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第十一話・私が思っていたバレンタインとちがう

皆がそうだと言うならきっと

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 カバンと上着を取りに教室に戻った頃には、他のクラスメイトは誰も居なくなっていた。

 誠慈君は無人の教室で

「萌乃、大丈夫?」
「私はいいけど、誠慈君が……。ゴメンなさい。私のせいで、嫌な想いをさせて」
「萌乃のせいじゃないよ」

 誠慈君は少し言葉を探すような間を置いて

「さっきの人、いつもあんな調子だったの? 中学の時もずっと?」

 私がコクンと頷いて返すと、誠慈君は痛ましそうな顔で

「萌乃があの人を怖がっていた理由が分かった気がする。大変だったね」

 せっかく労わってくれているのだから、素直に頷けばいいのに。私は首を振って、本当は自分が悪いのだと答えた。菜穂ちゃんの言うとおり、遅くてしゃべれなくて、すぐに空気を悪くするからと。

 自虐的な返事に、誠慈君は心配そうな顔で

「なんでいつも自分が悪いなんて言うの? 萌乃は何も悪くなんか」
「……だって、あの子だけじゃないから」

 幼稚園から小学校低学年までは、私の周りはちょうど今みたいに優しい人ばかりだった。だから気づかなかった。私が楽しいと思っていた集団生活は、他の人たちに負担を肩代わりさせることで成り立っていたのだと。

 それを教えてくれたのが、小4の時の担任だった。先生は疲れやすくて動作の遅い私が

『萌乃ちゃん、いいよ』
『私たちがやってあげるから』

 と、なぜかクラスの子たちに、お姫様扱いされる様を見て将来を危ぶんだらしい。

『いくら世の中は助け合いと言ったって、池田さんは自分でやらなすぎだ』
『辛そうだから可哀想だからと、君たちが池田さんを助けた分、彼女は成長し損ねてダメになるんだ』
『何より人の優しさに付け込んで利用するのは浅ましい行為だ。池田さんのためにも君たちのためにも、そういう人間を増やすべきじゃない』

 そんな風に先生は授業の一コマを使って、いかに私のあり方がダメか皆に説明した。

 最初は、なんで先生はそんな酷いことを言うんだろうと悲しくなった。皆もそんな顔で聞いていた。でも先生は真剣に、このままでは私がダメになること。私が弱さを理由に、無意識に皆を利用していることを説き続けた。

 授業が終わる頃には全員が、私は弱さで皆を利用し、皆は優しさで私を腐らせていたと理解した。私は自分がとても恥ずかしくて、消えたくなった。


 私は当時のことを思い出しながら

「小学生の時も、先生にたくさん注意された。苦しいのも疲れるのもみんな一緒だって。それなのに私だけ、すぐに泣いて苦しがって他の人に頼るのは、自分の負担を人に押し付けることだって。すごく悪いことだから、直さなきゃいけないって」

 自分の何がいけないのか、誠慈君に冷静に説明しようとした。それなのに当時のことを話すと、勝手に呼吸が乱れて泣きそうになる。また無意識に自分を可哀想に見せようとしているのかと私は俯いて

「……ゴメンね。今は誠慈君に迷惑をかけている」

 誠慈君は優しくて穏やかで、本来なら人と衝突しない。私が弱いから護ろうとして人を睨み、対立する。そして異常だと非難される。

 私はそれがすごく申し訳無かったけど

「俺は萌乃が迷惑だともダメだとも思ってない」

 誠慈君は強く否定すると、私を引き寄せて抱きしめながら

「俺は萌乃が好きだよ。お父さんだってお母さんだって愛見たちだって。こういう萌乃だから、みんな好きなんだよ」

 誠慈君の言葉は、いつも優しくて温かい。でも嬉しい反面、未だに意味は分からなかった。こんな出来損ないが好きって、どうしてだろう? って。

 誠慈君は、いつもそのままでいいと言ってくれる。両親も愛見さんたちも、私が好きな人は全員、私の不出来を責めない。

 だけど例の先生には、甘い言葉に耳を貸すなと言われた。成長は必ず苦痛を伴うから、楽で優しいほうに逃げちゃダメなんだって。そのせいで誠慈君の言葉を、真実として受け入れられないのかもしれない。

 甘やかしじゃなくて本気で言ってくれているんだって、本当は大好きな人の言葉を信じたいのに。甘えじゃないか。間違いじゃないかって疑念が心に膜を張る。優しい人の言葉を真に受けて、このままの自分でいいなんて思わないように。

 誠慈君を信じたい。でも自分の不出来を許しちゃいけない。2つの矛盾した思考をどれだけぶつからせたところで、どうせ答えは出ない。ただ疲れるだけ。

 ……じゃあ、考えるだけ無駄だなと、私は思考を放棄した。

 どれだけ思い悩んだところで改善できないなら、せめて周りの人に苦しみを悟らせないように。自分自身さえ思い出さないように、心の底に再び沈めた。
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