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おしごと
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雪兎が部屋を出ていって何時間経ったか、薄暗くなった部屋では時計も見えない。
首輪の紐はベッドの足に括りつけられており、照明のボタンはベッドから遠く離れた扉の横にある。
雪兎が居たのは昼過ぎ、カーテンを開けていれば照明なんて要らなかった。
「ふーっ……ふーっ、大丈夫、大丈夫……ここは、安全。大丈夫……」
交通事故は夜だった。大雨で、前が見えず、逆走してきた車に父は気が付かなかった。
あれ以来暗い場所が怖い、狭い場所が怖い、雨音が怖い、車のライトが怖い。
何故、俺だけ無傷だったのか、未だに分からない。警察やら病院やらニュースやらで、俺が座っていた位置が──なんて説明は嫌になるほど聞いたけれど、理解は出来なかった。
「……なんで、なんで俺だけ、生き残って……」
一緒に死んでしまえれば親戚中をたらい回しにされることも、陰口を叩かれることも、学校で無視されることも、マスコミに追いかけ回されることも、首輪をつけて飼われることもなかったのに。
「ポーチー! ただいま、いい子にしてたー?」
「…………ユキ様、おかえりなさい」
「うん、ただいま。ごめんね? 電気忘れてたや、暗かったでしょ」
「……はい」
「ポチって暗いの平気? 僕は豆電球ないと眠れないんだよねー」
「…………怖い、です。怖くて怖くて、息が……出来なくなってしまいます」
正直に話す。こうしておけば暗い部屋に置いていかれることもなくなるはずだ。雪兎の良心に望みをかけて、声が震えるのも構わず話した。
「そっかぁ、じゃあ今度からリモコンはベッドに置いとくね」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ、ポチ! 初仕事だよ!」
「……しごと?」
ペットの仕事というと、散歩? いや、どっちかと言うと遊びだな。
いやいや、そもそもペットに仕事なんてないだろう、ペットなんだから。コンテストに出されるような犬ならともかく……コンテスト?
人間のペットって、もしかして富豪界隈ではポピュラーで、身体能力や学力、美醜を競うコンテストなんてあったりして。
「な、何をするんですか?」
「ペットの仕事って言ったら決まってるよ。飼い主を癒すこと! さぁ癒してポチー!」
「いやす……あぁ、はい。理解出来ます」
癒す、か。なるほど。アニマルセラピーとかあるもんね、うんうん。誰だよ人間ペットコンテストとか考えていたのは。
「じゃあポチ、ごろーん」
雪兎は上着を脱ぎ捨て、腕を振る。イルカやシャチの調教師のように──だったら何だ? 俺にその腕を見て動けと?
「ご、ごろーん……これで、いいですか?」
従うけどね。
屈辱だ、ペット扱いを舐めていた。とんでもない恥辱を味あわさせられている。ポチなんて呼ばれている時点で気付け? おっしゃる通りだ。
「いいよー、可愛い可愛い」
「あ、ありがとうございます……ユキ様」
「じゃあ、そのまま動かないでね?」
犬が服従するように仰向けに寝転がった俺の隣に、雪兎が座る。手も犬のように曲げて、ゆるく握りこぶしを作って、顔のあたりまで上げるように言われた。
このポーズは……犬と言うより、猫では。いや、雪兎は俺が犬だとは一言も言ってないけれど。ポチなら犬だろうという俺の勝手な決めつけだったけれど。
「ふふ、そのままそのまま……じーっと、してね」
「分かりましたけど……何をするんですか?」
「んー……そうだね、言うことを聞いてくれるポチにはご褒美がいるよね? ペットって飼い主に撫でられたら喜ぶよね?」
「まぁ、犬とかは」
「だからぁー、ナデナデする。くすぐったくても逃げちゃダメだよ」
この体勢のまま撫でられるのか。本当に犬だな。
まぁ、大したことじゃなくて良かった。そう安堵する俺を嘲笑うように、雪兎は俺のシャツを胸まで捲りあげた。
首輪の紐はベッドの足に括りつけられており、照明のボタンはベッドから遠く離れた扉の横にある。
雪兎が居たのは昼過ぎ、カーテンを開けていれば照明なんて要らなかった。
「ふーっ……ふーっ、大丈夫、大丈夫……ここは、安全。大丈夫……」
交通事故は夜だった。大雨で、前が見えず、逆走してきた車に父は気が付かなかった。
あれ以来暗い場所が怖い、狭い場所が怖い、雨音が怖い、車のライトが怖い。
何故、俺だけ無傷だったのか、未だに分からない。警察やら病院やらニュースやらで、俺が座っていた位置が──なんて説明は嫌になるほど聞いたけれど、理解は出来なかった。
「……なんで、なんで俺だけ、生き残って……」
一緒に死んでしまえれば親戚中をたらい回しにされることも、陰口を叩かれることも、学校で無視されることも、マスコミに追いかけ回されることも、首輪をつけて飼われることもなかったのに。
「ポーチー! ただいま、いい子にしてたー?」
「…………ユキ様、おかえりなさい」
「うん、ただいま。ごめんね? 電気忘れてたや、暗かったでしょ」
「……はい」
「ポチって暗いの平気? 僕は豆電球ないと眠れないんだよねー」
「…………怖い、です。怖くて怖くて、息が……出来なくなってしまいます」
正直に話す。こうしておけば暗い部屋に置いていかれることもなくなるはずだ。雪兎の良心に望みをかけて、声が震えるのも構わず話した。
「そっかぁ、じゃあ今度からリモコンはベッドに置いとくね」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ、ポチ! 初仕事だよ!」
「……しごと?」
ペットの仕事というと、散歩? いや、どっちかと言うと遊びだな。
いやいや、そもそもペットに仕事なんてないだろう、ペットなんだから。コンテストに出されるような犬ならともかく……コンテスト?
人間のペットって、もしかして富豪界隈ではポピュラーで、身体能力や学力、美醜を競うコンテストなんてあったりして。
「な、何をするんですか?」
「ペットの仕事って言ったら決まってるよ。飼い主を癒すこと! さぁ癒してポチー!」
「いやす……あぁ、はい。理解出来ます」
癒す、か。なるほど。アニマルセラピーとかあるもんね、うんうん。誰だよ人間ペットコンテストとか考えていたのは。
「じゃあポチ、ごろーん」
雪兎は上着を脱ぎ捨て、腕を振る。イルカやシャチの調教師のように──だったら何だ? 俺にその腕を見て動けと?
「ご、ごろーん……これで、いいですか?」
従うけどね。
屈辱だ、ペット扱いを舐めていた。とんでもない恥辱を味あわさせられている。ポチなんて呼ばれている時点で気付け? おっしゃる通りだ。
「いいよー、可愛い可愛い」
「あ、ありがとうございます……ユキ様」
「じゃあ、そのまま動かないでね?」
犬が服従するように仰向けに寝転がった俺の隣に、雪兎が座る。手も犬のように曲げて、ゆるく握りこぶしを作って、顔のあたりまで上げるように言われた。
このポーズは……犬と言うより、猫では。いや、雪兎は俺が犬だとは一言も言ってないけれど。ポチなら犬だろうという俺の勝手な決めつけだったけれど。
「ふふ、そのままそのまま……じーっと、してね」
「分かりましたけど……何をするんですか?」
「んー……そうだね、言うことを聞いてくれるポチにはご褒美がいるよね? ペットって飼い主に撫でられたら喜ぶよね?」
「まぁ、犬とかは」
「だからぁー、ナデナデする。くすぐったくても逃げちゃダメだよ」
この体勢のまま撫でられるのか。本当に犬だな。
まぁ、大したことじゃなくて良かった。そう安堵する俺を嘲笑うように、雪兎は俺のシャツを胸まで捲りあげた。
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