雨降らし

羽川明

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その二 シビれるような女(ひと)

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 目に止めた途端、背筋を電流が抜ける。それでも、足は止めない。行く先からやってくる影を、私は密かに待ち受ける。よどんだ雨粒のカーテンの向こうで、男達の視線が集まるのが手に取るように分かる。もちろん、私に、ではない。
 電撃にあてられた男達は、呆けたように口を開けたままシビれたように動けない。
 囲むようにして並ぶ頭は、引きつれた雷雲のようだ。それらを掻き分け無言で進む、ツンとしたベリーショートの金髪は、シビれるほど勝気な目をしている。足元の石を踏んだのか、すれ違いざま、ベージュのヒールが雷鳴の如く轟いた。
 不意に目が合いハッとする。相手も同じくらい驚いているようだ。
 ――――この黄ばんだ肌を見て、安い女だと思われたかもしれない―――― 実際には、一瞥いちべつにも満たない時間だったにも関わらず、ぎる思考が重くのしかかった。


 大通りから一つ外れた、人気の少ないシャッター通りの商店街。まばらに光る街灯の下で、今日も私は客を待つ。借りっぱなしの宿屋の隣で、雨宿りする
夫人を装う。とってつけた見栄に、溜め息が漏れた。それでも、どこにも身寄りが無い以上、この仕事を止めるわけにはいかない。雨に溺れて、野たれ死ぬわけにも。
 雨に白む、色彩を欠いた灰色の街に、ふらりと、人影が現れる。全身を覆う厚手のコート、煙草に歯を立て不味そうに燻らせる唇は薄い。一瞬、まさかと目をみはるも、ほのかな期待は脆く崩れ去る。
「あの……、あの……、君、一人?」
 違う。あのひとは、こんな薄気味悪い声色じゃない。
「良かったら、その、さ……」
 不摂生な痩せこけた顔を伏せ、男は、ふけだらけの長すぎる髪に爪を立てた。

 在りし日のあの、焼け焦げたようなちりぢりの赤髪に想いを馳せ、私は、ささくれだった唇に八重歯を突き立てる。そうして、やっとの思いで絞り出すのだ。
「私は、高いわよ?」
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