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第四十章 希少鉱石の国で学ぶ人と神の習性

怪域

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背側は黒、腹側は白。瞳の少し後ろに白い丸があり、それが目のように見えて可愛らしい。そんな体色の逆叉という魔獣に乗って僕達は海上散歩……もとい、海軍に入ってくれる魔獣を探すという重要な仕事をしていた。

『潮風気持ちぃー! やぁー、速い速い、ちょっと怖い』

僕達を乗せた逆叉は背を海中に沈めることなく泳いでいる。本来なら潜って移動するのが主だろうに、気遣いの出来るいい子だ。

『むー……』

アルは潮風の匂いも水飛沫も気に入らないようで、何とも言い難い表情をしている。

『クラール、どう? 楽しい?』

『きゃう! きゃふきゃふっ!』

遊園地で乗った物よりもスリルがあると思う。楽しんでくれているようだ、怖がらないかとの心配は無用だった。

『……ヘル、何処を目指しているんだ?』

『クラールが泳げる暖かい海。あと、強い魔獣が居たらそっち行くように言ってる』

今乗っている逆叉は中級魔獣だ。その巨体と知能はかなりのものだが、魔力は決して多くはない。海洋魔獣にはそういったものが多い、海の世界は魔力より筋力なのだ。

『…………方向転換したぞ』

ゆっくりと曲がっていくのではなく、突然鋭角に曲がった。しばらく進むと岩場が見えてきて、逆叉達はそこで速度を落とした。飛び移る選択肢が浮かぶほどの速度で岩場の周りを回っている。

『……何か居るのかな? アル、どの辺か分かる?』

岩場は不思議な形をしている。白い大きな棘が海面から突き出しているのだ。

『それだ。見えないのか?』

『それってどれ? 岩場の影とかに隠れてるの?』

『岩場……? 岩場なんてあるか?』

首を傾げて本気で言っている。僕はアルが心配になりつつも白く細長い岩場を指そうとした、しかし、岩場が動いているのを見て動きが止まる。

『……ォ、ォオオォォオオ才オォォオォォォオオォ……』

何にも喩えられない不思議な音。神秘的な、異界の雰囲気すらある、情緒のある物悲しい音だ。

『この声は……鯨だな。ヘル、これは鯨だ、骨鯨』

パシャン、とその巨躯が持ち上がる。バシャン、と海面に横たわるようにして一度沈む。その全容は確かに海洋魔獣の骨らしく見えた、鯨の骨格なんて知らないから何となくでしかないけれど、鰭のような物が分かった。

『骨鯨……っていう魔獣?』

『いや、霊や妖怪に近い筈だ。妖鬼の国が近いのだろう、あの国の魔物特有の気配がする』

『そっか……とりあえずスカウトしてみよう』

『大丈夫か? 妖怪とやらは意味の分からんモノだ、あまり関わりたくない』

クラールをアルに渡して逆叉の背に立つ。背びれを片手で掴んで支えにし、もう片方の手を口に添えて拡声の助けにする。

『……はじめましてー!』

出せる限りの大声を上げる。

『僕は、魔物使いです! 今日はあなたにお仕事の斡旋を……ってうわぁっ! な、何、急に……』

乗っている逆叉が突然乱暴に泳ぎ出した。速度を上げて骨鯨から離れている。

『お、怒らせた……?』

『……いや、違う。人魚だ、近くに人魚の群れが居るらしい』

人魚というとツヅラの混血の片割れか。下半身が魚の妖怪だったな。

『…………狩りの最中のようだな。だから離れている』

『へぇ……殺し屋とかギャングとか言われてるのに? 人魚って結構危ないの?』

『歌って獲物を狩るからな、聞こえる範囲に居るとまずいんじゃないか? 海は範囲外だ、良く知らん』

範囲外でもそれだけ詳しければ十分だ。逆叉ほどの速度ではないが骨鯨も同じ方向に泳いでいる、落ち着いたらこのままスカウトの続きをしよう。

『人魚の獲物って何?』

上半身が人間なら口も人間だろう、そう硬いものや大きいものを齧るとは思えない。

『人間だな。船を沈めるらしい、だから人魚が出る海域では人魚避けの音波を出すのだが……慣れてくるとその音で船の位置がバレるからな』

『人食べるんだ……そういえばツヅラさんもツヅラさんじゃなかった時だけど人食べてたなぁ』

人肉か、腹持ちと味が気になるところだ。

『…………気にしないのか? 人が、喰われて』

『目の前で助けてって言われたらそりゃ助けるかもだけど、襲われてるとこ見てないし、人魚達に代わりのご飯用意するのも難しいし、今回だけ助けようってのは無責任だし』

『……そうか』

アルは僕にどんな反応を望んでいたのだろう。同族なら何も考えずに救うような性格を僕に求めているのなら大きな間違いだ。

『遅くなってきた……よし、骨鯨さーん! すいませーん、聞いてくださーい……っていうか人の言葉で大丈夫かな』

『魔物使いの力を使うよう意識しろ、貴方は魔物相手なら一方的に話せる』

僕が聞き取ることは出来ないから会話にはならないが命令は通ると? 何だか寂しい。
前方に砂浜が見え、逆叉がそこに乗り上げる。骨鯨も随分陸近くまで来た。鯨類というのは案外向こう見ずなのか、それとも海に戻れる自信があるのか。

『えーっと、色んな国に魔物の軍を配置する予定で、それの数合わせになってもらいたいんだ。 別に戦えとか守れとかは言わないよ、ご飯も渡す。居てくれるだけで威嚇になるし、何かあったらにいさまと兄さんが片付ける』

『…………ォオオオォオォオォォ……』

『……アル』

『鯨の通訳は無理だ』

『…………その辺に人魚居ない?』

『群れから全速で離れたばかりだ』

了承かどうかすら分からないで魔物の軍なんて作れない。万物と会話出来る耳と口が欲しい。

『……君、残って。他の子達は酒色の国に帰投、骨鯨、僕の部下になってくれるならあの子達について行って』

僕が乗っていた個体を残して逆叉達が引き返していく。骨鯨も身体を反転させてついて行った。どうやら了承してくれていたようだ。

『…………キュー?』

べちべちと砂浜を叩くひれ、微かに傾いた頭、なんとも愛らしい。群れの仲間が居なくなって不安なのだろう。

『ちょっとクラール遊ばせたいからさ、もうちょっとだけ待っててくれる? 君もしばらく自由に泳いでていいから』

『……キュー』

白と黒の巨体を力づくで翻し、海中に戻る。砂浜に上がるのはやはり命懸けなのではないだろうか……まぁ、戻れなかったら僕が戻すから今回はいいのだけれど。

『さ、クラール、遊ぼっか』

『きゃう! おとーたん、きゃふっ!』

『アルは? 水浴びする?』

『……いや、少し周りを見てくる。位置確認も必要だろう』

帰る時はまた逆叉に乗るし、彼が帰り道を覚えているだろうから別に要らないと思う。もし彼が迷ったらカヤに頼めばいい。

『一人で行くの?』

『心配か?』

アルは防護魔法を始めとしてアルを無傷で生存させるための様々な魔法陣が描かれたスカーフを見せびらかすように尾を振った。

『何かあったら吠えてね。五分経って帰ってこなかったら探しに行くからね』

『分かった。心配症だな、旦那様は』

嬉しそうに頬を太腿に擦り付け、砂浜に可愛らしい肉球の足跡をつけて僕の視界から外れていく。

『……ち、にぃ、さん……』

『おとーた、わふわふ!』

『ろく……あぁ、クラール、波楽しい? しょっぱいから飲んじゃダメだよ。さん、しぃ……ぁ、それヤドカリだね。あぁこらいじめないの…………きゅう、にじゅう。いち、にぃ……』

『ゔぅー……わんわんわん!』

『ヤドカリに威嚇しないの』

三十秒経った。あと四分三十秒。

『おとーた、おとーたん、おっかけ、ちぇ!』

クラールが波打ち際を走り出す。見えないくせにまた躊躇いなく走って……砂浜には障害物がないからいいか。

『え? ぁ、待て待てー…………ごじゅっ、はぁっ、いち、にっ……あれ、クラール速くない……?』

これで一分。あと四分。
波打ち際を走るクラールは案外と早く、鬼の力を発現させなければ捕まえられなかった。クラールに触れる寸前で力を引っ込め、丸く戻った爪を素早く確認し、クラールを抱き上げて砂浜に横たわる。

『つーかまーえたぁ!』

『きゃうっ! わふ……おとーたん、わぅう!』

『ふふ……離さなーい、絶対離さないよー?』

『わふっ!? わぅ! やぁー! おとーた、はなちぇ! おとーたん、やぁ!』

後ろ足で僕の下腹を蹴る可愛らしい娘。離したくない、天に昇らせたくなんてない、ただ身体が弱いだけならどうにでもなったし、霊体が魂をしっかり包んでいたならしばらく幽霊として取り憑かれてもよかった。死後の滞在は僕の娘達には消滅を意味するらしい。

『好きだよ……クラール、大好き……』

『わぅ……おとーた、くぁーぅ、おとーたんすきー』

『うん……うん、ありがとう、クラール……』

『ぇも、ずっといっしょ、ぁめなの』

『うんっ……分かってるよ、大丈夫……知ってる。引き止めたりしないから……だから、今は』

死期を悟っているなんて、こんな幼い子供に随分な仕打ちじゃないか。天界のせいではないと聞いたけれど、それでもこの運命を憎まずにはいられない。愛する娘が死んでしまう悲しみを、生きている者全てへの嫉妬と憎悪を、何か一つにぶつけなければ僕は世界の滅びを早めてしまう。
どうか、恨ませてください、神様──あぁ……五分経ったな。
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