離婚前提の仮面結婚のはずが、妊娠してしまったのですが…?〜夫は最初から私じゃない誰かを愛していました。〜

五月ふう

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32. こんな時間に……誰だろう

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Side ティーナ

 久しぶりに、少しだけ歌が歌えた次の日の夕方。私はいつものようにブレイブと晩御飯を食べていた。私が並べた料理を、ブレイブがじっと見つめている。

「なぜティーナは、こんなに料理が得意なのかい?」
 
 その言葉の裏には、"歌姫ティーナだったのに"という意図が透けて見えた。

私は小さく微笑んで答える。

「昔から作っていたからです」

 料理を始めたのは、使用人たちにいじめられないためだった。もともと孤児だったのに、師匠の一声でダルトン家の養子になった私は、使用人たちから疎まれていた。手伝いをすると彼らの鬱憤が少し晴れるのか、時折優しくしてくれた。だから、少しでもいい子に見られるために、料理や家事、掃除は進んでやっていた。

「こんな美味しい料理が作れるなんて、ティーナはすごいな!」

「あ、ありがとうございます」

 ブレイブにそう言ってもらえると、常に気を張って、いじめられないように、傷つけられないように生きていた日々が、報われる気がする。

 その時、呼び鈴が鳴った。私とブレイブは顔を見合わせる。

「こんな時間に……誰だろう」

 とブレイブが呟く。

 私は箸を置いてエプロンを外し、立ち上がろうとした。しかし、ブレイブが私を制するように言った。

「俺が行くよ」

 胸の中に嫌な予感が広がる。きっとリリーだ。私とブレイブが一緒にいることが許せなくて、彼女がまた何か言いに来たに違いない。そんな風に思いながら、私はその場で両手をぎゅっと握りしめた。

(やっぱり私は、ここにいるべきじゃないんだ。ここにいるべきなのはリリーなんだ)

 ブレイブは玄関に向かいながら、「もしも遅くなったら、先に寝てしまって良いからね」と振り返って言った。ブレイブもきっと、来客がリリーかもしれないって思っているんだ。

「わかりました」

と、私は小さく返事をする。

 湯気の立つスープを前に、私はしばらく箸を握りしめていた。

(このスープは自信作だったから、ブレイブに食べてもらいたかったな)

  なんとなく、その場にじっとしていられなくて、私は立ち上がった。

 玄関へ向かう途中、聞こえてきたのは男の低い声だった。

(誰?)

「ここに、ティーナ・ダルトンはいるか?」

その声に驚いて、思わず足が止まる。

「名前を教えてくれるか?」
とブレイブが静かに尋ねる声が聞こえる。

「先に質問に答えてくれないか?ここにティーナ・ダルトンはいるのか!?」
と、男は苛立った声を上げる。

「……お引き取りください」
とブレイブが低い声で告げた。

 どこかで聞いたことがある声だ――硬くて少し感情を押し殺したような、その響き。まさか……。そう思いながら、私は玄関に向かい、そっと顔を出した。

 そこに立っていたのは、間違いなく見覚えのある人物だった。

「レオン?!」
 
 思わず、大きな声が出た。

その男、レオンは私の顔を見るなり、その場に座り込んだ。黒いコートは砂埃で汚れ、髪はぼさぼさで顔には無精髭が目立つ。彼らしくない姿だった。

「ティーナ……だよな?」
と、レオンは弱々しい声で呟いた。

「ええ。どうしてここに……?」 
「……よかった……」
と短く呟いたレオンは、そのまま意識を失った。

「レオン!」
 驚いて彼の肩を揺さぶるが、反応はない。慌てて顔を近づけると、小さく息をしているのが分かる。…死んではいない。

 ブレイブは無言でレオンを抱き上げ、家の中へと運び込んだ。そして彼をベッドに寝かせると、私に向かって静かに問いかけた。

「この男は……?」
「……わたしの、元婚約者です」
「…ティーナの敵?」

私は、目を閉じて首を振った。

「いいえ。」

 

 ***
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