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第二話 闇
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「きつくない?」
「はい」
馬車に乗せられた直後、ボスと呼ばれていた男に目隠しをされた。手首も拘束されていて、身動きは取れない。身体が震えているのは馬車が動いたせいだろう。そう思いたい。
「自己紹介がまだだったね」
「はい」
「返事。『はい』だけだと悲しいなぁ」
「申し訳ございません」
「冗談だよ。そんなに怯えなくてもいいのに」
何がおかしいのか、隣の男は少しの間含み笑いをしていた。
こちらはいつ降りかかるかわからない暴力を警戒しながら返事をしているのに。
「ジャン」
話の流れからして、男の名前だろう。なんというか意外だった。よくいるありふれた名前なのに、この男には不釣り合いに感じる。
輩たちからボスと呼ばれていたから、勝手に立派な名前を想像していた。
「ジャン、様」
「様はいらない。もう一回、呼んでみて」
「ジャン」
「よくできました」
柔らかさのない手が、俺の頭をがしがしと撫でる。
「今から行くのは王国のはずれにある家でね。隠れ家みたいなものかな」
「はい。あっ! ちが、あの」
「面白いなぁ」
雑な動きから一転、ジャンが繊細な手つきで俺の耳を撫でる。ぞわぞわとした経験したことない感覚に身を捩る。直後、耳に生温かい感触がした。
「ひ、あ」
「楽しいね。道中、退屈しないで済みそうだ」
ジャンは一度だけ俺の耳を舐めると身体を離した。耳だけが熱を持って、震えが止まらなかった。何も見えないはずなのに、ジャンがあの時の優しい笑みでこちらを見ている気がした。
あれから何日経っただろうか。ほとんど目隠しをされていたからここがどこなのか見当もつかない。宿屋ですら外させなかった徹底っぷりだ。
目隠し以外は快適な移動だった。食事には肉があったし、重い荷物を持つこともない。
だけど、ジャンが気まぐれに触ってくるのが嫌だった。手や耳は数えきれないくらい。一度太ももに触れられた時は悲鳴を上げてしまい、罰として一晩中立たされた。何をされるのかわからない恐怖で、ろくに眠れない日が続いた。
「カイン、着いたよ。手を」
「ありがとうございます」
手に伝わる力強さから、ジャンの機嫌がいいことがわかった。おそらく奴は感謝されることが好きなのだろう。
激しく揺れていた馬車から降り、地面に立つと足元がふらついた。ジャンが「仕方ないな」と言いつつ俺の腰を支える。
「目隠し、外すね」
「お願いします」
たぶん、こんな状態じゃなかったら、目の前に広がるのは光と自然に満ちた光景だったはずだ。でも今の俺は痛みしか感じなかった。すかさず目を手で覆う。
「ごめんなさい。眩しくて……すぐ目を開けられるようにしますから」
「いいよ。瞑ったままで行こうか」
ジャンに腰を支えられながら一歩ずつ慎重に地面を踏みしめる。これはお礼を言ったほうがいいのだろうか。いや、でも原因は目隠しだし。
「返事がないけど、悩み事?」
「あ、いえ。何でもありません」
「いきなり明るいところに出ると痛いよね。地下牢から出たやつらと同じ反応してる」
「そうですね。まだ痛いです」
知ってたのか。それなら部屋の中で目隠しを外してほしかった。ジャンの中では意味のある行為なのかもしれないが、たまったものではない。
こんなことがこれから続いていくのか。俺はいつ飽きられるのだろう。五体満足で解放されるとは思っていないが、どうにか生き抜いて一目だけでもルイスに会いたい。
しばらく歩いていたら止まるように言われ、少しして扉を開く音がした。ジャンの指示に従い、目を少しずつ開けて慣らしていく。
「階段?」
「長いから疲れたら言ってね。カインなら大丈夫そうだけど」
たしかに結構な長さだったが、何とか休憩なしで登りきることができた。体力がかなり落ちている。もう兵士になることはできないだろうなと漠然とした思いが頭をよぎった。
「ここが俺たちの家だよ。気に入ってくれたら嬉しい」
「ありがとうございます。素晴らしい部屋ですね」
「どこが気に入った?」
「調度品と、眺望が」
「放棄された監視塔を買い取ったんだ。窓が小さいから見えにくいけど、いい景色でしょ」
石造りの部屋は高級な絨毯が敷かれ、住むのに困らないくらいの快適さがありそうだ。
高い位置にある細長い窓。そこから脱出するのはどう頑張っても無理だ。
唯一の出入り口は重厚な扉。蹴破ることは不可能。何かあったときのために、今は情報を集めることにしよう。
「あの、こちらに住むにあたりルールなどは……」
「その都度教えるね。とりあえず俺に逆らわなかったらそれでいいよ」
「……はい。かしこまりました」
最悪だ。それは気分次第でいくらでも罰を与えると言っているようなものだ。でも肯定するしかない。
「本当は毎日一緒にいたいけど、俺も仕事があってね。近いうちに世話係をよこすよ。水と食料は彼らに一任するからそのつもりで」
「承知しました」
「今日はずっと一緒にいようね」
「嬉しいです」
「俺も」
高級そうなソファに腰掛け、数時間ほどジャンと話をした。その内容はとりとめのない世間話のようでいて俺の内情を探るもので、管理されている気分になって落ち着かなかった。
夕食を終えると外はすっかり暗くなっていた。夏の終わりとはいえ夜は少し肌寒い。
「そろそろ寝ようか」
ジャンに手を引かれ、隣の部屋に移動する。そこは大きなベッドと小さなサイドテーブルだけの温かみのない空間だった。
広いベッドの中央に二人向かい合わせで横たわる。
「こうやって見つめ合いながら寝るのは初めてだね」
「はい。少し、緊張します」
「綺麗な青い目だ」
「ありがとうございます」
ジャンは俺の頬を一度撫で、「おやすみ」と声をかけた。
今のところジャンが過度な接触をしてくることはない。遊び相手というからてっきりそういう目的もあると思っていたが、違ったようだ。今はこの気まぐれに感謝したい。
神経が昂っているのか、すぐ眠れそうにない。こんな時考えてしまうのはルイスのことだ。
あの子はどうしているだろうか。ひもじい思いをしていないか。女性一人で子供を育てることは、王都だと難しい。誰か支えてくれる人がいればよいのだが。
魔封じの首輪は外してもらえたようでそこは安心だ。情報と引き換えにジャンの靴にキスをする羽目になったが、それでもルイスの現況が聞けて嬉しかった。
「眠れない?」
「目が冴えてしまって」
「俺も。カインが眠りにつくまで見守っておくよ」
「恥ずかしいです」
俺の答えに満足したのか、ジャンは笑顔でこちらを観察している。
寝る前にルイスのことを考えるのはやめておこう。このままだと可愛い義弟が夢に出てくるかもしれない。寝言すら監視されている今、余計なことはしたくない。
目を閉じると、見慣れた闇に包まれる。闇に親しみを感じるなんて、常識を書き換えられた気分だ。そんな現実がまるで悪夢のようだと思った。
「はい」
馬車に乗せられた直後、ボスと呼ばれていた男に目隠しをされた。手首も拘束されていて、身動きは取れない。身体が震えているのは馬車が動いたせいだろう。そう思いたい。
「自己紹介がまだだったね」
「はい」
「返事。『はい』だけだと悲しいなぁ」
「申し訳ございません」
「冗談だよ。そんなに怯えなくてもいいのに」
何がおかしいのか、隣の男は少しの間含み笑いをしていた。
こちらはいつ降りかかるかわからない暴力を警戒しながら返事をしているのに。
「ジャン」
話の流れからして、男の名前だろう。なんというか意外だった。よくいるありふれた名前なのに、この男には不釣り合いに感じる。
輩たちからボスと呼ばれていたから、勝手に立派な名前を想像していた。
「ジャン、様」
「様はいらない。もう一回、呼んでみて」
「ジャン」
「よくできました」
柔らかさのない手が、俺の頭をがしがしと撫でる。
「今から行くのは王国のはずれにある家でね。隠れ家みたいなものかな」
「はい。あっ! ちが、あの」
「面白いなぁ」
雑な動きから一転、ジャンが繊細な手つきで俺の耳を撫でる。ぞわぞわとした経験したことない感覚に身を捩る。直後、耳に生温かい感触がした。
「ひ、あ」
「楽しいね。道中、退屈しないで済みそうだ」
ジャンは一度だけ俺の耳を舐めると身体を離した。耳だけが熱を持って、震えが止まらなかった。何も見えないはずなのに、ジャンがあの時の優しい笑みでこちらを見ている気がした。
あれから何日経っただろうか。ほとんど目隠しをされていたからここがどこなのか見当もつかない。宿屋ですら外させなかった徹底っぷりだ。
目隠し以外は快適な移動だった。食事には肉があったし、重い荷物を持つこともない。
だけど、ジャンが気まぐれに触ってくるのが嫌だった。手や耳は数えきれないくらい。一度太ももに触れられた時は悲鳴を上げてしまい、罰として一晩中立たされた。何をされるのかわからない恐怖で、ろくに眠れない日が続いた。
「カイン、着いたよ。手を」
「ありがとうございます」
手に伝わる力強さから、ジャンの機嫌がいいことがわかった。おそらく奴は感謝されることが好きなのだろう。
激しく揺れていた馬車から降り、地面に立つと足元がふらついた。ジャンが「仕方ないな」と言いつつ俺の腰を支える。
「目隠し、外すね」
「お願いします」
たぶん、こんな状態じゃなかったら、目の前に広がるのは光と自然に満ちた光景だったはずだ。でも今の俺は痛みしか感じなかった。すかさず目を手で覆う。
「ごめんなさい。眩しくて……すぐ目を開けられるようにしますから」
「いいよ。瞑ったままで行こうか」
ジャンに腰を支えられながら一歩ずつ慎重に地面を踏みしめる。これはお礼を言ったほうがいいのだろうか。いや、でも原因は目隠しだし。
「返事がないけど、悩み事?」
「あ、いえ。何でもありません」
「いきなり明るいところに出ると痛いよね。地下牢から出たやつらと同じ反応してる」
「そうですね。まだ痛いです」
知ってたのか。それなら部屋の中で目隠しを外してほしかった。ジャンの中では意味のある行為なのかもしれないが、たまったものではない。
こんなことがこれから続いていくのか。俺はいつ飽きられるのだろう。五体満足で解放されるとは思っていないが、どうにか生き抜いて一目だけでもルイスに会いたい。
しばらく歩いていたら止まるように言われ、少しして扉を開く音がした。ジャンの指示に従い、目を少しずつ開けて慣らしていく。
「階段?」
「長いから疲れたら言ってね。カインなら大丈夫そうだけど」
たしかに結構な長さだったが、何とか休憩なしで登りきることができた。体力がかなり落ちている。もう兵士になることはできないだろうなと漠然とした思いが頭をよぎった。
「ここが俺たちの家だよ。気に入ってくれたら嬉しい」
「ありがとうございます。素晴らしい部屋ですね」
「どこが気に入った?」
「調度品と、眺望が」
「放棄された監視塔を買い取ったんだ。窓が小さいから見えにくいけど、いい景色でしょ」
石造りの部屋は高級な絨毯が敷かれ、住むのに困らないくらいの快適さがありそうだ。
高い位置にある細長い窓。そこから脱出するのはどう頑張っても無理だ。
唯一の出入り口は重厚な扉。蹴破ることは不可能。何かあったときのために、今は情報を集めることにしよう。
「あの、こちらに住むにあたりルールなどは……」
「その都度教えるね。とりあえず俺に逆らわなかったらそれでいいよ」
「……はい。かしこまりました」
最悪だ。それは気分次第でいくらでも罰を与えると言っているようなものだ。でも肯定するしかない。
「本当は毎日一緒にいたいけど、俺も仕事があってね。近いうちに世話係をよこすよ。水と食料は彼らに一任するからそのつもりで」
「承知しました」
「今日はずっと一緒にいようね」
「嬉しいです」
「俺も」
高級そうなソファに腰掛け、数時間ほどジャンと話をした。その内容はとりとめのない世間話のようでいて俺の内情を探るもので、管理されている気分になって落ち着かなかった。
夕食を終えると外はすっかり暗くなっていた。夏の終わりとはいえ夜は少し肌寒い。
「そろそろ寝ようか」
ジャンに手を引かれ、隣の部屋に移動する。そこは大きなベッドと小さなサイドテーブルだけの温かみのない空間だった。
広いベッドの中央に二人向かい合わせで横たわる。
「こうやって見つめ合いながら寝るのは初めてだね」
「はい。少し、緊張します」
「綺麗な青い目だ」
「ありがとうございます」
ジャンは俺の頬を一度撫で、「おやすみ」と声をかけた。
今のところジャンが過度な接触をしてくることはない。遊び相手というからてっきりそういう目的もあると思っていたが、違ったようだ。今はこの気まぐれに感謝したい。
神経が昂っているのか、すぐ眠れそうにない。こんな時考えてしまうのはルイスのことだ。
あの子はどうしているだろうか。ひもじい思いをしていないか。女性一人で子供を育てることは、王都だと難しい。誰か支えてくれる人がいればよいのだが。
魔封じの首輪は外してもらえたようでそこは安心だ。情報と引き換えにジャンの靴にキスをする羽目になったが、それでもルイスの現況が聞けて嬉しかった。
「眠れない?」
「目が冴えてしまって」
「俺も。カインが眠りにつくまで見守っておくよ」
「恥ずかしいです」
俺の答えに満足したのか、ジャンは笑顔でこちらを観察している。
寝る前にルイスのことを考えるのはやめておこう。このままだと可愛い義弟が夢に出てくるかもしれない。寝言すら監視されている今、余計なことはしたくない。
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