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第三話 世話係
しおりを挟む本日二話投稿、一話目。
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涼しげな風が入る部屋。上等なソファに重厚なテーブル。テーブルの上には美味しいパン粥。時間がゆったりと流れていく。
王都にいた頃では考えられない、贅沢な朝だ。両足に足枷がなかったら文句なしに最高の朝だっただろう。
この生活が始まって、そこそこ日が過ぎた。奴の気まぐれで一日中寝室に閉じ込められたりするので、自分の日付感覚はすっかり信用できなくなった。おそらくまだ冬ではないはずだ。
ジャンが不在の時は足枷をつけることが義務付けられている。鎖の先に繋がる鉄球のせいで歩くことも一苦労だ。
部屋の隅には何も話さない大男が一人。ジャンは側近の一人だと言っていた。彼は世話係を用意するまでの繋ぎらしい。
扉が開く気配がし、側近が動いた。俺は直立不動の姿勢でジャンが来るのを待つ。脱走の意思がないことを示すためだ。その都度追加されるルールがじわじわと日常を蝕んでいた。
「カインのために用意した世話係だよ。何か要望があったら彼に頼むといい」
「カイン様、よろしくお願いいたします」
「あ、念のために言っておくけど接触禁止ね」
微笑みを貼り付けて「承知しました」と返事をする。
かわいそうなことに、世話係として紹介された青年は、ガチガチに緊張しながら頭を下げた体勢で固まっていた。
「最低限の教育はしてあるけど時間が足りなくてね。不備があったら報告して」
「かしこまりました」
ジャンは世話係の青年が存在しないかのように、俺にだけ話しかけてくる。接触禁止がどこまでの範囲なのかもわからず、俺は青年に頭を上げていいと言うことができなかった。
「ごめん。そろそろ行くね」
「はい。いってらっしゃいませ」
「寂しい?」
「とても」
俺の答えに笑顔を見せたジャンは、世話係を一瞥することなく部屋にいた側近を連れて出て行ってしまった。
俺と青年が二人きり。初めての事態にどうしていいかわからなくなった。
「あの、とりあえず頭を上げたほうが」
「ありがとうございます! いやー、お優しい方で安心しました。あ、おれはラザロっていいます!」
茶髪にそばかす、人懐っこい笑顔。なんか思っていたのと違うタイプだった。ラザロは笑顔のまま、俺に「座ってもいいですか?」とのんびりした口調で聞いてきた。
「俺の許可とかいらない。座りたければ座ればいい」
「それができないんです。おれ、この部屋にいる間はカインさんが命令してくれないと動けないんですよ」
ラザロが自分の首元を指差す。そこにあるのは奴隷の首輪で、魔法の力で行動の制約ができる類のものだった。自分の意思では外せない、呪いといってもいい代物だ。
「俺の世話だけのために、そんな」
「あ、気にしないでください。おれが立候補したんで」
「危険な仕事だと思わなかったのか?」
「……それだけ給金がよかったので」
ラザロは口ごもったまま、話す様子がなかった。命令すれば聞き出すことはできるだろうが、そんなことは絶対にしたくない。
「話す言葉に制約はないのか? ジャンの前ではカイン様とか言ってたが」
「そこまでは制限できないみたいです。先代の世話係に聞いたので間違いないです」
「先代……ああ、そういうことか」
「三ヶ月で終わったからそんなに金にならなかったとぼやいてましたよ」
「それ俺の前で言うか普通」
「失礼しました! あ、今立てないのでこのままですみません!」
焦った顔をしたラザロが座ったまま勢いよく頭を下げる。これはたぶん直前の命令が保持されるという制約だな。
それにしても前の遊び相手は三ヶ月か。話ぶりからしてそれは短い方になるのだろう。そう考えると俺はどれくらいの期間遊び相手に——
「あの、おれ本当に」
「え? ああ、ごめんな。考え事してた。別に怒ってない」
「まじで焦りましたよー!」
ラザロはそう言って長く息を吐いた後、ソファの背もたれに身体を預けて脱力していた。
なんというか憎めないやつだ。なんでこんなどうしようもない組織の構成員をしているのか。疑問は尽きない。
「命令していいか?」
「どうぞ」
「トイレに行きたい」
「えーっと、その場合はまず立つように命令してもらって……余裕あります?」
「あんまり。とりあえず立って」
「カインさん! 次からはもっと早めに言ってください!」
ラザロが指導されたであろう手順を呟きながら俺をトイレに誘導する。
これから始まる騒がしい日々を想像し、俺はいつのまにか笑っていた。
「カイン最近変わったね。表情が明るくなった」
「そうですか? 自分ではあまり自覚が……」
ベッドにて、ジャンが俺の髪を撫でながら話しかけてくる。
「世話係のおかげかな。彼には報奨金を渡さないと」
「必要ありません。もし理由があるとすれば、最近ジャンが毎日のように来てくれるからです」
「嬉しいな。仕事とか全部放り出したくなるよ」
なら本当に足を洗えよ。そのほうが世のためになる。なんて口が裂けても言えない。
報奨金の話は嘘だろうな。俺がラザロに好意的な反応をするか試したんだ。奴はそういう男だ。毎日のように来ているのも監視と警告のためだろう。
「あの、ジャン。明日も」
「もちろん。しばらくは毎日通うよ」
ここは王国のはずれという話だったが、実は王都に近いのか?
ぐるぐると巡る思考は髪にキスされたことで中断された。
「髪、伸びたね」
「そろそろ切りたいです」
「伸ばすのも綺麗だと思うけど……そうだね。明日切ってあげる」
「ジャンが?」
「カインに触れていいのは俺だけだよ」
ジャンが再び俺の髪を撫でて「おやすみ」と言う。ここからは寝るまで何も考えてはいけない時間だ。
次の日、約束通りジャンが髪を切ってくれた。恐ろしいほどに何でもできる男は、カットも完璧だった。態度に出さなかったが世の不条理が腹立たしかった。
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