ゴブリン飯

布施鉱平

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第一章

20話 新しい住処(すみか)

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 洞窟発見の翌日。

 チロは、拠点を池のほとりから洞窟の奥に移していた。

 この世界に転生してからずっと過ごしていた場所を離れるのは少し心細かったが、洞窟のほうが過ごしやすく、そして明らかに安全だったからだ。

 洞窟には『浄水』をかけなくても飲めるくらいに澄んだ水が湧いているし、天井に空いた穴の下を避ければ雨も防げる。

 なにより、洞窟の入り口から拠点の広場までの道筋には、熱に反応して襲いかかってくるヒルヒルの群れが生息しているのだ。
 これ以上の防犯対策はないだろう。

 チロの宿敵である、あの恐ろしい角ウサギだって、この洞窟にはおいそれと近づけないはずだ。

「よし、と。こんなもんかな」

 何度か往復して、前の拠点に置いてあった食料の備蓄や武器を洞窟の拠点に運び入れると、チロは一息ついて腰を下ろし、周りを見回した。

 何度見ても、綺麗な場所だ。

 天井の穴から差し込む光。

 それを受けて輝く、青く澄んだ泉や、白く透明な水晶の柱。
 
 ずっと眺めていられるくらい、心奪われる光景だった。

 ────だが、そうぼんやりとしてばかりもいられない。

 生きねばならないのである。

 生きるためには、食わねばならないのである。

「という訳で、用意したのがこれなんだけれど…………」

 チロの目の前に置かれているのは、泉の近くに生えていた多肉たにく植物の葉っぱだった。

 アロエやサボテンのように大きなものではなく、ホームセンターとかで室内観賞用に売られているような小さいものだが、チロが食べてきた異世界食物しょくもつに比べると、その見た目は普通である。
 
 …………だが、だからといって安心などできない。

 これまで食べてきたものの中で、素直に『うまいっ!』と思えたものなど一つもなかったのだ。

 ごくりっ、と唾を飲み込むと、チロは肉厚な葉っぱを指でつまみ、口元に持っていった。

 そして口の中に放りこみ、覚悟を決めて噛み締める。

「………………………………」

 シャキッという歯ごたえ。
 そして同時に口の中に広がる、清涼感のある酸味とほどよい甘味…………

「あ、あれ、うまい…………? う、うまいっ!」

 自分の舌が信じられず、もう何枚か葉っぱを食べてみるが────やはり、うまい。

 シトラス系の柑橘類を彷彿ほうふつとさせる、爽やかな味だった。

「やっぱり、あるところにはあるんだなぁ…………美味いものって」

 異世界に来てから初めて食べた『うまいもの』。

 それはチロにとって、ただ『味がいい』という感想だけでは終わらない。

 探せばまだ、他にもうまいものがあるかもしれない。
 そう思わせてくれる、希望の味だった。

「いい、いいぞ。昨日から、調子が上がってきてる気がする」

 シトラス系多肉植物────『シトラそう』の葉をシャクシャクと頬張りながら、チロは天井の穴から空を見上げた。

 そして、異世界でも同じように流れていく雲を目で追いながら、「今日は引っ越したばかりだし、明日からまた頑張ろう」、と決意を新たにするのだった。
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