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第二章

執務室前会議

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「あ、団長って今日もしかして非番ですか?」

 ディータが団長執務室の机に頼まれた書類の束をどさっと置いた時、何かの紙を握りしめてレオンハルトの伴侶が執務室に入って来た。

「あ、セレちゃん。そうなんだよー。やっと休みが取れたんだって。急ぎの用だった?」
「いえ、ちょっと新しく魔道具作ったので団長に試用してもらおうかと思って」
「どんなの? 見せてー」

 執務室前の廊下で魔道具について質疑応答していると、ちょうどレオンハルトが通りかかり、そこに輪ができる。

「セレ、来てたのか」
「うん。前言ってた魔道具出来たから早速持ってきたんだけど、」

 とセレと呼ばれたレオンハルトの伴侶が執務室の扉にちらっと視線を向ける。

「ああ、団長がいなくてディーと話してたのか」
「……レオン、男の嫉妬は醜いよー」
「あのな…」
「最近はヴィルまでピンク色だし、俺もそろそろいい人見つけないとなぁー」

 ディータが感傷に浸りながら、はぁーと溜息を吐いた。

「ね、レオ。ヴィル…って誰のこと?」
「ユリウス殿下の事だ」
「そうなんだ。婚約者ってアンネリーゼ様だっけ、仲いいんだね」
「………」

 ディータとレオンハルトは目を合わせて、二人して頭を振った。

「そういう訳でもないんだよねー」
「今は婚約解消と昔のツケの清算のために奔走中だ」
「婚約解消?! でもピンク色って……」
「だからこそピンク色、かな」
「唯一ができたってことだ」
「ゆ、唯一…」

 そっかー、そうなんだ、とセレは頬を染めた。

「おい、ディータ!」

 腹に響くような声が廊下に行き渡る。三人はその声の主を振り返った。まさしくその人物はちょうどその執務室の主で。

「団長、今日非番じゃ――」
「お前、エルヴィンにちゃんと連絡したんだろうな」
「勿論しましたよ。お土産付きで」

 詰め寄ってくるジェラルドにディータは反り返り気味になりながらも答えた。そして四人で輪を作る。

「って今日ですよね。こんなところで何してるんですか?」
「こっちが聞きたいぐらいだ。店の前にはいない上、店も頑丈に戸締りされてた」
「エルヴィンに何か用が?」
「いや、家に呼んで礼でもしようかと…」
「なら…」

 レオンハルトはセレをちらっと見る。

「何かエルヴィンの魔力が宿るものさえあれば、セレノアなら探知できるかもしれません」
 
 な、とレオンハルトは伴侶に話しかける。

「はい。なんとか王都全域はできます」
「魔力か…」

 ジェラルドは無精ひげの生えた顎を撫でながら、うーんと唸っていたかと思えば、何か思いついたように、魔道具から、怪しい緑の液体の入った瓶を取り出した。

「うわ、なにこれ。団長、なんかやばいものに手をだしたんじゃないでしょーね」
「違うわ! これはエルヴィンの作った回復薬だ。魔力が多少籠ってる。頼む、セレノア」

 はい、とセレはその薬瓶を受け取った。そしてすぐに首を傾げる。

「僕、この子知ってるかも…? あ、すみません。先に探知ですね」

 セレは目を瞑り、その魔力を追う。その様子を三人が固唾をのんで見守っている時、

「団長ー」

 と、どすどすと音を立てながら廊下を走ってきたのは城壁警備隊隊長のバルドだった。

「ちっとは静かに走れ」
「すっ、すみませんっ」
「で、用件はなんだ?」
「はい! 昨日、薬屋の坊主が――」
「薬屋の坊主って…――何かあったのか!?」

 胸倉をつかまれそうになって、バルドは一歩下がってそれをなんとか避けた。

「団長、頼みますから、大人しく聞いて下さいよー」
「…すまん。話せ」
「昨日、坊主がデトレフの野郎に、未遂ですよ、未遂ですけど、襲われたらしいんです」
「「「襲われた!?」」」
「くそ、なんでそれを早く俺に連絡しない!」
「え、団長って坊主とそんなに仲良かったんですか…? それに今日は非番で朝からいませんでしたよね」

 バルドの言葉にジェラルドは頭を抱える。 

「団長、エルヴィンさんは王都にはいないようです」
「……そうか…」
「あれ? 団長、坊主の事探してたんですか?」
「そうだ。今日、あいつと会う約束をしてた。でも店にもいなかった。王都にもいない」
「――あ、あの、」

 恐る恐る声を発したセレに全員の視線が集まる。う、と少したじろいだが、ゆっくりと口を開いた。

「お、襲われたって、今回だけですか?」
「どういうことだ? セレ」
「言っていいものか迷ったんですけど、この間治癒院に来てたんです。エルヴィンさん。その魔力、本人で間違いないと思うんですけど…」
「それで、どうしたんだ? 治癒院でなにかあったのか?」
「――それが……あの子、妊娠してて…」
「「「「妊娠!!!?」」」」
「は、はい。ちょっと混乱した様子で。嬉しくて信じられないからだ、って言ってたんですけど、もし、無理やりされたことだとしたら……。どうしよう。僕、おめでとうございますって…」

 レオンは縋るような目を向けてくるセレの肩を抱き寄せた。

「大丈夫だ。強引なやり方ではレーヴェの実は与えられないことは知ってるだろう」
「そう、だよね。大丈夫だよ、ね…?」
「…ね、それって誰の子? ヴィルのってこと?」
「それはないだろう。さすがに」
「じゃあ、エルちゃんには他に子供を作るような相手が…?」

 眉を寄せるディータに、ちょっと待て、とジェラルドが口を挟む。

「どういうことだ? 話が見えない」
「団長、まさか知らない? エルちゃんとヴィルが付き合ってること」
「は? 付き合ってる? は?」
「ヴィル? ヴィル様? って、ユリウス殿下?」

 やっぱりかー!、とバルドがその場に頭を抱えながら蹲る。

「団長もバルド隊長も混乱しすぎー。団長は長いこといなかったし知らなくても仕方ないか」
「おい、バルド、お前知ってたのか」
「……いえ…、坊主にははぐらかされて……」
「ま、二人が恋仲だっていうのは今は置いといて、エルちゃんが団長との約束を破って王都から姿を消す理由は何だと思う? ヴィル以外の男と逃避行?」
「それはない、と信じたいな。ヴィルに確認しない限りこれは何とも言えない。ほかに可能性があるとしたら、デトレフ副師団長だろう」

 バルドはレオンハルトの言葉を受けて、いや、とそれを否定した。

「昨夜からずっとデトレフにはうちの隊員を監視に付けてる。それに、朝捕まえて問い詰めたところ、デトレフは自分は被害者だと」
「被害者だぁ?」
「はい、麻痺薬を盛られたらしいです。それと金の入った鞄を盗まれたと」
「…後のは十中八九嘘だな。未遂で済んだのは薬を盛ったからか…」
 
 その場にいる全員がやり場のない思いに溜息を吐いた。

「あいつの事だ、デトレフに捕まればただ事では済まないと考えたんだろう。妊娠してるとなればなおさらだ。逃避行をするにしても、昨日のうちに王都を発ってる可能性が高い」
「そうですね」
「おい、バルド、昨日の出門者を調べろ。ディータとレオンハルトはギルドを当たれ。俺はこのことをユリウス殿下に伝える」
「「「了解」」」

 セレはその場を離れていく四つの背中を不安そうに見送った。

 
 
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