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第三十九章 君臨する支配者は決定事項に咽ぶ

禁忌の技術の結晶

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ドッペル達が始めに死の兆候を見せた時、クラールの残り時間は一週間から半年と言われた。期間が長過ぎる、半年も国王の仕事を休む訳にはいかない。けれど明日死んでもおかしくないクラールを放って仕事なんて出来ない。

『先輩、魔物使い様、起きてます?』

ベッドに入ったものの少しも眠れず寝返りを繰り返していると、顔を覗き込まれる。

『ベルゼブブ様、どうされました?』

『……勝手に部屋入ってこないでよ』

アルも起きていたようだ、いや、僕が動き回っていたから眠れなかったのかもしれない。

『ちょっと話したいことがありまして。霊体の劣化で死ぬなんて普通ないじゃないですか』

『……そういう体質だったんだよ、兄さんから聞いた、治らないって。話すことなんかないよ』

上体を起こして枕元に置いた籠の中のクラールを見ればクマのぬいぐるみを抱いて気持ち良さそうに眠っている。この眠りが覚めないうちにベルゼブブを追い出してしまわなければ。

『確かに解決策はありませんが……私、原因分かるんですよ。それも聞きたくありませんか?』

原因? 消化吸収に障害がある理由? そんなものあるのか、あったところで解決策がないならないのと同じだ。いや、確か窮極の門の前で四人目の子供からは大人に育つと聞いた。解決策はなくても予防策はあって、それは原因を知れば出来ることなのかもしれない。

『…………聞く』

『では、単刀直入に。原因は先輩です』

『私……ですか?』

聞くべきではなかった。少なくとも時期ではなかったし、僕だけで聞くべきだった。ただでさえ責任を感じやすいアルに原因があるなんて聞かせたくなかった。

『バアルの知識なので間違いありません。産まれる前に与えられる霊体は素材なんです、魔力並び神力の属性密度容量は決まってないんですね。これが決まるのは肉体を手に入れてから、魂の情報や父母の情報を元に構築されるんです。魔物使い様は魂の情報によって支配属性の霊体が完成したんですね』

難しい話だ。気が立っている今聞いて理解出来るだろうか。

『……じゃあ、早死にする魂ってわけ? それならアルに原因はないよ』

『ちゃんと聞いてください。父母の情報も使うって言ったでしょ』

おそらく、魔法の国や武術の国で見られた特定の一族が似た力を持つ理由だ。例外は僕のように魂の情報が強く引き出された場合だろう。

『霊体がどうやって魂を包み、どうやって魂と肉体とリンクしているのか。ここが上手くいってないから霊体に寿命が来るなんて不思議なことが起こったんですよ』

『…………私に、魂が……無いから……?』

『流石、先輩は魔物使い様と違って理解が早い。お利口さんですね』

また僕を馬鹿にする……ベルゼブブは他者を嘲らなければ禁断症状でも出るのだろうか。

『魂がなくて、核と肉体が直接繋がって、その上魔力は無限生成。そんな自然にはなり得ない不気味な作りを参考にしようとして失敗したんですね』

『待ってよベルゼブブ、情報として使うのは父母なんだろ? 僕のは? アルだけのせいにしないでよ』

『魔物使い様のを参考にしていればかなり強くなったはずですよ、普通に半不老不死の魔物として産まれたはずです。神の傑作である魔物使いの魂が数個の天使の魂を取り込み、霊体は魔力神力複合、属性も複数……』

改めて聞かされると自分のことなのに訳が分からないな……訳が分からない? それほど複雑なら子供達に影響を出したのは僕の方ではないのか?

『僕の方が複雑なんじゃないか、じゃあ原因は僕だよ』

『複雑じゃありませんよ。貴方様の状態はド単純です。魔物使いの魂、霊体が複数のモノを取り込んでいるだけで数は一つですし、取り込んで大きくなった分設計を真似るのは楽なはずです』

『設計真似るのが楽で強くもなるのに僕を参考にしないのはおかしいよ、ベルゼブブ、魔物使いだからって僕庇わなくていいから本当のこと教えて』

舌打ちが部屋に響く。面と向かって舌打ちされるようなら庇われていなさそうだ。

『ほんっと先輩大好きですねぇ魔物使い様は……私今のところ本当のことしか言ってませんよ。魔物使い様庇って私に何の得があるんです? 勘違いしないでくださいこの真性ズーフィリア』

『な、何それ……悪口?』

意味の分からない言葉を使って罵られても対応出来ない。

『そもそもですねー……合成魔獣ってめちゃくちゃ遺伝子不安定なんですよ。普通の交雑種でも不備が出ること多いのに三つも混ぜたもんが別のもんとヤってマトモなもん出来ると思わないでください』

声色に苛立ちが混じる。ベルゼブブは深いため息をつき、アルに顔を寄せた。

『……合成魔獣なんか、本来存在していい生き物じゃないんですよ』

頭で考える前に手が出た。僕は気が付けばベルゼブブを床に押し倒し、首を絞めていた。

『事実でしょ。どこの国でも言われてることです、生命で遊んではいけませんってね。国連加盟国の中でも地位の高い科学の国が生命で遊びまくってるってのがまた面白いんですけど、私は一般論言っただけなんですからそんな怒らないでくださいな』

どれだけ手に力を込めてもベルゼブブは詰まることなくアルを否定する。爪を立てても皮膚は破れず、骨も折れない。首を掴んだまま頭をゴンゴンと床に叩き付ける──背後で窓が開く音が聞こえた。

『……アル?』

ベルゼブブの首から手を離して振り返れば、ベッドの上からアルが消えていた。まだ体温の残るシーツの上には兄が作ったスカーフが落ちている。カーテンが揺れて頬を風がくすぐる。

『アルっ!』

ベッドを乗り越えて半開きの窓から外に出る。窓枠を蹴り、塀を踏み、翼を現して高度を上げた。満天の星空とそれに負けない美しい夜景に挟まれ、どちらにも目もくれずアルを探す。

『カヤ、カヤ! 乗せて、アルのところに行って!』

カヤを呼び出して跨り、一瞬の風圧に耐える。視界が黒く染まる──アルは灯りのある場所から離れたようだ。ここはどこだろうと考える暇もなく全身を刺すような冷たさに襲われる。驚いて口を開けば体内に冷たさが侵入する。

『……透過! あ、危な……寒かったぁ……』

どうやらここは水の中らしい。少し浮かべば水面から顔を出し、月を見上げることが出来た。近くの岩場に登り、カヤにアルを連れてくるよう言った。最初からアルの方を運ばせるんだったななんて考えながら、腕の中に現れた愛しい獣を抱き締める。

『…………アル、アル、大丈夫? 起きて……』

ぐっしょりと濡れた毛皮に翼は氷のように冷たい。透過を解いた僕の身体から体温を奪っていく。

『カヤ、家戻って。暖炉の前!』

言い切る前に僕達は暖炉の前に運ばれた。横に積まれた薪を投げ入れ、急いで火を起こす。暗闇の中に赤い炎が揺れる光景は幻想的だが、見蕩れている場合ではない。

『アル……アル、大丈夫? 寒いよね……暖炉つけたよ、起きて……』

アルは不老不死だ。数秒間冷水に浸かった程度で死ぬはずはない。そう分かっていても腕の中の体温に恐怖を覚える。

『……………………ヘ、ル……?』

『アルっ! アル、あぁ良かった、アル……』

暖炉の前で毛布に包んだアルを抱き締めて数分、アルが目を覚ました。

『大丈夫だよ、すぐに温かくするからね』

背や腹を撫で摩って温めていた腕に黒蛇の尾が絡み、毛皮から離す。

『……アル? な、何? 気持ちいい撫で方じゃないかもしれないけど、こうしたら早く温まるから』

『…………要らない』

『な、何が? 寒くないの?』

『……私なんて、放っておいて』

弱々しく呟いて起き上がろうとする。慌てて抱き締めて止めると、アルは翼を激しく動かして抵抗した。

『離せっ! ヘルっ……離してくれ! 私は、私なんてっ……』

暖炉の傍にあった椅子が尾で弾かれて吹っ飛び、翼の端に火が燃え移る。ひとまず魔物使いの力を使ってアルの動きを止め、火を踏み消して近くにあった物を全てどかし、再びアルの頭を抱き締めて力を解いた。アルが暴れても大丈夫なようにと傍にあった物を奥に寄せたが、アルは暴れなかった。

『…………アル?』

『……私は、存在していい生き物では無いんだ』

翼も尾もピクリとも動かさず、喉だけを震わせる。

『だから……』

『死なせてとか殺してとか言う気?』

『…………』

『アル……アルが存在しちゃいけないって言うのは、生命で遊んじゃいけませんって言ってるほとんどの国の奴らなんだよね? ならそいつら消したらアルは死なせてなんて言わないよね? アル、ちょっとだけ時間くれない? アルのこと悪く言う奴全員殺してくるから』

『ヘル……? ま、待てっ! やめてくれ』

立ち上がろうとするとアルはようやく身体を動かした。僕を抱き締めようとする翼も足に絡みつく尾も何もかもが可愛らしい。

『大丈夫! 僕強くなったから、アルに心配させるような怪我しないよ』

可愛い仕草にやる気が出る。今なら何でも出来る気がした。

『違う! 私は……えぇと、私はな、ヘル……別に人に言われるから死にたいと言っているのではない。それで死ぬならとっくの昔に死んでいる』

『……そんなに言われたことあるの? どこの誰か覚えてる?』

『ずっと昔の事だ、もう生きてはいない』

なら墓でも蹴ってやろうか。

『ヘル……』

『なぁに、アル』

『私を、捨てて』

『…………分かった。よく、分かったよ、アル』

アルがそんな事を言うのなら、僕も覚悟を決めなければ。
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