静かな地獄がここにある

ひなた

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第四話 見えない鎖

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 本格的な冬が来た。石造りの部屋は底冷えがひどい。ジャンが不在の時は火気厳禁のため、俺とラザロは厚着をしまくっていた。
 冬は特に何もやる気が起きない。昼食を終えると後は暇な時間だ。最近は寒いせいか睡眠時間も長くなったし、いいことは一つもない。
 こんな状況でも、ラザロはいつもの人懐っこい笑顔で話しかけてくる。

「カインさんって綺麗な顔してますよね。やっぱ母親似なんですか?」
「そうだけど。髪と目の色も母親譲り」
「絶対美人ですよね? おれ年上好きなんで見てみたいです」
「俺が三歳の時に死んだから記憶にない」
「あ、すみません。おれまた失礼なことを」
「別に。もう昔のことだから」

 そもそも一歳上の男の母親に、そういう意味で興味を持つこと自体どうかと思う。まあ、趣味は人それぞれってことか。

「一つ言っておく」
「はい」
「褒めてくれるのは嬉しいが、俺を好きになるなよ。冗談抜きで死ぬぞ」
「ご忠告ありがとうございます。そこは先輩から忠告されてるんでご心配なく! おれにとってカインさんは兄貴分なので!」

 傍から聞いたら俺が自意識過剰みたいだが、大事なことだ。ジャンの独占欲が異常なことは、これまでの監禁生活で骨身にしみている。

「カインさん。あの、ちょっといいですか」
「どうした?」
「おれ、組織から抜けたくて。もしかしたら近いうちに世話係外れるかもです」
「寂しくなるな。でもいい判断だと思う」
「ありがとうございます」

 そうか、抜けるのか。思っていたより俺の日常にラザロがいたようで、喪失感が襲ってきた。

「理由、聞かないんですか?」
「聞いたら命令になるだろ」
「優しいですね。本当、なんでカインさんがこんな場所に……」
「これ以上は言わない方がいい。意識していても、態度に出るかもしれない」

 ラザロが泣きそうな顔でうなずく。俺もなぜラザロがこんな組織にと思っていたからお互い様だ。

「おれ、信じられないくらいど田舎から王都に来たんです」
「そうだったのか」
「家族のために金が欲しくて。でもコネもツテもないからまともな職につけなくて、そのまま流されてここに。まさか流れた先がこんなにやばいなんて」
「やめとけ」

 これ以上はいけない。裏社会の組織に所属している以上、不満があっても出す相手は選ぶべきだ。俺なんてボスのペット的な立ち位置だろうに、ラザロは人を信じすぎだ。

「でも、もう限界なんです。やりたくないことたくさんしてきました。組織から抜けるにも金が必要で……。世話係になったのは金目当てでしたが、ここにいる時だけは人間になった気がして、おれは」

 命令のつもりだったが、首輪は万能ではないようだ。だめだ。全部吐き出したら一秒だってここにいたくなくなる。俺がジャンへの不満を口にしないのもそのためだ。

「ラザロ。もういい、休め。最低限の業務以外はやるな。お前は今心が疲れているんだ」
「すみません。ありがとうございます」

 疲弊したラザロの姿が自分と重なる。何故こんなに報われないんだろう。俺たちみたいな存在は、強者に食われて野たれ死ぬ。

 寒さが増した部屋にラザロのすすり泣く声だけが響く。あの時のルイスの泣き声も一緒に聞こえた気がして、俺は固く目を閉じた。



 深夜、ジャンがいきなり帰ってきてラザロが追い出された。ソファに座るジャンの横で直立不動の姿勢を保つ。

「カイン。最近世話係とはどう?」
「特に変わりありません。世話係としては優秀かと」
「人間としては?」
「正直、よくわかりません。彼とは必要以上に話をしないので」
「そっか。ごめんね。つまらない質問して。おいで」

 ジャンが手を広げたのを合図に動き出す。ジャンの膝の上に向かい合わせで座り、彼の首に腕を回す。ジャンの両手が俺の背中に回り、強く抱きしめられた。

「カインは俺を裏切らないよね?」
「もちろんです」
「まあ、裏切っても一回だけなら許しちゃうかも。今までそんなこと思ったこともないのに、カインはすごいね」
「ありがとうございます」

 顔が近い。吐息がかかる距離。でも口付けはしたことがない。ジャンが何をしたいのか、俺にはわからない。

「カイン。好きだよ」
「俺も、大好きです」

 触れ合ったところが熱い。それなのに身体の芯は冷え切っていて、いつまでも寒いままだった。



 結局ジャンは四日ほど滞在し、その間ラザロと話す機会がなかった。
 仕事に行きたくないと駄々をこねるジャンを見送った。馬車の音が聞こえないが、今日は使わなかったのか。寒いのにご苦労なことだ。
 しばらくして、扉から音が聞こえた。この感じは間違いなくラザロだ。

「ラザロ?」
 いつもと様子が違った。部屋に一歩だけ入り、扉を開けっぱなしにしている。『入ったらすぐ施錠するように厳命されてるんです』と教えてくれたのはラザロなのに。

「おーい。どうした?」
 足枷を引きずりながらラザロのもとに向かう。その間もラザロは微動だにしなかった。
 久しぶりに扉の向こうを見た。何の飾り気もない石階段だ。

「カインさん」
 ラザロがいきなり俺の右手首を掴んだ。振り払おうとしてもびくともしない。

「ラザロ、様子が」
「逃げましょう。ここから、一刻も早く」
「どうした? いったい何があった」

 これはおかしい。頭の中で警鐘が鳴る。何が起こってもいいように、冷静にならなければ。

「おれ、見たんです」
「何を?」
「子供たちが、檻の中に」
「ラザロ、ゆっくり息を吐いて吸え。命令だ」

 首輪の力により、ラザロは俺の言葉に従ってゆっくりと深呼吸した。

「同じ村の、知り合いの子供たちが奴隷として売られていくのを見てしまって」
 ラザロはガタガタと震えだした。顔面蒼白だ。
 平然とルイスを売り払おうとした組織だ。子供の人身売買なんて日常茶飯事なのだろう。

「話を聞く前に言っておく。お前は悪くない。これは絶対だ」
「でも、でも、子供たちがおれを見てほっとした顔をしたんです。おれ、助けられなかった。あの時の、失望した顔が忘れられなくて……」
「ラザロ。悪いのはお前じゃない。組織だ」
「おれ、その組織の一員なんですよ!!」

 彼がこんなに声を荒げるのを初めて聞いた。だがその声に怒りを感じなかった。これは慟哭だ。

「カインさん。おれ、子供たちは無理だったけど、カインさんだけは助け出せるんじゃないかって。これ足枷の合鍵です。ちょうど拠点にあって、だから」
 ラザロがおれの手首から手を離し、合鍵を使い目にも留まらぬ速さで足枷を解除した。

「カインさん、一緒に逃げましょう。ここにいちゃダメです」
「俺は……」
 ラザロの顔は真剣そのもので、いつもの軽い調子とはかけ離れていた。
 ラザロは真剣に俺を思って行動している。だからこそ俺は——

「ごめん。俺はいけない」
「どうして!」
「俺が逃げ出したら義弟がどうなるか……だからこのままでいい」
「でも、それじゃあカインさんがあまりにも」

 ラザロには申し訳ないが、俺の中にここから出るという選択肢はない。どう説得しようかと悩んでいると、聞き覚えのある固い靴音が聞こえた。信じたくない。馬車の音が聞こえなかった理由は、まさか。

「なんで扉が開けっぱなしなの?」

 部屋から出たはずのジャンがそこにいた。その声からどの感情も感じ取れなかった。ただ、その場にいる者を絶望の淵に突き落とす、絶対的な脅威となってそこに存在していた。
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