである。そしてそのために、久保田家自宅に訪問ではなく何時もの『茶樹』を、訪れることになったわけだったりする。というのも松理は丁度娘の三ヶ月後検診で少し出掛けて来るから、外の空気も吸いたいし午後ならここでと松理の方から指定されたから。当然だが写真を貰うなんて言えないから宏太は自宅で仕事をさせて置いてきたし、晴の方も丁度仕事先に書類を渡しに外回りしている最中。了自身の仕事は一端落ち着いたところなので、タイミングもいいということになったのである。
カランと軽やかな音を立てて扉を開けると、この店には一定のタイミングで訪れるアイドルタイム。『茶樹』はここいらではかなりの人気の店なのだけど、不思議なことに確実にアイドルタイムが存在している。しかもそのアイドルタイムの方ばかりに訪れるメンツは決まっていて、了はどちらかといえば後者にはいっているのだ。そして後者に含まれるのは了だけでなく、宏太や仁聖、鳥飼信哉や榊恭平のように惣一とも懇意だったり店の常連にもなっているメンツが多い。まぁ経営が成り立つ一端がそこにあるのかもしれないが、時々あまりの客の少なさに表の札をクローズに変えてるんだろうかと不思議に思う時があるくらいだ。まぁ、惣一が多店舗経営で安定しているそうだから、この『茶樹』の経営は他で補填しているのかもなんて考えていたら

そんなやわな経営してないよ?了君。

と何故か見透かされたことを指摘されて、了はビャッと飛び上がったことがあるのはここだけの話である。少なくともこの状態でも『茶樹』は黒字経営なのだそうで。話しはまたずれたので元に戻すが、扉の向こうは閑散としたアイドルタイムで、他のスタッフも休憩中なのか店の中にはカウンターを挟んだ久保田夫妻とベビーカーの上の愛娘・碧の姿のみである。

「了ちゃん。」
「あぶー!」

昼過ぎのお昼寝タイムでも良さそうなものなのに、ベビーカーに乗せられてのお出かけが楽しいのか久保田家の愛娘・碧希ちゃんは了の姿にとっても上機嫌で手をバタバタと振っている。その姿に相変わらず了ちゃんが好きね~と松理が呑気に口にしたものだから、カウンターの中の久保田惣一の視線が正直真剣すぎて怖い。歩み寄った了に、惣一の氷の視線が突き刺さっている。

「了くん、…………うちの碧希はお嫁にはやらないからね。」
「馬鹿ねぇ、惣一君たら。了ちゃんはとっくに宏太のお嫁さんなんだから、無理に決まってるでしょ?」
「あぁ、そ、そうだね、(でも戸籍的には了君は女性との結婚は可能なんだよ?!幾ら宏太の嫁でも)。」

いや、そうだねでもないし、何でかその後に心の声がハッキリ聞こえた気がする。戸籍云々を含めた惣一の内心の声に、まだ生後4ヶ月にもならない娘の嫁ぐ話で今からこんなに目くじらを立てないで欲しい。内心ではそう思うが長年……聞けば既に久保田夫妻は内縁の期間を含めれば20年もの付き合いだというから……子供をとても欲しがっていた惣一だから、この可愛がりようはまぁ仕方がない…………かもしれない。少なくとも娘が物心ついたらウザがられそうだなと思っていることは、口にはしないでおくべきだと了だけでなく周囲の誰もが思っている。

「それで何でまた昔の写真?了君。」

しかも先にきていた松理は、了がここにきた理由である写真の話を既に惣一に話してしまっていたらしい。そこで再び秘密の部屋に宏太の昔の仕事着が保管してあった話しを了が教えると、惣一は驚いたように目を丸くする。

「なんだ、あれ、まだとってたの?真面目だなぁ、宏太は。」
「真面目って言うか、馬鹿真面目でしょ。惣一君が保管しておくように言ったからでしょ?ちゃんと保管してたのって。」

というのは衣装は惣一の店で働いていた初期に惣一が作ったものなのだそうだが、数ヶ月して着なくても良い状態になった宏太に惣一が『初心を忘れないつもりで、保管しておけ』と命令したのだそうである。もし初心を忘れるようなことがあったら、これ着せて客に回させてやるなんて脅しもしたとかしないとか…………当時の惣一がどんな感じだったのか分からないが、何故か聞いていて目が笑っていない気がして背筋が凍るのは何故だろう。兎も角、そんなわけで宏太がまだそれをきちんと保管していたという話しに、惣一は感嘆めいた声を上げる。

「確かにねぇ、あの辺りの宏太は少し心配だったしねぇ。」

どういうことですか?と問いかけると、元々少し危なっかしいなと兄弟のように宏太を心配してくれている惣一ではあるのだが、当時の宏太は尚のこと心配だったのだという。当時の宏太は、分かっているようで分かっていない。頭も良くて要領も良く何でもこなせるのに、何故か危険な事に自分から突っ込んでしまう。何度言っても危険に真っ向勝負で突っ込んで、怪我をしたりギリギリ危険回避で惣一が駄目だと口にしても『大丈夫』の一言。本当に頭いいの?人の話し理解できてる?と惣一も思うこと然別だったそうだ。

「それ、惣一君が言う?」
「あぶぅ。」

冷ややかな松理の言葉と何故か娘・碧希迄母を擁護するように声を上げたのに、カウンターの中で惣一が視線をそらしたのはさておき。勿論今の宏太もその気配はあるのだが、了が傍にいるようになったお陰で宏太もある程度の危険を回避しようとするようになったから大分安心出来るようになったそうだ。

「それで、これねー。こっちが最初の時のでぇ。」

話を切り替えた松理がそんなことを良いながら、二ッコニコの笑顔で写真を取り出す姿は正直に言うと絶対楽しんでいると思う。差し出されたのは恐らくバックヤードから舞台に出る直前のところを撮影したものなのだろうけれど















………………破壊力がありすぎた。







※※※



「あっつー!久保田さーん!アイスコー…………了?」

夏の気配のする外から逃げ込むように『茶樹』にスーツ姿で駆け込んだ結城晴が、何でか奥のソファーで頭に氷入りの袋を乗せている了の姿に思わず声を上げる。カウンターの奥から『いらっしゃい、晴君』とにこやかに声をかける惣一にこんちわと声をかけながら、頭を冷やしている了にと晴が歩み寄る。

「どしたの?熱中症?」
「あー…………晴…………、いや、…………逆上せた…………。」

逆上せって熱中症じゃないの?と晴が首を傾げているが、実際には気温による逆上せではないので熱中症とは言えないと思う。まさか写真程度で目が回るとは思わなかったのだが、若い頃の宏太のボンデージ姿写真はとんでもなかった。というか、全部同じ衣装なのだろうとたかを括っていたら衣装らは2種類で、しかもどちらも危険性が高すぎる。勿論宏太自身の股間なんかは表には曝されていないのだけれど、ハッキリ言うとヤッパリ下着1枚より遥かにイヤらしい。片方は先に見ていた側面が完全シースルーのボンデージ衣装、そしてもう1つは太腿の前後にシースルー部分が変わり所謂ウェスタンチャップスのように生地が脚を覆う形に変わっていた。股間は勿論レザーのボトム部分に覆われてはいるのだけど、前のより更に露出面が多くて目のやり場に困る代物だったのだ。

「はい、晴君。」

中途半端な注文だったのだが常連の慣れなのか何時ものアイスコーヒーを惣一から差し出された晴が、惣一に今日暑いもんねーと呑気に言っている。因みに松理は写真を見てひっくり返った了がソファーで横になったのを確認して、碧希を連れて帰宅したところ。よいしょとクラクラする頭を押さえながら起き上がる了に、アイスコーヒーを啜りながらの晴が『ホントにダイジョブ?』と首を傾げている。

「帰れる?タクシー呼ぶ?」
「いや、ほんと大丈夫。ちょっと逆上せただけだから。」
「逆上せて倒れてる時点でダイジョバないと思うけど~?」

ネクタイを緩めながら言う晴の意見は最もだけど熱中症で倒れたわけではないが、流石にエロい彼氏の写真を見て逆上せたなんて説明しようもない。それが分かっているから惣一も苦笑いで、了には最近人気メニューのデトックスウォーターを差し出す。これは去年位から妻の松理のためにメニューに増え始めたデカフェメニュー類の1つで、新鮮なフルーツを浸したミネラルウォーター。ミネラルウォーターとしての単価としてはと思うが、更に新鮮なフルーツを浮かべて提供される割には安価なのが恐らく人気の理由だと思う。

「帰るなら晴君と一緒にね、了君。」
「すみません、迷惑かけちゃって。」
「いや、まさか写真で…………おっと。」

流石に写真を見てひっくり返ったと説明すると問題と思ったらしい惣一に晴は写真?と首を傾げているが、タイミング良く新たに客が入ってきたのに踵を返す。

「どする?一休みしたら、帰る?了。」

一息つけたのか晴がそういうのに、了はそうだなとソファーから身体を起こして冷たい水分で喉を潤す。そうして立ち上がった了は確かに足元も確りしているからと、テイクアウトの客の対応をしているの惣一の挨拶をして変わりに顔を出した鈴徳良二の彼女・佐倉に支払いを済ませて帰途につく。

「寝不足じゃない?最近。」
「あー…………ほんと、大丈夫だから。晴。」

心配してくれているのは重々承知している訳なのだが、本当に暑さに倒れたわけではないのでこれ以上説明出来ないのだと匂わせて了が苦笑いする。寝不足ではないと言いきれないのはさておき確かに足取りも確りしている了に晴は安堵した様子で、仕事の他愛ない話をしながら外崎邸迄ならんで戻った訳なのだが。

「…………了、なんか……おち…………。」

上り框で鍵を取り出したりしていた後の了が偶々落とした物を何気なく拾い上げた晴の顔がポカーンとしているのに、振り返った了はヤバいと顔色を変えて咄嗟に晴の口元を押さえようとする。

「何?この写真?!もがっうぐっ!」

しーっ!!!と慌てて声を立てないでと押さえ込んでは見たものの、

「何だ?写真って。」

背後からそうヒンヤリとする声がかかったのは言うまでもないのだった。



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