不可侵領域

千木

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 夜。カーテンが閉められ、消灯を告げた看護師が病室を出て行く。足音が遠くなって、少しもしないうちに電気が消えた。扉についた曇りガラスの小窓の向こうも暗くなり、非常口の緑の光だけがぼんやりと映る。

「……もう大丈夫だよ」

 レンの小声がやたらと響く。その声に反応するように、ゆっくりと手洗い場の扉が開いた。軋む音を極力おさえて、セイはおずおずと顔を出す。それから閉め切るまで気を払って、そっとベッドに近づいた。

「足元、気をつけて」
「はい。……けれど、良いのでしょうか。こんなこと……」

 起き上がった状態のレンとぎゅっと抱き合って呟く。完全に真っ暗というわけではなく、視界も慣れてきて、薄闇の中にレンの顔が見えた。彼もまた、困ったように笑っている。

『今日、泊まっちゃいません?』

 それは、面会時間もルールも無視した提案だった。今夜はノノがこの階の担当だから、巡回も彼女だけ。一人部屋なことを利用して、消灯時間を過ぎてからも、朝まで一緒にいてしまえと。
 レンもセイも驚いて、一度は躊躇った。それでなくとも良くしてくれている病院のルールを破ること、バレてしまえば迷惑を掛けてしまうこと、場合によっては面会、ひいては入院自体に支障が出る可能性だってあること。
 それでも、結局ノノの押しと本能に負けて、今に至る。一度アパートに戻って、着替えなんかを全て持って来て。面会時間を過ぎてからは完備されたユニットバスにじっと身を潜めていた。

「まぁ……こうなってしまったら、もう外に出ることは出来ないから」
「そう、ですね」
「……おいで」
「っ、」

 少し戸惑うも、頷いてベッドに入る。二人で密着して横になるのは、恋人になった時以来。あの時は幸せ過ぎて気にすることは無かったが、服を下に敷いていたとはいえ床に直だった。ふわふわとしたマットレスは、小屋の床やアパートの煎餅布団とは比べ物にならない。
 抱き締められ、彼の体温と匂いに甘んじる。呼吸音と、お互いに少し早い鼓動が嫌でも感じ取れてしまう。

「久しぶりだね。こうしているの」
「はい……」

 彼の背中に手を回して、擦り寄る。レンが僅かに息を詰めた。
 夕食の時間にノノがセイの様子を見に来て、軽食を渡してくれた際に、耳打ちされた言葉を思い出す。

『人は滅多に来ないとは思うけど、壁がガッツリ防音なわけじゃないっす。だから、お誘いするんなら気をつけてくださいね』
『えっ……!?』
『久しぶりでしょ?多分、そうなるんじゃないっすかね。バレないように、よろしくです』

 その時は、罪の重ね塗りなどするものかと、流石にそこまで理性が保てない筈は無いと思っていた。なのに今、彼が傍にいて、誰もいなくて……熱が思考を蝕んでいる。いくら拒んでも、間違いなく自分は今、彼を求めている。
 顔を上げて、どちらともなくキスをする。啄むようないつもの口付けが、やがて舌を絡め、呼吸を奪い、ねっとりと欲を纏い出す。お互いに回した腕に力が籠って、口端から苦しそうな声が漏れた。唇を舐められ、名残惜しそうに離れる時には、押し込んでいた愛欲が堰を切ったように溢れ出していた。

「セイ、」
「……ごめんなさい。我慢、出来ないです」
「っ、」
「触って……ください。声、出さないから……」

 自分はこれほど理性の弱い人間だったのか。結局性行為無しには恋愛は出来ないのか。身体を求めてきた男性たちと一緒なのかと、嫌になるのに。レンに触られたくて、繋がりたくて仕方ない。彼だけだからと一人で言い訳をして、雑念を黙らせた。
 両手を頬に添えられて、瞳が合わさる。羞恥に瞑りたくなるけれど、彼の瞳にも欲が見えて、そんな月のような双眸から逸せない。まるで魅入られたように。
 噛みつくようにキスされる。口内を蹂躙される。ぐちゃぐちゃと嫌な音がして、溺れそうになるのを必死に受け止めていると、服越しに身体を撫でられて少しだけ声が漏れた。
 修道服でない衣服。口づけをやめないまま、器用にボタンを外される。すぐに露わになる素肌に、ひんやりとした指先が触れた。

「……ん、……ぅ♡」
「……あぁ、駄目だな。自分がこんなに理性が弱いなんて、思わなかった」
「神父、さま、」
「君から言わせてごめんね。俺も、君に触れたい」
「ッ……!はい、……はい、」

 レンも同じだとわかると、安堵に頬が緩んだ。普段あまり晒されたことのない首筋に、鎖骨にキスを落とされる。チリ、とした痛みを感じるたびに、心が満足するのがわかった。じんわりとした熱を堪能していたセイの身体は、しかし胸に触れられたことでびくりと強く反応する。上がりかけた声をぎりぎりで噛み殺した。レンの所為で弱くなりきった乳首は期待に既にぴんと膨らんでいて、指でつままれると素直に悦んだ。

「ッ♡ふ、ぅ、んんっ♡」
「……自分で、しなかったの?」
「しよう、とは、思いましたけど……ッ♡上手く出来なくて……」

 レンを欲しがり、熱を持つことは何度もあって、自分で慰めようと触ってみたことはあった。しかし快楽はさほど得られず、そんな自分の姿に対する嫌悪感が先に来てしまって、ある意味それで熱はおさまるものの、自慰行為としては失敗に終わっていた。快感を噛み殺しながら答えるセイに、レンは短く返事をして、弄っている方ではない胸に舌を這わせた。

「ん、ッ、ぅう♡ぁ、神父、さま、」
「唇を噛んでは駄目だよ。シーツを、」

 こくこくと頷くと、セイはシーツを掴んで口元に持ってくる。久しぶりの快楽に腰が跳ね、それだけですぐ達しそうになるのを耐える。周囲を汚してはいけない。そんな理性と裏腹に、彼から与えられる刺激は確実にセイを追い込んでいく。

「待っ……ぅ、あ♡待ってくださ、イっちゃいます、からッ……♡」
「……」
「しん、ぷさま……?ッ♡ぁ、ぁッ!?♡待って、駄目、」

 乳首をこねくり回していた手が移動したかと思うと、足の付け根を指の腹でなぞり、そのまま秘部に滑り込まれた。快楽に蕩け、触られてもいないのに粘着質な水音がする。それを潤滑油にするように、指に纏わせて挿し込まれると、無意識に下腹部に力が入った。

「だ、めぇッ……♡今、駄目だから、神父さま、♡」
「声、……可愛いけれど、今は抑えて」
「っ!ん、んっ、……ッふ、♡」

 嬌声を制止の言葉ごと、レンの肩元で殺す。彼の指はナカを容赦なくぐりぐりと刺激する。セイの弱いところを熟知しているレンは、セイの限界が近いことを知った上で、責め立てることをやめてくれない。胸にも、ナカにも、快楽と愛情をひっきりなしに与えられれば、教え込まれたセイが耐えられるわけはなかった。

「ふ、ぅ、ッ♡だめ、だめなのに……も、無理……ーー~~ッ♡♡」

 奥をがり、と引っ掻かれると、セイの身体がしなった。透明な液体を噴き出して、足先が痙攣する。ぐちゃりと音を立てながら指が引き抜かれると、欲しがるようにひくひくと蠢いた。

「ぁ、ッ、♡……ぁ、汚しちゃ、」
「汚さないように、なんて最初から無理だよ」
「っ……でも、」
「気持ち良かった?」
「……ばか、また私ばかり」
「ん、じゃあ……俺も、」

 ズボンに手を掛けるレンを眺めていたセイは、不意に身体を起こす。どうしたのかと動きを止めたレンを仰向けにすると、そのまま上に乗るような態勢になって、彼の足元に移動した。

「え?セイ、」
「私ばかり、されているのは嫌です」
「っ!?待って、」
「貴方だって待ってくれなかったでしょう」

 病衣のズボンはベルトも無く、脱がせやすかった。慌てて起き上がったレンに構わず引き下ろすと、血管の浮き出た欲が露わになる。前に提案さえすれど、結局一度もさせてもらえなかったので、セイは少しだけ躊躇し、しかし意を決してその先端に口付けた。独特の匂いがして、くらくらする。

「そんなこと、しなくて良いよ」
「いや、です。……どうしたら、気持ち良いですか。教えてください」

 やり方はなんとなくしかわからない。他人の行為や男性器が気持ち悪くて、そういった動画や本が見られなかったから。とりあえず歯は立てないように、唇と舌で優しく愛撫する。嫌悪しかない筈のそれが愛しく思えるのは、やはりレンだからに違いなかった。ピクピクと反応するのが可愛くさえ思えた。同時に、こんな質量のものが自分の中に入っているのだと思うと、下腹部に熱が籠った。
 レンは息を噛み殺しながら、諦めたようにセイの髪を撫でる。

「……口を窄めて、上下に動かして」
「ん、ッ、ふ……」
「上手、」

 頭上から聞こえるレンの指示に従い、口内と指で扱く。ぬるぬると苦い液体が口に広がっても気にせず、彼が気持ち良くなってくれることだけを望んだ。言葉の中に混じる色っぽい吐息が、セイを悦ばせる。

「セイ……っ、もういいよ。離して」
「いや、れ、しゅ」
「ッ!咥えたまま喋らないで……」

 びくびくと脈打っているのを見て、限界が近いことを察する。レンの制止はきかない。言われた通りに口を窄めて、舌を這わせて、自分の行為に、痴態に興奮してくれているソレを可愛がるように責め立てる。レンが強い力で引き離すより先に、セイの口内にごぽりと欲が吐き出された。

「ぐ、っ……ッ」
「セイ、ごめんね。大丈……」
「ん、……ッ」
「なっ、」

 セイを抱き寄せたレンは、嚥下の音を聞いて硬直する。小さく咽せながら、しかしセイは笑みを浮かべて、口をぱかりと開いた。雄の香りが顔周りに充満する。

「……けほ、美味しくは、ないですが……嫌ではないです」
「……飲むなんて、無茶をしないで」
「汚すの、嫌なんですもの。今更ですけど」
「……もう……」

 ぎゅっと抱き締められる。嫌だったのかと心配して顔を見ようとするが、見るより先に、太腿に当たる感触にはっとした。先ほど自分の口に欲を吐き出した筈の男性器が、再び熱を持っている。嫌ではないどころか、嫌ではないことが居た堪れなくて顔を隠しているらしいことがわかれば、反り勃ったそれをすりすりと太腿で撫でた。

「神父様、……来てください」
「……うん」

 キスしようとしてセイが躊躇うと、レンは構わず口づけてくれた。唾液と精液が混じった、匂いも味も酷いキス。それなのに、幸せでたまらない。
 膝の上に乗る形で、ゆっくりと腰を下ろす。拡げられる感覚に声が上がりかけて、咄嗟にレンの服を噛んだ。ずぷずぷと入り込むその形が確かに感じられて、足が震える。最後まで下ろせずにいた腰を掴まれて下ろされれば、今までにない強い奥壁への刺激に、声にならない悲鳴を上げ絶頂した。全身が痙攣して、欲しくてたまらなかったと言うように内壁はきゅうきゅうと締めつける。律動に合わせて、ベッドが軋む。

「ぅ、ふッ♡ッひぁ、ぁ"♡んぅ、」
「ッ、」

 歯がガチガチと鳴る。殺しきれない喘ぎ声が漏れてしまう。レンの服は自分の唾液と、口内に残った精液に塗れてしまったが、そんなものを気にしている余裕は無かった。

「ねぇ、セイ」
「ん、ンッ……?♡は、い、」
「名前を呼んで」
「ッ、レンさ、……ぁッ♡レンしゃ、ん」
「……ーーッ、」
「ひ、ぁ、あ♡おっきくなっ、たぁ♡レンさ、」

 素直に反応を示したレンが愛しくて、名前を呼ぶ。一度呼ぶだけでも羞恥に口籠ったのに、その理性は今や蕩けてセイの身体の何処にもなかった。耳元で名前を何度も囁くと、急に律動が深くなって、唇を噛んで強く抱きついた。ナカが一層痙攣している。イき続けている。

「っ、ふっ♡♡んん"、ッ、ぁ"、ぁ♡」

 声が抑えられない。唇を噛む力さえ失ってしまった。キスを強請る。呼吸を奪い合う。どこもかしこも、ぐちゃぐちゃだ。
 その時、遠くに足音が聞こえて目を見開く。飛んでいた理性が一気に戻る。ノノは来ないと言っていた。ならこの足音は誰?まさか、声が聞こえて様子を見に来るのでは……?
 わかっている。なんにせよ身を潜めるなり、とにかく声や音を抑えなくてはならないことは。
 ……わかってはいるのだ。

「ッ♡っ、ぅ♡♡」

 律動は止まらなかった。腰は揺れて、お互いに絶頂を欲しがっていた。このタイミングで、止まることは出来なかった。
 口づけを深く交わす。苦しい。がくがくと身体が震える。大きい波が来る。
 足音が、近づいて、

「ん、ぅ、~~~!!♡♡」
「っ、く、」

 ナカに欲を吐き出されて、セイは大きくのけ反る。腰を強く押しつけられて、全てを奥で受け止める快楽は、脳から足先まで伝わっていく。身体が言うことをきかないから、強く抱き締め合ったままで動きを止める。
 足音は特に止まることなく、そのまま過ぎていった。

「は、……っあ、ぅ」
「息吸って、吐いて」

 背をとんとんと撫でられ、言われた通りに呼吸をする。息が十分に出来なかったことで、酸素が行き渡らなかったらしい頭は一層回らない。ずるりと引き抜かれる刺激に幾度か身体を跳ねさせたが、それを最後にセイの身体は力を失ってレンに凭れかかった。

「しんぷ、さま、」
「……戻ってしまったな。まぁ、いいか。おやすみ」
「……」

 この服と、ベッドをどうするのかとか。このまま寝てしまったらだとか。そういうことを言いたかったのに、意識は構わず落ちていく。セイの身体を支えたまま、レンはベッドに倒れ込んで一息。それから苦笑を浮かべた。

「(ノノさんに、お願いするしかないな)」

 レンもまた、ノノにこうなるだろうことを言われていた。もしそうなったら、下手なことをせずに、自分が起こしに来るまで静かにしているようにと。
 腕の中で寝息を立てるセイの、乱れてしまった髪にキスをして、目を閉じた。
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