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あなたと同じようになりたい

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湯船の中で湯よりも熱い身体を少しでも冷やすため、自慰を始めた。水中での感覚はまた少し違っていて、新鮮だ。足よりも先に再生を終えた頭羽をパタパタと揺らしながら、半分ほど再生した腰羽で湯を掻き混ぜながら、手で筒を作って扱く。

「んっ、ん……ん、ぅ……ふっ、うぅ……」

いつものような苛烈さのない快感で緩やかな坂を登るように絶頂を目指していると、不意に肩の上に弟の顔が乗った。

「……兄さん、したいことがあるなら僕に言ってください」

脇の下に弟の腕が通り、湯の中で俺の陰茎を掴む。俺の手より巧みに俺の陰茎を扱いていく。

「ひっ……! ぁあ、ぁ、あっ、ゃ、やぁっ!」

「僕の手、好きでしたよね。兄さんあの時もそんなふうに声を上げて気持ちいいって言ってくれて……」

「ゃ、めっ……て、おとーとぉっ、やめてっ、やめっ……ろっ!」

食事のためではない行為をアルマ以外とするのは嫌で、これ以上弟を俺の性欲に付き合わせたくなくて、弟の手を性器から離させようとした。しかし扱かれる快感によって手は上手く動かず、弟の手を掴むのではなく引っ掻いた。

「……っ!」

透明な湯に赤色が広がっていく。

「ぁ……ご、ごめんっ! 引っ掻くつもりはなくて、手の位置よく分かんなくなって……! ごめん、本当にごめんっ!」

痛みに手を引いた弟は湯船の外で膝立ちになっており、俺が引っ掻いた手の甲をもう片方の手で押さえ、胸の前に手を置いて目を見開いて俺を見つめていた。

「弟……ごめん、大丈夫か?」

手の隙間から血が溢れている。弟の白い肌に赤い線が引かれていく。俺はそんなに強く引っ掻いてしまったのか、最低だ、本当に最低。

「………………お風呂、上がりましょうか」

弟は俺を責めることなく微笑んで俺を抱き上げ、脱衣所に運んでタオルに包み、全身を優しく拭いてくれた。優しい瞳に謝罪を続けたが弟は何も言わずに微笑みだけを返し、俺にバスローブを着せて寝室に運んだ。

「……眠くはありませんよね。何か本を探してきます、すぐ戻ります」

中心に置かれた俺は扉が閉まるのを確認してから端っこに這いずり、ベッドから落ち、ベッドから少し離れた机の上に置かれていたアルマの首を抱き締めた。

「ただいま、アルマ……」

柔らかく温かい唇に唇を重ねて、二度と表情が変わらない顔を眺めるために少し離す。匂いを嗅いでみたが、やはり腐っていたりはしていない。

「アルマ……ねぇ、アルマ、返事して……」

温かく、頬も唇も柔らかく、髪も抜けていない。あまり見たくないが首の断面だって黒く固まった血の隙間から見える肉は鮮やかな赤のままだ。

「アルマぁ……死んでるんだよね? なんで、なんでそんな、生きてるみたいなの……?」

腐っていってくれたのなら、触れて崩れて骨を見せてくれたのなら、アルマのことを諦めて淫乱な屑らしく弟に甘えたり出来たのに。
アルマが諦められなくて、弟の手を引っ掻いて拒絶してしまった。

「アルマ……俺な、王都から逃げて、アルマ持って、弟と二人で森の奥にでも隠れて、ゆっくり生きてもいいなって思ったんだ」

あんまり弟が優しいから、弟が俺を兄として慕ってくれているようだから、生きてみようかと思えた。でも、そんな弟の手を引っ掻いて心身共に傷付けてしまった。

「でもな……俺、弟のこと傷付けたんだ。俺、弟に迷惑かけることしかできないんだ。弟に世話させるなんて嫌だ、弟にもアルマみたいないい人見つけて欲しいし…………弟の人生には俺は邪魔なんだ」

ようやく理解して、決心出来た。これまで助けてくれた弟にも生まれ変わらせてくれた女神にも悪いとは思うけれど、これ以上の迷惑をかけない為には死ぬしかない。

「だから、アルマ。やっぱり俺アルマのとこ行くよ。ごめんな、遅くなって」

アルマの首を置き、再び這いずってベッド脇の棚を漁ると俺の羽を切った大きく鋭い鋏を見つけた。その鋏を尻尾に巻き付けて持ち、アルマの元に戻る。

「アルマ……」

呼吸が不規則になり、心臓が早鐘を打つ。

「アルマっ、アルマ…………死ねば……会える、よな……待っててくれてるんだよな、迎えに来てくれるだろ?」

やっぱり首を? ダメだ、嫌だ、怖い、手首でも深く切れば死ねるだろう? ゆっくり死んでいく方が贖罪になるだろう? 決して死ぬのが怖い訳ではない、そう思いたい。

「今っ……切る、から…………ひっ!?」

鋏を持った手に黒い触手が絡みつき、鋏を地面に落としてしまった。

「な、何っ、何これっ……気持ち悪っ」

触手は俺の影から一本だけ生えている。インキュバスにそんな能力があるなんてこの世界ではまだ聞いていないし、前世の薄い本でも見なかった。

「離せっ! 離せよぉっ、俺は死ぬんだ、アルマのとこ行くんだぁっ! 行かせてくれよ、死なせてくれよぉっ!」

触手の力は強く、俺の手は鋏を拾えない。

「嫌なことばっかだったんだ、酷いことばっかだったんだ! だけどアルマがっ……アルマが居て、幸せだって……なのにアルマがぁっ! もぉ嫌なんだよぉっ!」

しばらく泣き喚き、ようやく気付く。手は片方しか封じられていないことに。

「アルマ……もっと、好きって言えばよかった。アルマみたいにもっと必死で伝えてればよかった。アルマ……ごめん、俺、色々あんまり分かってなくて、迷惑ばっかりで」

アルマが生きていた頃も確かに好きだという気持ちはあったけれど、今ほど自分の気持ちを感じてはいなかった。アルマの傍に居るとただ温かくなるだけで、今のように考えるだけで胸が痛みはしなかった。

「アルマ……アルマ、幸せだった? 何年も閉じ込められて、俺に会ったと思ったら我儘ばっかで迷惑かけられて……せっかく帰れた故郷にも居られなくされて、目の前で俺まわされて……殺されて、幸せ……じゃ、なかったよな」

身体を捻り、左手で鋏を拾った。

「きっともう、誰にも邪魔されないからっ……!」

触手が幾本も影から飛び出したが、俺が自分の首に鋏を突き刺す方が早かった。

「……っ、ぅ…………ぁああっ!」

予想に反して痛みよりも熱の方が強かった。首に感じた熱を無視して傷口を広げながら引き抜くと、血が溢れ出した。
自分の首から噴き出す血を見て俺は頬を緩ませた、ようやくアルマに会えるのだと待ち遠しくて。
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