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side 藤崎恵(めぐみ)
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ピンポーン。
さっきから鳴らしているけど、応答はない。
いつもの事だ。
共用エントランスのドアを開ける鍵は預かっているけど、玄関の鍵は別にあって、それはどうしても渡して貰えなかった。
だからいつもこうして、玄関ドアの前でチャイムを鳴らし続けるしかない。
しばらくしてやっと、ガチャ、と音がして重たい金属製の扉が内側から開けられた。
バスローブを一枚羽織っただけの彼が、寝起きで不機嫌そうな顔をして私を見つめている。
いつ見ても素敵だ。
あのバスローブの下は、きっと裸なんだろう。隙間から裸の胸が少し見えて、細いけれど引き締まっていそうな他の部分を想像すると、たまらない気持ちになる。
「おはようございます。よろしくお願いします」
皆に綺麗だ、素敵だと言われる笑顔でにこやかに挨拶しても、彼――雄大の表情は変わらない。
「客来てるから、勝手にやってて」
「はい、承知しました」
・・・そんなの、玄関の靴を見てとっくに分かっている。
雄大の靴より一回り小さいスニーカー。
また、あいつだ。みなと、とかいう奴。
まだ私が見た事のない彼の裸体の隅々まで、雄大が『あの時』どんな顔をするのか、どんな声で囁くのか、全部知っている奴。
しかも、男の癖に。
雄大が色んな相手を連れ込んでは、そういう行為をしているのは前から知っている。
だけど、どんな相手だろうと何度も続けて見る事はなかったし、彼にとってはどんな相手も遊びにしか過ぎないのは、雄大の態度を見ていたら分かる。
だから許容できた。
半年前にあいつを初めてこの部屋で見た時も、大して気に留めなかった。
最初は男友達を連れて来るなんて珍しいな、と思った。だけど廊下で二人がキスしているのを見て、今まで女しか連れ込まなかった雄大の突然の趣味に驚いたものの、どうせまた気まぐれな遊びの相手だろうと思った。
あいつを見掛ける回数が5回を過ぎた頃、おかしいなと思った。
気になって『みなと』が来ている時はあいつを観察した。そうしたら、あいつと接する時だけは、雄大が楽しそうによく笑っているのに気付いた。
言葉も態度も他の人間と接するのと同じように素っ気なかったし、『みなと』がよく来るようになってからも、他の女や男を部屋で見掛ける事があったから、観察しないと気付かなかったけど、何だか胸が騒めいた。
そしてその嫌な予感は半年経つ頃には確信に変わる。
最近は、みなと以外の男女を部屋で見掛ける事が全く無くなった上に、雄大がみなとを見る目がはっきり彼の気持ちを物語っている。
「あ、あは、おはよっす」
キッチンに向かう途中、みなとが寝室から出て来た。気まずそうに笑うその首筋にも胸の辺りにも、うっ血したような痕がいくつもある。
憎たらしくて、無意識に握った手に力が入ってしまう。
「ちょ、待てよ、今ダメだろ・・・」
キッチンに入ろうとした時、廊下からあいつの焦った声が聴こえて来て、その後繰り広げられてる事なんて知りたくもなくて、私は朝食を作る事に意識を集中した。
「また、こんなに汚して・・・っ」
寝室でぐしゃぐしゃに乱れたシーツを剥ぎ取りながら、奥歯を噛みしめる。
遊びだと思っていたから、彼とあいつの痕跡が、嫌というほど付いたシーツを洗うのも耐えられたのに。
頭空っぽのビッチそうな男の癖に、こんなに雄大に愛して貰って、さっきだって私の存在なんて完全に無視していちゃついてて。悔しい。
「あんな奴のどこが、そんなにいいのよっ」
思わず枕に拳を叩き込んだら、ふわっと雄大の匂いが立ち昇って来た。
いつも傍に寄ると漂って来る、ぞくぞくする匂いに無意識に吸い寄せられて、枕に顔を伏せてしまう。
「雄大・・・」
この匂いに包まれたい。抱き締めて愛してるって言われたい。
つい、うっとりスリスリしていたら、急にバンとドアが開いて冷水を浴びせられたように跳ね起きた。
「え・・・?」
みなとの困惑した声が聞こえて、急いでシーツを持って部屋を飛び出す。
どうしよう。
見られてしまった。雄大に告げ口でもされたら、今度こそ解雇されるかもしれない。
今までだって、別の人間に替えろと何度か言われていたのを、雄大の父親と私の父の繋がりで無視して貰って来たのに。
・・・あいつを排除するしかない。
今まで実行する踏ん切りが付かないまま、下調べだけはして来た。
「そうよ、あんたなんて適当なその辺の女とやってりゃいいのよ。別に雄大じゃなくたっていいじゃない。雄大だって、あんたがいなくなりゃ、目が覚めるでしょ」
みなとが回していたらしい洗濯機が止まっていた。
中身を取り出して一応きちんと畳んだけど、どうしても我慢出来なくてあいつの履いていたボクサーパンツを手に取ると、キッチンからハサミを持って来て、縫い目に沿って小さく切れ目を入れた。そこから手で引っ張ってビリビリと破いて行く。
問い詰められても、洗濯が終わって取り出したら破れていた、と言えばいい。
ちょっとだけ胸がスッとしたけれど、二人でこもったきり出て来ない寝室から、どう聞いても何かしている声が漏れていて、また腹の底から悔しさと憎しみが湧き上がって来た。
さっきから鳴らしているけど、応答はない。
いつもの事だ。
共用エントランスのドアを開ける鍵は預かっているけど、玄関の鍵は別にあって、それはどうしても渡して貰えなかった。
だからいつもこうして、玄関ドアの前でチャイムを鳴らし続けるしかない。
しばらくしてやっと、ガチャ、と音がして重たい金属製の扉が内側から開けられた。
バスローブを一枚羽織っただけの彼が、寝起きで不機嫌そうな顔をして私を見つめている。
いつ見ても素敵だ。
あのバスローブの下は、きっと裸なんだろう。隙間から裸の胸が少し見えて、細いけれど引き締まっていそうな他の部分を想像すると、たまらない気持ちになる。
「おはようございます。よろしくお願いします」
皆に綺麗だ、素敵だと言われる笑顔でにこやかに挨拶しても、彼――雄大の表情は変わらない。
「客来てるから、勝手にやってて」
「はい、承知しました」
・・・そんなの、玄関の靴を見てとっくに分かっている。
雄大の靴より一回り小さいスニーカー。
また、あいつだ。みなと、とかいう奴。
まだ私が見た事のない彼の裸体の隅々まで、雄大が『あの時』どんな顔をするのか、どんな声で囁くのか、全部知っている奴。
しかも、男の癖に。
雄大が色んな相手を連れ込んでは、そういう行為をしているのは前から知っている。
だけど、どんな相手だろうと何度も続けて見る事はなかったし、彼にとってはどんな相手も遊びにしか過ぎないのは、雄大の態度を見ていたら分かる。
だから許容できた。
半年前にあいつを初めてこの部屋で見た時も、大して気に留めなかった。
最初は男友達を連れて来るなんて珍しいな、と思った。だけど廊下で二人がキスしているのを見て、今まで女しか連れ込まなかった雄大の突然の趣味に驚いたものの、どうせまた気まぐれな遊びの相手だろうと思った。
あいつを見掛ける回数が5回を過ぎた頃、おかしいなと思った。
気になって『みなと』が来ている時はあいつを観察した。そうしたら、あいつと接する時だけは、雄大が楽しそうによく笑っているのに気付いた。
言葉も態度も他の人間と接するのと同じように素っ気なかったし、『みなと』がよく来るようになってからも、他の女や男を部屋で見掛ける事があったから、観察しないと気付かなかったけど、何だか胸が騒めいた。
そしてその嫌な予感は半年経つ頃には確信に変わる。
最近は、みなと以外の男女を部屋で見掛ける事が全く無くなった上に、雄大がみなとを見る目がはっきり彼の気持ちを物語っている。
「あ、あは、おはよっす」
キッチンに向かう途中、みなとが寝室から出て来た。気まずそうに笑うその首筋にも胸の辺りにも、うっ血したような痕がいくつもある。
憎たらしくて、無意識に握った手に力が入ってしまう。
「ちょ、待てよ、今ダメだろ・・・」
キッチンに入ろうとした時、廊下からあいつの焦った声が聴こえて来て、その後繰り広げられてる事なんて知りたくもなくて、私は朝食を作る事に意識を集中した。
「また、こんなに汚して・・・っ」
寝室でぐしゃぐしゃに乱れたシーツを剥ぎ取りながら、奥歯を噛みしめる。
遊びだと思っていたから、彼とあいつの痕跡が、嫌というほど付いたシーツを洗うのも耐えられたのに。
頭空っぽのビッチそうな男の癖に、こんなに雄大に愛して貰って、さっきだって私の存在なんて完全に無視していちゃついてて。悔しい。
「あんな奴のどこが、そんなにいいのよっ」
思わず枕に拳を叩き込んだら、ふわっと雄大の匂いが立ち昇って来た。
いつも傍に寄ると漂って来る、ぞくぞくする匂いに無意識に吸い寄せられて、枕に顔を伏せてしまう。
「雄大・・・」
この匂いに包まれたい。抱き締めて愛してるって言われたい。
つい、うっとりスリスリしていたら、急にバンとドアが開いて冷水を浴びせられたように跳ね起きた。
「え・・・?」
みなとの困惑した声が聞こえて、急いでシーツを持って部屋を飛び出す。
どうしよう。
見られてしまった。雄大に告げ口でもされたら、今度こそ解雇されるかもしれない。
今までだって、別の人間に替えろと何度か言われていたのを、雄大の父親と私の父の繋がりで無視して貰って来たのに。
・・・あいつを排除するしかない。
今まで実行する踏ん切りが付かないまま、下調べだけはして来た。
「そうよ、あんたなんて適当なその辺の女とやってりゃいいのよ。別に雄大じゃなくたっていいじゃない。雄大だって、あんたがいなくなりゃ、目が覚めるでしょ」
みなとが回していたらしい洗濯機が止まっていた。
中身を取り出して一応きちんと畳んだけど、どうしても我慢出来なくてあいつの履いていたボクサーパンツを手に取ると、キッチンからハサミを持って来て、縫い目に沿って小さく切れ目を入れた。そこから手で引っ張ってビリビリと破いて行く。
問い詰められても、洗濯が終わって取り出したら破れていた、と言えばいい。
ちょっとだけ胸がスッとしたけれど、二人でこもったきり出て来ない寝室から、どう聞いても何かしている声が漏れていて、また腹の底から悔しさと憎しみが湧き上がって来た。
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