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テディベアはお好き?

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大きなテディベアを抱えて小走りで街を行く。遅くなってしまったなと腕時計を確認し、今日はスイーツはいいかとコンビニに寄らず病院に入った。

「はぁ、はぁ…………ふぅ」

エレベーターの中で息を整え、汗が滲んだ額を手の甲で拭った。四階で降りてセイカの病室へ向かう。テディベアを背に隠すか、テディベアの後ろに隠れるか、どっちにしようなんて呑気に考えていた俺の耳にセイカの叫び声が聞こえた。

「セイカ……!?」

ここが病院だということも忘れて走り、セイカの病室に飛び込んだ。

「なんでそんなこと言えるんだよっ! 来るって言ったんだ、昨日明日も来るって言った! なのに来ないんだ、事故か何かに遭ったんだぁ俺も死ぬ!」

「お、落ち着いて! 事故なんて、そんな」

「事故じゃないなら何だよ俺のこと嫌いだから来ないのか!? ぁ……そっち、か、だよな、だよ、なぁ…………し、ぬ。俺もぉ死ぬっ、死ぬぅぅ……」

「セ、セイカー……?」

病室の扉を開くとセイカのベッドの傍に居た看護師が俺を見つけ、俺の手首を掴んで引っ張った。

「この子! 鳴雷くんこの子じゃない? ちゃんと来たじゃない」

すすり泣いていたセイカが泣き止んで顔を上げると、看護師は深いため息をついて病室を後にした。

「……昨日ぶり、セイカ」

「…………来なくていいのに」

「さっきまで泣いてたくせに。正直に言えよ、来て欲しかっただろ? 来てくれて嬉しいって言ってくれよ」

ベッドの隣にパイプ椅子を開き、包帯に吸われているセイカの涙に一度触れてから腰を下ろした。

「あんなの……俺じゃない。俺は、あんなみっともなく泣いたりしない。事故に遭うちょっと前から俺おかしくなってたんだよ、急に動けなくなったり……疲れてるのに眠れなかったり、何も食べたくなくなってさぁ……こんなの生き物としておかしいじゃん」

「……虐められてたんだからちょっとくらい不安定になるのは普通だよ。俺はそうでもなかったけど」

「鳴雷に会ってからもっとおかしくなった。嫌なことばっか考える、大声出したり泣いたりなんて……俺、しなかったのに。ずっと不安で、ずっと怖くて、何が怖いのかもよく分かんなくて……」

今日は話を聞いてやった方がいいのかな?

「今日起きた時からずっと、昨日鳴雷が来る時間を待ってた。ずっと時計見てた。過ぎた。そしたら……頭の中、ぶわって、嫌な想像が、車に轢かれた時の痛いのと赤いのと臭いのが蘇って、俺が鳴雷になってて」

「…………俺が車に轢かれた想像しちゃってたってことか?」

「うん……お、俺が、我儘言って、今日も来てって言ったから……俺がそんなこと言わなきゃ、ここに来ようとしなけりゃ、鳴雷は死なずに済んで……ただの想像なのに息出来なくなって、涙止まらなくなって、自分が嫌いで許せなくて、したくないのに叫んでて」

遅くなってごめんと言うべきだろうか? 謝らせてしまったと気に病む可能性があるからやめておくか。

「……俺は死んでないよ。ちょっと店に寄っててさ、昨日より遅くなっちゃったかもだけど……学校で色々あるしこのくらいの時間の前後は今後もあるよ。あんまり時計見ない方がいいんじゃないか?」

「…………鳴雷のせいで俺がおかしくなったんだ。こんなに泣いたり叫んだりするの俺じゃない! もう来ないでくれよっ! 俺を元に戻してくれ!」

本心だろうか。俺が救ってやりたいと考えていたけれど、セイカにとって俺が悪影響を及ぼす存在でしかないなら──

「……嘘、です」

「え?」

「嘘、今の嘘ぉ……やだ、やだ、やっぱりやだ、来て、ずっと居てぇ……」

──もう来ない方がいいのかもしれない。俺に依存する彼は可愛いけれど、健康とは言い難い。いや、俺が離れて俺に依存しなくなったとして、その先どうなる? 何にも依存出来なかった結果があの飛び降りだったんじゃないのか? 俺に依存している方がマシなんじゃないのか?

「……うん、今日も時間いっぱいまで居て、明日も来て、時間いっぱいまで居るよ」

何より俺は俺に依存しているセイカが好きだ。弱っている彼が可愛くて仕方ない。彼に心身共に健康になって欲しい思いと、俺に頼りきりになって欲しい暗い欲望がせめぎ合っている。

「ごめんなさい……お、おれ、俺」

「大丈夫、泣いてるのも面倒臭いのも我儘なのも全部可愛い。俺がゲイで変態なのセイカは知ってるだろ? 今お前狙われてるんだぞ。好きだからお願い聞いてあげたいんだ、気を遣ってるなんて思わないでくれ、狙ってるだけだ。弱ってる隙につけ込んでるだけのクズなんだよ」

俺に申し訳なく思う気持ちを先回りして潰してやった。するとセイカは黙り込み、泣くのをやめて俺を見つめた。

「…………狙ってんの? 俺のこと」

「うん、気付いてなかった? ほら……昔言っただろ? 綺麗な男になれたら告白するって。告白させてくれ、セイカ、好きだ、付き合ってくれ」

「あの時はお前、俺をちゃんとした人間だったって思ってたからだろ。本当の俺は……イジメするし、不眠症だし、食うのもダメだし、手足片っぽなくなったし、昨日と時間ちょっと違ってただけで泣き叫ぶようなヤツで」

「関係ない、好きだ」

心臓が早鐘を打つ。濁った瞳の奥でセイカが何を考えているのか気になって仕方ない。

(自分のダメなとこばっか言ったってことはわたくしと付き合うこと自体には抵抗感ないってことですかな? 方便使えるような精神状態とは思えませんし)

ハーレムのことはどう話そうと悩み始めた頃、考えがまとまったらしいセイカが口を開いた。

「……いいよ。そこまで言うなら……鳴雷が俺が欲しいんなら、あげる。誰も欲しがらないし……処分予定だったから、もらってくれるなら……それでもいい」

「ほ、本当かっ!? あぁ……嬉しい! 大好きだ、愛してる! 大事にするからな、幸せにしてやるからな!」

「…………みんなが捨てた粗大ゴミ欲しがるなんて変なヤツだよな」

「こんなに可愛い粗大ゴミがあるか! みんなの見る目がおかしいんだよ、俺にとっては幸運だけど」

「酷ぇヤツ、俺は捨てられて悲しんでんのに、ラッキーだって喜ぶのかよ…………ふふふ、俺も、なんかラッキーになってきたかも。みんな……心の底ではどうでもいいって思ってたヤツらだから、そいつらに捨てられてお前が拾ってくれることになったんなら、そりゃラッキーだわ……俺もラッキー……」

声色は暗いままだが笑っている、喜んでくれているようだ。俺は心の中でガッツポーズを決め、昨日と同じように抱擁をねだった。
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