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第三章

相談員の教育研修 前編 精霊は受注生産?

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「相談員諸君、私は精霊界への移住に関する業務の統括組織『移住管理委員会』に所属するガネーシャだ」
 牙が片方しかない象の頭を持つ精霊が挨拶した。首から下はスーツ姿の人、といったいでたちだ。
 今日は相談所に所属する魂霊の相談員が全員「ケルークス」に集められていた。
「ケルークス」の店内は二つに区切られて、半分は通常営業、残りの半分に我々相談員が詰め込まれている。

「コホン、今回の研修の目的は相談員に必要な精霊や精霊界についての知識を習得してもらうことだ。丸暗記する必要はないが、精霊界のことを正しく移住希望者に説明できるようになってもらうためにも、正しい知識を身に着けてもらいたい」
 象頭の精霊が後ろに置かれた黒板を指し示した。
 黒板には「精霊の歴史」「精霊界のルール」と書かれている。これらを我々相談員が習得しろということらしい。

 話は二週間ほど前にさかのぼる。
 急にアイリスから呼び出しがかかって、相談員全員が「ケルークス」に集められた。
 私はたまたまこのタイミングでカーリン特製のアンブロシア酒の納品があったので出勤に支障はなかったが、一部の相談員はかなり後になってから出勤してきたそうだ。

「今すぐ来れないメンバーは仕方ないか。ええと、急ですが相談員の皆に精霊界について勉強してもらうため研修が行われることになりました」
 唐突にアイリスにそう言われて、私を含めた相談員はぽかんとしてしまった。
 私が相談員第一号だが、相談員になってから教育とか研修の類は一度も受けたことがない。
 そもそも相談員はそんなものが必要な仕事ではない、今のところは。

 アイリスも皆の反応が芳しくないので慌てた様子で、
「あ、移住者の相談員の制度ができてから、ずっと検討されていたのよ。ほら、精霊ってのんびりしているから……」
 どうやら相談員の教育については私が相談員になってからずっとどうするか考えられていたようだ。
 それが今の今になってようやく形になった、ということらしい。
 私が相談員になってから四〇年くらい経っていると思うのだが、精霊からすれば一瞬なのだろう、きっと。私にも自信がないが……

「精霊の歴史には興味があるが、研修はいつ実施されるのだ?」
「ハーレム王子」ことドナートが尋ねた。
「皆の都合を聞いて返事するわ」
 こうして今日と明日の二日間で研修が行われることが決まった。

「いかん、忘れておった。最初の講義の前に相談員制度が一部変更されるのだった、その説明からだ。ガハハハハ」
 象頭の精霊ことガネーシャが突然笑い出した。
 象頭なので表情は窺い知れないが、意外にひょうきんなオッサンなのかもしれない。
 いや、性別も怪しいが。この声は一応男だと思うのだが……

「相談員制度だが、今後は研修を受けた魂霊の相談員も相談中に自分のこと以外の話をすることが認められる。話していい内容は後で配る『相談員ハンドブック』に書いてある内容だ。また、精霊の相談員がいない場合でも研修を受けた魂霊の相談員が単独で相談客の対応をしてよいことになった」
 これは結構大きな変更だ。
 今までは相談の中で自分の経験だけしか話せなかった。それが今後は魂霊の相談員だけで相談客の対応が可能となる。
 アイリスが不在のときでも相談客を待たせずに済むということだ。

「……それでは、まずは精霊についての知識だ。精霊を分類する際の分類法にはどのようなものがあるか……そこの眠そうなお嬢さん、答えてくれるかの?」
 ガネーシャが長い鼻でコレットを指した。
「ほぇ? 私ぃ? 火とか風とかの属性でしょ~、それから夢とか睡眠とか司るものもあるよね~」
 眠そうな声でコレットが答えた。
「そうだの。属性や司るもので分ける方法はある。他に何かあるかの? そうだな……ここには相談員第一号がおるのだったな」
 そう来たか。

「アーベルと言います。相性を見るときに流れの程度を示されたことがありますが……」
 私は相談員としての経験は長いが、精霊界に移住してきた中ではそれほど移住が早かったわけではない。精霊についてはまだまだ知らないことの方が多いのだ。
「そうだ、それだ。アーベル。お前さんはごく弱い流れをもっているようじゃの」
 ガネーシャがただでさえ小さな目を細めた。どうやら正解だったようだ。

「他にないだろうか?」
 ガネーシャが相談員たちを見回した。
 種類、すなわちウンディーネとかニンフとかも一種の分類法だろうが、私にはこれ以外に思いつかない。

「あの……」
 挙手したのはベネディクトだ。
「ほう、お主か。答えてみよ」
「はい。精霊には格というものがあると聞いています。僕のパートナーは原初の精霊という格らしいですが……」
 ベネディクトのパートナーはメイヴという闇の精霊だ。確かに原初の精霊の一体だとは聞いたことがある。

「お主はメイヴと契約しているのだったな。あれは格というのとは少し違うのだが……まあいいとしよう。いまからこの話をするのでな」
 ガネーシャが長い鼻でさらさらと黒板をなぞると「精霊の歴史」という文字が浮かび上がった。

「精霊を分類する際、造られた時代で分けることがある。古い精霊ほど格が高いという者もおるが、それはあまり気にせんでいい」
「それでは何故、精霊を格付けするのですか?」
 フランシスが挙手して尋ねた。
「そう来るか。まあ、古い連中の方が物を知っておるからの。単に長く存在しているだけなのだが……」
 要するに古い精霊の方が昔のことを知っているため、何かをするときに昔のことを知っている古い精霊がリーダーシップを発揮することが多かったらしい。
 そのことを言っているのだとガネーシャは説明した。

「で、精霊の歴史は四つの時代に分けられる。今後増えることはないと思うがの」
 ガネーシャの説明によれば必要な世界や精霊はすべて造り終えているので、精霊の歴史に新しい場面が来ることは無いだろうとのことだ。

「最初は世界もなく、ただ精霊たちが存在していた時代だ。この時代を『原初』といい、最初から存在していた精霊たちを『原初の精霊』という」
 ちなみにガネーシャも分類上は原初の精霊らしい。
 さっきベネディクトが言った通り、彼のパートナーであるメイヴもこの原初の精霊に属する。
 原初の精霊は人間には神として認識されている者が多いそうだ。
 数は少なくて数千くらいとのことだ。

「次に精霊は彼らが住む世界を設計した。この時代は『初期』という。だからこの時代に造られた精霊は『初期の精霊』という」
 生命の精霊ナイアスは「初期の精霊」、その中でもごく初期に造られたらしい。
 そうか、アイリスはかなり昔の生まれなのだな。

「その次は精霊が世界を創っている時代だ。『中期』と呼ばれることが多いが、その後の時代とひっくるめて『新しい時代』と呼ばれることもある。記録などでは『中期』とするのが正式だの」
 この時代に誕生した精霊が「中期の精霊」で、ニンフやドライアドはここに属するらしい。
 私のパートナーだとカーリン、リーゼの姉妹、そしてメラニーがここに属する。

「最後は世界が完成した後の時代。『新しい時代』と呼ばれておる」
「新しい時代の精霊」は数が最も多いそうだ。ウンディーネ、ボーグルなどがここに属する。
 私のパートナーだとニーナがここに属する。
 ニーナが遠慮気味なのは、生まれた時期も原因のひとつなのかもしれない。

 しばらく精霊の歴史と、時代時代で生まれた精霊についての説明が続いた。
 精霊の種類はやたら多いが、ほとんどの精霊は中期または新しい時代の生まれだ。
 新しい時代の生まれが全体の七割ほど、中期の精霊が残りの三割のうちのほとんどになるようだ。
 原初の精霊と初期の精霊は合わせても一パーセントにも満たないらしい。

「初期とか中期とか、年数で言うとどのくらい前になるのか知りたいのだが」
 フランシスが挙手して質問した。

「世界が創られ始めたのがおおよそ二百億年前だ。これが中期の始まりだの。完成したのが五十億年くらい前だ。これが新しい時代の始まりになる。存在界に生物を作り出したのは四十億年くらい前からだった」
「……初期とか原初の始まりはいつなのだろうか?」
「ない」
「ない?! どういうことだ?」
 ガネーシャの言葉にフランシスが声をあげた。確かに「始まりがない」というのは意味が解らない。
 フランシスや私だけではなく、他の相談員たちも頭の上にクエスチョンマークを大量に浮かべている。

「世界を創るまでは、時というのは平等に流れるものではなかった。だから世界に時は存在しなかったのだよ」
 ガネーシャの説明によるとこういうことらしい。
 世界を創るまでは、活動している精霊の周りだけで時が流れていた。
 活動の大きさや内容によって時の流れは異なったし、活動していない精霊の周りでは時は流れなかった。
 これでは共同で活動するときに不便だということで、世界を創り始めたときに世界で共通に流れる時を創ったのだそうだ。
 だから世界の時の流れは世界を創り始めた時点から始まっている。それが約二百億年前のことらしい。

「正直わかったようなわからないような、なのだが。となるとうちの所長は二百億年以上の時を生きている、ということになるな」
「フランシスと言ったか。お主、私が世界が何年前に創られたか説明したなどと口外するなよ。アイリスに知られたら面倒だからな、ガハハハハ」
 ガネーシャが豪快に笑ったが、私は一瞬悪寒のようなものを感じてビクッとした。
 他の相談員たちも同様であったが、ガネーシャが何かしたのだろうか?
 フランシスは苦笑しながらうなずいていたが……

 これで私のパートナーたちの年齢もある程度わかってきた。
 ニーナが一番年下で四十億歳以上五十億歳以下、他の三体は五十億歳以上二百億歳以下、ということになる。
 私などは人間の時代と魂霊の時代を合わせて百年をちょっと超えるくらいだろうから、ひよっこ未満の若造でしかないはずだ。

 ここで私の頭に一つ疑問が浮かんできた。
「ガネーシャ先生、質問よろしいですか?」
 学生時代に「教官と呼ぶのは、教えている人に対して失礼だ」という指導者に何度か当たったためか、私には指導者を「先生」と呼ぶ癖がある。
「アーベルか。いいぞ」
「説明だと時代をまたいで同じ精霊が造られていないように思えたのですが、そうなのでしょうか? 例えば中期の精霊のニンフは、新しい時代に造られていないのですか?」
「ほう、興味深い質問だの。人間の感覚からすればそうなのかもしれぬが……」
 何が興味深いのかは私にはよくわからない。

「……それで質問の答えだが、一種類の精霊は一回しか造らないのだ。造るときに『これこれこのような精霊を何体造る』と決めて、造ったらそれ以降は同じ精霊は造らない。人間の言葉だと一ロットのみの生産、になるのか?」
「どちらかというと受注生産、というのが近いと思います……」
「そうか、なら、精霊は受注生産だったのだよ。もう造られることはないけどな、ガハハハハ」
 自分で口にしておいて後悔したのだが、受注生産、という言葉に自分の頭の中で何かが崩壊していくのを感じた。
 これが精霊の感覚なのだろうか……?
 少なくとも私は自分のパートナーたちに受注生産品だとは言いたくないし、思いたくもない。
 まあ、自分が受注生産品だったとしてそう言われるのはまだ許容できるのだが。
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