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第二十三話

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 ティーサロンの一室に、素早くホテルマンが隣室から椅子を一つ持ってきました。骸骨のようなスカヴィーノ侯爵は杖をついているので、彼のために——ということでしょうが、貴族でさえも見過ごせないほどの実の娘の醜態を前に、スカヴィーノは死人のような顔色をして、目を伏せたままです。椅子に座ってからも、立ち上がる気力さえ失われてしまっているかのようでした。

 しんと静まり返り、一気に狭くなった気がする部屋の中で、レーリチ公爵が時間の無駄だとばかりに率先して仕切ります。

「ご苦労、ユリア。つらい思いをさせたな、すまなかった」

 私は首を横に振ります。やり取りはそれだけで十分でした。レーリチ公爵は、さて、とこの場の最高権力者として、決定を下します。

「スカヴィーノ侯爵。貴殿の娘は、長年我が息子とペネロペにつきまとっていた。貴殿はそれを許していたが、ことここに至っては、その無責任な放任主義を改めてもらわなくてはな。到底、貴殿の娘を我が息子の妻に迎えることはありえない。幾度となく断ってきたはずだがね、なぜ無視してきたのか? その結果がこれだ。ふん、貴殿には大きな貸しができたというわけだ」

 スカヴィーノ侯爵は何も言いません。自身だけならまだしも、娘の常軌を逸した言動——今まで表沙汰にならなかったから問題なかっただけで、公の場で常識ある貴族たちに聞かれれば当然咎められるであろうことばかりです——と行動はもはや言い返せることなどあるはずもないのでしょう。それに、レーリチ公爵へ何かを言おうと、冷たい目と怜悧な反論によって黙らさせられるだけです。

 次に、レーリチ公爵のその舌の矛先は、私も見たことのある中年男性、栗毛のくせっ毛のタドリーニ侯爵へ向きました。

「タドリーニ侯爵。貴殿の息子はこれほど困っている淑女を放り捨て、婚約破棄し、あまつさえカレンド王国の領土と民の命を守ろうとする素振りさえも見せなかった。さて、このことを我が従兄殿——国王陛下が知ってしまわれたら、どうなるだろうか? 常々、陛下はこうおっしゃっている。そう、『豊かさばかり追い求め、貴族のノブレス・義務オブリージュを果たさぬ王侯貴族ブルーブラッドは、もはやこの国のわざわいである』と」

 国王陛下の名前と親族関係を出されては、タドリーニ侯爵がどんな弁明をしようとも、無駄でしょう。もしこれがレーリチ公爵にだけ、あるいは国王にだけ知られたことであれば、まだどうにかなりました。国王も有力貴族であるタドリーニ侯爵をそう簡単に批判するわけにはいきません。しかし、国王とレーリチ公爵の連名、そこにベネデットの元婚約者であり現在はヴィンチェンツォの婚約者である私の存在が出現すると、もうタドリーニ侯爵の非を誰も見過ごすことはできず、他人事のように振る舞うこともできません。ベネデットの婚約破棄にタドリーニ侯爵の意思が介在していなかった、などと言い訳はできないのです。

 たとえタドリーニ侯爵がなにか言ったとしても——実際に私を助けたレーリチ公爵家に対して、感謝の一言もないのか? と蔑んだ目で非難されそうです。

 最後に、レーリチ公爵はアナトリアに目をやります。普段なら権威をかさに癇癪を起こしてなんとでもできたでしょうが、逃げることも、怒ることも、どうすることもできない現状に、彼女は真っ青な顔色で黙ってレーリチ公爵からの言葉の矢の的になるしかないのです。

「『貴族のノブレス・義務オブリージュ』、その意味は分かるかね、アナトリア嬢。恵まれた家柄、豊かな財産、非凡なる才能を持つ貴族は、優れた者としてその義務を果たさねばならない。すなわち、己が手の届く範囲の人々の命を、営みを守り、真っ先に外敵と戦い、そして勝利することだ。我が家では息子たちに口を酸っぱくして教えてきたものでな、おかげでヴィンチェンツォは『野蛮人バルバリカ』と呼ばれるほどとなってしまったが——その今こそが、我が国の王侯貴族が『貴族のノブレス・義務オブリージュ』を忘れた証左と言えるだろう」

 私だけでなく、サブリナもエドヴィージェも、レーリチ公爵の語る説教に聞き入っています。たとえ誰かが、それは原則論、理想論だとレーリチ公爵の言い分を批判したとしても、それは的外れです。貴族は恵まれて優れているからこそ、理想を掲げなければなりません。残念ながら、それさえも鼻で笑ってしまう人々のために、レーリチ公爵が語らなければ意味を持たない言葉ではありますが。

 その上で、レーリチ公爵は命じます。

「スカヴィーノ侯爵家令嬢アナトリア、お前は二度とレーリチ公爵家とその係累に近づくな。私がもし今後お前を目にしたとき、怒りを抑えられるか自信はない。それと……すでにスカヴィーノ侯爵の了承を得ているが、お前はタドリーニ侯爵家のベネデットと結婚するように。タドリーニ侯爵、貴殿と貴殿の息子は残りの人生をかけて、この女を世間に出さぬよう、閉じ込めておくがいい。それが今回の王国への背信行為と、我が義娘ユリアへの償いだと思え。もしそれが全うされていないと私が判断すれば……どうなるかは、考えておくといい。もっとも、戦うのならば叩き潰すまでのことだがね」

 アナトリアが心底驚いた顔で、スカヴィーノ侯爵とタドリーニ侯爵へ何度も視線を送ります。嘘だろう、と言いたげな顔のアナトリアへ両侯爵はなんの反応も返さず、ただただレーリチ公爵に弱味を握られた畏怖と屈辱に、必死に耐えているのでしょう。

 アナトリアは、せめて、私の提案に同情心をもって誠実に答えてくれたなら、結果はもう少し違ったものとなったかもしれません。ヴィンチェンツォへの執着を横に置き、最低限の礼儀を忘れなければ、貴族令嬢としての体面を保てたでしょう。

 レーリチ公爵はからっと表情を明るく変えて、仕事は終わったとばかりに口調を軽くします。

「では、帰ろうか、ユリア。ペネロペ、ご令嬢たちへ礼をしておきなさい」
「分かりましたわ、お父様。では、お先に失礼しますわ、お義姉様」

 ペネロペはサブリナとエドヴィージェを連れ、速やかに部屋から出ていきました。私も、あとで彼女たちにお礼をしなくてはなりませんね。

 レーリチ公爵に少し強引に手を引かれて、私はティーサロンをあとにしました。

 三人が取り残されたあの部屋で、どんなことが起きたかは——知る必要はありません。二度とレーリチ公爵家に関わることはないであろう両侯爵家が元凶であるアナトリアの処遇をどうするかは、私にもレーリチ公爵にも、ましてやヴィンチェンツォにも、なんら関わりのないことですから。
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