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第1章 『新感覚☆女の子も男の子も楽しめる乙女ゲーム』ってなんだ?

突然の出来事

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アルバイト以外を、妹に頼まれたゲームをするのに費やしていた夏休み。遠方の実家に帰省していた友人から、『実家からこっちに帰って来たから、遊ばないか?』と連絡がきた。


俺自身、ゲームに入れ込み過ぎていた感もあったし、久々に友人に会って大学生らしい遊びがしたかった。俺は二つ返事で了承すると、どうせなら家に泊まって飲まないかと友人が誘ってくれた。


『俺の料理が目当てか?』とメッセージアプリで聞き返すと、『バレた!』という言葉とともに、てへっと笑う柴犬のスタンプで返事をされた。

この友人は料理が全くできない。しょうがないな……。


俺は、荷物をまとめて自宅を出た。途中で友人に何が食べたいか聞いて、最寄りのスーパーで買い物をする。夕日がすっかり沈んで辺りが暗くなり出した。

少し、遅くなっちゃったな……。


友人の棲んでいるアパートまで、あと数十メートルというところだった。


「……ねえ、伊賀崎君。これからどこに行くの?」

突然、後ろから女性の声で話しかけられた。俺が驚いて振り返ると、そこには大学で見知った女性が立っていた。

……大学で何度か見かけたことがある。今から会う友人と親しい、女友達ではなかっただろうか?

その女性は、どこか疲れ切った様子だった。何となくだが、目の奥が暗いし、いつも艶やかにしているセミロングの髪も、どこか乱れている。

薄暗い街頭が、そんなドロリとした異様な雰囲気の彼女をより不気味にさせた。フラフラとこちらに近づいてくる様子に、なんだか気圧されて後退った。


「……ねえ、答えてよ。」

女性と友人が話す姿を度々目撃していたけれど、その時の明るい雰囲気とはまるで違う。目だけが変にぎらついていて、薄ら寒さを感じた。


目の前の女性は、こちらに聞こえるか、聞こえないかの声量でぶつぶつと話始める。こちらの反応なんて、眼中に無いみたいだった。


「…どう、して?何も言わないの……?どうせ、これから☓☓の部屋に行くんでしょ……?」


なぜ目の前の女性が、俺と友人が遊ぶことを知っているのだろうか?

それに、その言葉に肯定をすると、何かとんでもないことが起こりそうな気がしてならなかった。


わなわなと不自然に身体を震わせる女性に、得体の知れない恐怖を感じた。


「……全部、貴方のせいよ……。貴方がいなければ、☓☓は私のものだったのに……!」


俺の返事を待たずに苛立たし気に叫んだ女性は、肩掛けカバンから勢いよく何かを取り出した。薄暗い街灯の光を、女性が手に持っているものがギラりと鈍色に反射する。


鋭く尖ったそれは、こんな住宅街の道で出すものではない。
あれは、包丁だ。

その切っ先を俺に向け身構えながら、女性は目から涙を流して叫んでいた。


「……☓☓に私は振られたの!貴方が好きだから付き合えないって!……男同士が付き合ったって、どうにもならないじゃない!……私のほうが彼を幸せにできる!貴方が邪魔なのよ!!」


女性の心からの金切り声が、静かな住宅街に響いた。

女性は俺に向かって突進してきた。鋭利でギラつく切っ先はそのままに。僕は最初呆気に取られていたけど、身の危険を感じて身を翻そうとした。


そして、躱せなかった。躱そうとしたときに、とっさに周囲をチラリと見てしまったのだ。僕の後ろに、ゲームをしながら歩いてくる複数の小学生の姿を。


狭い住宅街の道路に、横いっぱいに広がって歩いてくる小学生たち。ここは車の交通量も少ないから、ゲームをして横いっぱいに広がっても何ら危険ではないのだ。
……普段であれば。


もし、僕が女性を躱してしまえば、勢いを付けられたこの刃物は、勢いを殺せずにそのまま小学生たちの列に突進するだろう。

ほんの数秒の間に、俺の頭の中がフル回転してその答えを導いた。


こちらに突進してくる女性の姿が、妙にスローモーションに見えた。目の前に近づいてきて、ドンッという身体に重い衝撃が伝わる。

気が付いた次の瞬間には、腹部に激痛が走っていた。
ぐじゅッという嫌な感覚が、俺の身体を苛む。


「……ぐぅっ!!」

余りに痛いと、人間って声が出なくなるんだなっと、このときの俺は脳裏にそんなことを考えていた。


「うわぁ――――!!」

「きゃぁあああーーーーっ!!」


俺がどさっとその場に倒れ込むと、子供の悲鳴が静かだった住宅街に一斉に轟いた。その悲鳴に彼女は我に返ったのか、落ち窪んだような目に光が宿っている。

そして、ブルブルと異様に震えてその場にへたり込んだ。

子供たちの悲鳴を聞きつけた大人たちが、何事かと此方に駆け寄ってくるのが、地面すれすれの目線で見える。包丁の刺さっているであろう腹部を、鈍くしか動かない手で触った。ドロリと生暖かいものを感じる。


「火澄!おいっ!しっかりしろ!」

俺の目の前に、突然友人の顔が現れる。必死に俺の名前を呼んで、血だらけであるはずの俺の腹部を必死に抑えてくれているようだ。

地面には先程まで手に持っていた、スーパーの袋の中身が転がっていた。葉野菜が袋から出て、汚れながら転がっている。

ごめん、今日の晩御飯作れないや……。


誰かが警察を呼んだのか、サイレンのけたたましい音が近づいてくるのが聞こえる。人々の声に、泣きじゃくる小学生。必死に名前を呼び続ける友人。


だんだんと、その声や音が遠のいていく。
あれ、おかしいな……。


なんだか急激に眠気が襲ってきた俺に、友人がさらに緊迫した声で何か叫んでいた。

ごめんな……。
あまりにも眠くて、何を言っているのか分からないや……。


友人の叫ぶ声を最後に、俺は重たい瞼を閉じた。


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