最後の君へ

海花

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結局直斗は紡木の車の助手席にいた。
無視して通り過ぎることも出来たが、「まぁいいか…」と言う気になったのが自分でも不思議だった。恐らく同級生として出会っていてもタイプ的に合わない。見るからスマしてて、気取っていて……
その人の口から「ラーメン」というワードが出たのも気になったのかもしれない。

──絶対小洒落た今時のラーメン屋に行くんだろうな……。

考えるともなく考える。

「親御さんに連絡しなくて大丈夫?」

運転しながら紡木が声を掛けると

「全然問題ないっすね」

直斗が素っ気なく答える。

「……そう……」

それ以上紡木も突っ込まなかった。
その後は言葉を交わすことも無く車は細い道を通り、小さな駐車場に止まった。

「さあ、行こう」

紡木が車を降りると直斗もそれに続いた。
すぐ目の前に、一体築何十年なんだろう…と思わせる、小汚い店があり、その軒下に「ラーメン」と暖簾が掛けられている。そしてその暖簾も相当な年代物に見える。

────昭和だ………………

失礼ながら、直斗の一番最初の感想だった。
昭和の、しかも相当古いドラマに必ず出てくる「あれ」だ…。そのよく言えばレトロな建物に紡木が構わず入っていく。
木枠のドアは『ジャリジャリ』と音を立てて動いた。

───本当に営業してんの!?

直斗の疑問に

「いらっしゃい」

中から響く明るい声が答え、少しほっとした。

「こんばんは」

紡木がにこやかにカウンターの中へ声を掛ける。

「やだ、れいちゃんじゃない!久しぶり!元気だった?」

中のちょっと年代を重ねた女性が嬉しそうに紡木に応えた。世でいう『女将さん』てやつだろうか…。

「れい、少し痩せたか?」

ラーメンを作っているらしき、やはり年配の男性も紡木に声を掛ける。こちらは『大将』とでも言おうか…。しかも見た目も『大将』っぽい……。

「最近忙しくて」

紡木が笑って答えながらカウンターのイスに腰掛ける。
女将さんが直人に気付き「いらっしゃい」と、笑顔を向けてくれる。

「お前、…弟なんかいたか?」

大将も直斗に視線を向ける。

「違うよ。今、教育実習行ってる学校の子。色々手伝ってもらったし遅くなったから夕飯付き合ってもらったんだ」

紡木が隣に座るよう促すと、直斗はペコっと頭を下げてイスに座った。

「いつもの?」

女将さんが聞くと

「うん、藤井くんは…同じでいいかな?」

「え!?……あー…はい……」

──同じで…って言われても……

それが何か分からないまま返事をした。

「苦手なものとかある?」

「いや…別に……」

「じゃあ、同じの2つ」

直斗は『昭和』の匂いのする店内を見回す。招き猫に、熊手に神棚もある。
しかも中は思いの外混んでいて、二人は色んな客と話しながら注文の品をどんどん作ってく。

「しかし……零が先生とはな」

大将がからかう様に笑った。

「……なんだよ」

紡木が面白くなさそうに大将を睨む。

「お兄ちゃん、こいつは子供の頃、手の付けられないヤンチャ坊主でな」

大将が直斗に向かって話し出した。

「昔の話はいいよ!」

紡木が慌てて遮る。

「……へぇー……」

直斗が紡木を見ると微かに顔が赤くなってる。

──意外な過去だな……

学校でのスマした感じからは想像出来ない…。

「れい……身体は大丈夫なのか?」

大将が急に真面目な顔で紡木を見つめた。

「大丈夫、大丈夫」

紡木は笑って答えたが、それ以上は聞いてほしくないと言いたげに視線をずらした。
直斗はチラッと紡木を見る。

───どっか悪いのか……?

「はい、お待たせ」

タイミングよく女将さんがチャーハンと餃子を持ってきたと思ったら

「はいよ」

とカウンターの中からは大将がラーメンを出してくれる。
直斗の目の前にチャーシュー麺にチャーハンに餃子が並んでいる。

「チャーシューはサービスな」

大将がニヤッと笑った。

「……これ全部食うの…?」

直斗が驚いて紡木を見つめた。



帰りの車の中、直斗ははち切れそうなお腹を抱えていた。元々男子高校生にしては少食な方なのに、余裕で食べている紡木に、負けじと張り合って食べた結果だった。

「大丈夫……?」

紡木が心配そうに声を掛ける。

「……全然…大丈夫じゃない…気持ち悪い……」

「え!?……どっか止まる!?吐く!?あ…袋…あったかも……」

紡木が慌てて車を端に止めて、袋を探しているのを見て直斗が声を上げて笑った。

「嘘だよ。苦しいだけで全然平気」

「……からかわないでよ」

紡木が溜息をついて

「藤井くん、意外に少食なんだね」

そう言って再び車を走らせた。

「……あんたが大食いなんだよ」

直斗が呆れ顔で紡木を見る……。

「でも、美味しかったでしょ?昔から好きなんだよね……」

「美味いは、美味かった」

直斗が答えると紡木が嬉しそうに笑った。
学校で見せる笑顔とは全然違う。妙に無邪気で……。
直斗は思わず目が離せなくなった。美味いけど、小汚いラーメン屋に連れていかれたり…。気持ち悪いの一言に慌てたり…。
何だか……思っていた『紡木』とは全然違う……。

「……なに?」

視線をずらす事無く前を向いたまま紡木が声を掛けた。紡木が運転に集中していると思って油断していた。
直斗が慌てて窓の外に目を向ける。

「…別に?……ただ……何となく見てただけ」

「……そっか」

紡木が笑った。



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