地味男はイケメン元総長

緋村燐

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四章 校外学習そして

かどわかし③

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「じゃあ中入れよ。取りあえず水道は使えるようになってるから」
 眼鏡を返してくれながら杉沢さんは家の中に入るよう促した。
 空き家なのに何で使えるんだ、ってツッコミはしない方が良いのかな。
 案内されるまま入っていくと、お兄さんもついて来る。
「なあ、本当にお前あの時の美人さん? マジで? まあ、メガネ取ったら思ったよりは可愛いけどよ」
 と、何故かまとわりついてきて正直ウザかった。
 お兄さんを無視しながら眼鏡をかけたけれど、今からメイクをするならメガネよりコンタクトの方が良いかと思い直す。
 持ち歩いているバッグには、念のためワンデイコンタクトを一組入れてある。
 私は洗面台で顔を洗うという杉沢さんに付いて行き、手を洗ってコンタクトを入れた。

「コンタクトあんならずっとそれにすればいいじゃん。なんでこんなダッサイメガネつけてんだよ?」
 そしてまだお兄さんがウザい。
 流石に無視し続けるのは不味いかな?
「……事情があるんです」
 仕方なく、そう一言だけ答えた。
「はー? 何だよその事情って?」
 と、答えたら答えたでまたウザかったので、これは答えなきゃ良かったかもと後悔する。
 そうしているうちに杉沢さんも顔を洗い終えた。
 先程の縁側近くの床の間らしき部屋に案内されて、目の前にメイク道具一式を用意される。

「さ、じゃあやってみて」
 言われて、取りあえず化粧道具の確認をした。
 化粧筆みたいな本格的なものは無かったけれど、確かに一通り揃っている。
 そして杉沢さんの顔を見る。
 自分でメイクをしていることもあって眉は整えられているし、スキンケアもちゃんとやっているみたいだ。
 陸斗くん以来の人に施すメイクに、私はこんな状況だと言うのにドキドキしてしまっている。

 目を閉じて、ゆっくり浅めの深呼吸をする。
 人に施すときの、集中するためのルーティン。
 実はさっきも気になっていたけれど、杉沢さんは全体的に血色が悪い。
 不健康というほどではないけれどそういう体質なのかもしれない。
 それで特に唇の色合いが悪い。
 その上、女性みたいに赤い唇にしたくなかったのかそっち系の色は避けているみたいだ。
 幸い口紅に使っているのはパレットタイプだったから、丁度良い色も作れそう。
 頭の中でイメージが固まったら、私はスゥとまぶたを上げた。

 杉沢さんが小さく息を呑む。
 そんな彼の肌に下地から塗っていく。
 陸斗くんとは違ってもう少し線が細いタイプの顔立ち。
 アイブロウは色を明るめに、少し細く。
 でも男らしさはしっかりと出るように……。
 アイラインは黒目が大きくなるようにしつつ、切れ長な目を少し強調した。
 口紅は難しかったけれど、オレンジ系をベースにローズ系の色を少し加えて良い色が出来たと思う。
 ティッシュオフしてもらうと良い感じになったと思う。
 最後に頬へチークを乗せて、仕上げをした。

 全ての工程を終え、微調整しながらチェックする。
 これで良い。と思ったら、自然と笑みが零れた。
「出来ました。どうですか?」
 そう言って鏡をさしだしたけれど、杉沢さんは目を見開いて固まっている。
「あの……?」
 困って顔を覗き込むと、やっとハッとして鏡を受け取ってくれた。
「へぇ……本当にメイク上手いんだな」
 自分の顔を確認して、杉沢さんは軽く驚く。

「次俺! 俺にもやってみろよ!」
 そしてお兄さんが、またうるさくなった。
 お兄さんにもメイク?
 メイク出来るのは嬉しいんだけれど、何でかなぁ?
 お兄さんにはやりたくないって思うのは。
 そんな思いを口には出来なくても表情には出してしまう。
 でもやっぱりバカなのかお兄さんは気付かず近付いて来た。
「なあなあ! ぅぐっ」
 そんなお兄さんの頭を杉沢さんが掴み押しのける。
「お前はダーメ」
 そして彼の目が私を捕らえた。

「っ!」
 杉沢さんの眼差しに、一瞬息が止まる。
 獲物を見つけたような目。
 でも陸斗くんのとは違う、もっと絡みつくような……そう、蛇に睨まれたらこんな感じ。
 獲物を丸のみしようかとたくらんでいそうなその口が開いた。
「君、凄いな。メイク中、ゾクゾクしたよ」
 にじり寄って来た杉沢さんは、私の顔を両手で包み込むように固定した。

「メイクすれば何もしないって言ったけどさ……やっぱりそれももったいないなぁ」
 熱のこもった吐息が近付く。
「っ⁉ な、にを?」
「ちょっとくらい味見してみてもいいよな?」
 そのまま、唇が触れそうになる。
「や――」

 やだ!!

「灯里!」
 そのとき、待ちに待った声がした。
 その声のおかげで杉沢さんの動きもピタリと止まる。
「灯里! ここか⁉」
 穴の開いた障子戸に、声の主の影が現れた。
 それを確認するためか、杉沢さんの顔が少し離れる。
 おかげで私にも彼の姿が見えた。
「灯里!」
 そう私の名前を呼んで障子戸を開けた陸斗くんに、息を呑む。

 邪魔だったんだろう。
 メガネをせずに外の明かりを背後にして現れた陸斗くんが、いつかのお化け屋敷のときの姿と重なる。
 淡緑黄色のほのかな光に照らされた部屋で、髪をかき上げ男らしく野性的な笑みを浮かべる陸斗くんが思い起こされた。

 ああ、なんだ……。

 ストンと、やけにアッサリ理解する。
 あんなに分からないと思っていたことが、こんなに簡単なことだったなんて……。
 初めて彼の素顔を見た日。
 あの幻想的にも見える部屋で笑う彼を見たときから、私はもう奪われていたんだ。
 私は初めから、陸斗くんに心を奪われていたんだね。
 今この瞬間に、私はやっとそれを理解した。
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